寒い日は、これよね――。「じゅぅ~じゅぅ~」スープが勢いよく弾ける”絶品”【温泉ごはん】でほっこり
豪快!漁師料理と迫力!なまはげ
おいしい旅館「結いの宿 別邸つばき」(秋田県・男鹿温泉)
秋田杉の樽に味噌仕立ての汁が入っていて、その中に焼けた大きな石を入れる。
「じゅぅ~じゅぅ~」とスープが勢いよく弾ける。
少し樽の中が鎮まったら、日本海の春を告げるメバルと牡丹海老、長ネギを入れる。それから、また焼けた石をひとつ、もうひとつ。
「ぴちゃ、ぴちゃ」。汁が樽の中で躍るように跳ねると、一気に沸騰する。
仲居さんがもうひとつ焼けた石を取り出し、今度は汁の中のネギに押し付けた。「じゅ~っ」という音と共にネギが焼けるいい香りがしてきた。ものの2~3分で男鹿半島名物の石焼料理ができあがり。
通常の2倍は入りそうな大きな椀いっぱいに盛り付けられると、もわっと湯気がたちのぼり、磯の香りがした。もう、たまらない。
かつて漁師たちは、漁に出る前に焚き火をして暖を取った。彼らは漁から戻ると、樽に海水を汲み、焚き火の下にあった焼けた石と獲ってきたばかりの魚を入れて食べた。この漁師料理がルーツだから、汁が飛び跳ねるのもご愛敬。
この郷土料理に出会ったのは、秋田県男鹿半島にある 「男鹿温泉 結いの宿 別邸つばき」でのことだった。
アオサやワカメのシャキシャキとした歯ごたえは、新鮮な証。ハタハタの焼き物は身がみっしりと詰まっている。甘味と塩っ気のある鯛のかぶと煮といい、食べ進めると、無性にお酒を欲する。秋田の酒は少しどろっとして、お腹にたまる。ちびちび飲むだけで、満足する。
茶碗蒸しの味付けが甘く、その理由を宿のご主人の鈴木錦一さんに尋ねると「自然環境の厳しい男鹿半島越えは体力を消耗しますので、身体が甘さを求めるんでしょうね。子供の頃から茶碗蒸しは甘かったですよ」と教えてくれた。
この晩の部屋「あきたびじょんルーム」に入ると、灯りには秋田杉の細工が施され、床には桜の材木が使用されていて、木の温かみにほっとした。二方向に大きく配された窓からは、遠くまで海が見渡せる。日本海にせり出すようにある男鹿半島は三方を海に囲まれる。ここは天然の食材庫なのだ、そりゃ、魚が旨いに決まっている。
男鹿半島と言えば、鬼のような仮面をつけて、藁を纏まとった神の遣い「なまはげ」の郷でも知られる。今でも年越しには、各家になまはげが訪れ「わ~るいごは、いね~かな~」と叫ぶという。その様子は、「男鹿真しんざん山伝承館」に行くと、体験できる。面を付けたなまはげが叫び、お腹に響く大きく野太い声には怯んでしまうが、これも旅の醍醐味だ。
「別邸つばき」では、毎晩、夕食後になまはげが太鼓を叩く「なまはげ太鼓」が披露される。館内中に太鼓の音は響き渡り、観ている者の内臓にまでその音が木霊するようだ。男鹿半島では、身体に響く音と出会える。
夜、お風呂に行く。海沿いの温泉特有の、塩っ気ある湯が湯船にたっぷりと注がれる。じんわりじんわり、熱が身体に入っていく。身体の形状に模かたどられた寝湯では本当に寝てしまいそうだった。露天風呂に出ると手すりもあるが、それだけでなく、湯船の中でつかまりたい所に岩が置いてあった。入浴する人の動線をきちんと把握した岩の配置だった。
湯から上がり、改めて館内を見渡すと、玄関先には車いすが用意されている。車いすを利用されたお客さんもいる。けれど手すりなどは、見当たらない。
ご主人の鈴木さんに聞くと、「ご高齢のお客様が多いんですよ。だからといって、仰ぎょうぎょう々しいバリアフリーの設備ですと、お客さんにストレスを与えてしまいます」
「別邸つばき」では、柱や框かまちにつかまれるようになっているので、手すりがないのだ。またコンシェルジュ制度を取り入れており、手助けが必要なお客さんとは密に連絡を取りあいながら、迎えているという。
「男鹿半島全体で身体のご不自由なお客さんを歓迎しておりまして、貸し出した車いすは半島内では乗り捨てて頂けます」
豪快料理、迫力なまはげの奥にあった心遣いに触れた男鹿半島の旅だった。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。