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リアリティー番組化したトランプ外交 板門店で電撃の首脳会談で北朝鮮の核・ミサイル開発は凍結できるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
板門店で会った米朝首脳(写真:ロイター/アフロ)

軍事境界線上での会談提案は笑劇の象徴

[ロンドン発]米国のドナルド・トランプ大統領は6月30日午後、韓国と北朝鮮間の軍事境界線上にある板門店を訪れ、出迎えた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と面会しました。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も同行しました。

北朝鮮問題に詳しく、トランプ大統領に厳しい釜山大学校のロバート・E・ケリー教授(政治科学)はこう連続ツイートしています。

6月29日

「トランプ大統領の金正恩氏への軍事境界線上での会談提案は、トランプ氏と北朝鮮の努力がなぜ笑劇であるかの象徴である。トランプ氏の欲望に突き動かされた2020年の米大統領選に向けた報道写真や映像のためのものだ。寄せ集めであり、土壇場であり、中身よりもTV向けの(軍事境界線上の)大衆ドラマだ。なんという道化師ショーだ」

6月30日

「完璧なるリアリティーTV、トランプ氏の寸劇だ。韓国のTVを一日中独占している。たくさんのドラマがある。金正恩氏は軍事境界線に現れるのか? トランプ氏は北朝鮮に入るのか? 大統領の威風堂々も多々ある。スタッフの表情に不安がよぎる」

「制服を身に着けた多くの人がトランプ氏に拍手し、敬礼している。私たち全員がずっとトランプ氏のことを再び語っている。トランプ氏自身と同様、中身がいまだ何もないことだけは確かだ。核、支援、人権などを巡る合意はあるのか? ない。これは新たな演技に過ぎないのだ」

「過去2回、中身のなかった米朝首脳会議と同じだ。金正恩氏を、ジョージ・オーウェルが『1984年』のようなディストピア小説で描いた暴君よりも国際社会の政治指導者に正常化するトランプ氏の試みは続けられる。それは世間の耳目を集めたいというトランプ氏の欲望に基づいている」

「トランプ氏は板門店でまたウソをついた。バラク・オバマ前大統領は北朝鮮への攻撃を先頭に立って主張していない。トランプ氏は北朝鮮問題で進展があったような印象を作り出す発言を続けている。おそらくトランプ氏はオバマ氏を嫌いだからだ。しかし2017年に米朝戦争の危機をエスカレートさせたのはトランプ氏だ。炎と怒りのように語った米国の歴代大統領はいない」

「トランプ氏と金正恩氏は友だちでも何でもない。トランプ氏は外交を私物化している。なぜなら(1)個人的に彼は権力者たちに好かれると思いたい(2)学んだり、書類を読んだり、準備したりしないで済む言い訳になるからだ。もし外交がトランプ氏と彼の仲間が集まることなら、ディテールはスタッフに任される」

「(3)トランプ氏個人が大切だということの誇張。もし偉大な米国のヒーローがいなかったら、米国は確実に北朝鮮と戦争になっていただろうと。しかし1年に3度、通訳を通して数時間会談することが友情ではないことぐらいみんながお見通しだ」

「すべてのミームがデタラメの巧みなウソなのだ。トランプ氏が友だちだからと言って、金正恩氏が1発の核弾頭でも諦めると真剣に信じている人が一人でもいるのか」

米有力シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の北朝鮮専門家ビクター・チャ氏はこうツイートしています。

「トランプ大統領が東部標準時の今朝、北朝鮮に入った。もしこれが非核化交渉や検証可能な合意、平和協定につながれば、単に歴史的では済まない。さもなければ良い写真と見世物に過ぎない」

「トランプ大統領は、スティーブン・ビーガン北朝鮮特別代表、マイク・ポンペオ米国務長官と一緒にチームが2週間のうちに合意を目指すと言った。すごい。米国は首脳会談で事務レベルの交渉をリセットした」

【3度目の米朝首脳会談まとめ】

・トランプ大統領が28日、ツイートで金正恩氏に「軍事境界線上で会って、握手してあいさつを交わそう」と前代未聞の呼びかけ

・米朝首脳会談は昨年6月のシンガポール、今年2月のハノイに続いて3度目

・スーツ姿のトランプ大統領が軍事境界線上で金正恩氏と会談。金正恩氏は「ここで米大統領と会うと予想したことは一度もなかった」と発言。海外のメディアスクラムに初めて囲まれる

・トランプ氏が米大統領として初めて北朝鮮に足を踏み入れる

・金正恩氏はトランプ大統領と一緒に国境を超えて韓国に入り、文在寅大統領と会う。金正恩氏は初めて3カ国外交を容認

・トランプ大統領と金正恩氏は2人だけで韓国側の「自由の家」で会談

米朝韓の政治的な思惑は一致

ハノイでの2度目の首脳会談は物別れに終わり、その後、協議は行き詰まっていました。来年に大統領選を控えるトランプ大統領、支持率が低迷する文在寅大統領、米大統領との首脳会談で国内に威厳を示せる金正恩氏の政治的な思惑は一致しています。

しかし釜山大学校のケリー教授が指摘するように、北朝鮮がすでに完成させている核兵器の廃棄に応じると考えるのは楽観的過ぎます。

金正恩氏はハノイでの首脳会談で自らのパブリック・ディプロマシー能力と、トランプ大統領との個人的な相性の良さを軸に寧辺(ニョンビョン)核施設を閉鎖する見返りに、制裁のほぼ全面解除を引き出せると過信していたフシがうかがえます。

一方、米国は完全かつ、迅速な北朝鮮の非核化を要求しています。トランプ大統領が態度を軟化しなければ交渉は再び決裂してしまうでしょう。

米朝核交渉の課題

米有力シンクタンク、ブルッキングス研究所のロバート・アインホーン氏は次のような現実的なアプローチを挙げています。

(1)ワシントンと平壌への連絡事務所設置

(2)朝鮮戦争の終結宣言

(3)人道支援

(4)北朝鮮全土での核分裂性物質の製造禁止と、核兵器と長距離弾道ミサイル(ICBM)実験禁止の公式化で暫定合意

大規模な被害が確実な北朝鮮への先制攻撃より直接対話にトランプ大統領が踏み切ったのは評価できます。しかし、これまでのように北朝鮮の時間稼ぎに利用されないよう注意しながら現実的な外交に舵を切れるのでしょうか。

トランプ大統領は国際政治を完全にTVのリアリティー番組化してしまいました。視聴率を得るのと同じように、支持率を集めて大統領選で再選を果たすためには何でもやってみせるつもりのようです。とにかく今後2週間の動きに注目です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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