Yahoo!ニュース

電気代がゼロ?マンションに増えるゼッチ「ZEHーM・オリエンテッド」の実力とは

櫻井幸雄住宅評論家
マンション販売センターで見られる「ZEHーM・オリエンテッド」の表示例。筆者撮影

 暑さの本番を控え、電気料金がさらに値上げ。この夏、クーラーをフル稼働させたら、毎月の電気代はどこまで上がってしまうのか……今から不安が募る。

 そのなか、住宅で広がっているのが「ZEH(ゼッチ)」。ゼロ・エネルギーつまり、電気代がゼロになる住宅を指す言葉だ。そのマンション版が「ゼッチ・マンション」となり、「ゼッチ」であることを打ち出す新築物件が全国で増え出した。

 といっても、よくみると「ZEHーM・オリエンテッド」と書いてあるのが普通だ。ZEHーMとは「ゼッチ・マンション」のこと。それに「オリエンテッド」が付くと、どんな意味になるのか。シンプルに「ゼッチ・マンション」ではいけないのか。

 知らない人が多い「ZEHーM・オリエンテッド」の正しい知識を、わかりやすく解説したい。

マンションで「ゼロ・エネルギー」は現実的にむずかしい

 ZEHを正確に表すと「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」のこと。省エネの工夫に加えて太陽光発電などでつくられる再生可能エネルギーと家庭内で使用するエネルギーの収支をゼロ以下にするーーつまり、太陽光発電でつくり出す電気だけで生活でき、余れば売電もできるという住宅のことを指す。

 電気料金が高騰する今、「電気料金を払わなくて済む」ことに惹きつけられる人は多いだろう。もっとも、その分、太陽光発電パネルや省エネ設備などで初期費用は高くなるのだが……。

 初期費用については機会を改め、今回は「ZEHーM・オリエンテッド」について説明したい。

 ZEH=「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」は一戸建てであれば成立可能と考えられる。平らな屋根にして、日当たりのよい屋根全面に太陽光発電パネルを設置。さらに、駐車場の屋根や庭にも発電パネルを増やすことで発電量を上げ、収支ゼロ以下にすることができるからだ。

 しかし、マンションでは再エネ(再生可能エネルギー)を大きくしにくい。それは、太陽光発電パネルを設置できる面積が狭いからだ。特に屋根面積が小さいタワー形状の超高層マンションでは、屋根全面を太陽光発電パネルで覆っても1戸当たりの発電割り当てはほんのわずかということになってしまう。

 マンションでは、建物内の住戸すべてを「ネット・ゼロ・エネルギー」にすることがむずかしい。

 そこで、マンションでは一戸建てと異なる基準が設けられ、完璧な「ゼッチ・マンション(ZEHーM)」の下に3つのランクが設定されている。

 3つのランクとは、以下のとおり。

●「ニアリーZEHーM」=省エネの工夫に加え、使用するエネルギーの75パーセント以上を再エネとする。

●「ZEHーM・レディ」=省エネの工夫に加え、使用するエネルギーの50パーセント以上を再エネとする。

●「ZEHーM・オリエンテッド」=省エネの工夫を行い、再エネは条件としない。

 以上が、マンションで実現する「ZEH」の種類である。そして、今、全国で広まっているのは「ZEHーM・オリエンテッド」のマンション……そう書くと、マンションではレベルの低い「ゼッチ」が広まっているのか、と考える人が出てきそうだ。

 そうではなく、現実的に多くのマンションは「ZEHーM・オリエンテッド」にせざるを得ない、という話なのである。

「ニアリー」や「レディ」が実現するのは、5、6階建てまで

 マンションにおけるZEHでレベルが高いのは「ZEHーM」と「ニアリーZEHーM」、そして「ZEHーM・レディ」となるのは前述したとおり。

 それらの実例も出ているが、低層、中層のマンション(集合住宅)ばかり。2階建ての住戸が連なるタウンハウス(テラスハウス)や低層3階建てのマンションが中心で、せいぜい5階建て、6階建てまでの中層マンションである。

 5階建て、6階建てまでであれば、屋根全面に太陽光発電のパネルを設置することで、1戸あたりの発電割り当てを大きくできる。それで、「ニアリー」や「レディ」の基準を満たすことができるわけだ。

 しかしながら、今建設されている分譲マンションにおいて、低層マンションも5階建て、6階建ての中層マンションも数は少ない。大半は10階を超える高層となり、20階建て以上の超高層も全国で増加している。

 それら高層、超高層では、可能な限り屋根に太陽光発電のパネルを設置しても、1戸あたりの再エネ割り当てが小さくなり、「ZEHーM・レディ」の基準を満たすことも困難だ。

 そこで、マンションにおいては再エネを条件としない「ZEHーM・オリエンテッド」が増えた、というのが実情なのである。

 「ZEHーM・オリエンテッド」でも省エネの性能は高く、光熱費は年間で20パーセント以上節約できる。電気代を節約する効果は大きいのだが、ZEHの文字から「ゼロ・エネルギー」の住まいを思い描いてしまうと、それは期待しすぎということになる。

 さらに、「ZEHーM・オリエンテッド」ではなく、別のアプローチで省エネ性能を高めるマンションがあることも覚えておきたい。

「低炭素住宅」という省エネマンションも

 「ZEHーM・オリエンテッド」は、省エネ性能の高いマンションの代名詞……そのような評価が生まれつつある。が、省エネを追求するすべてのマンションが「ZEHーM・オリエンテッド」にされるわけではない。

 再エネの工夫がなくてもよいなら、別の方法で省エネを追求する手もあるからだ。

 一例を挙げれば、「低炭素住宅」の認定を取ることでも省エネは実現する。

 低炭素住宅の認定とは、二酸化炭素の排出を抑えるための対策が取られ、環境にやさしいマンションになっていることが認められること。たとえば、窓にLow-E複層ガラスを採用し、壁や天井の内側に厚く断熱材を吹付けて、断熱性を一段と高める。これでも高い省エネ性能が実現する。

 加えて、「低炭素住宅」の認定であれば、「ZEHーM・オリエンテッド」よりも工事費用を抑えることが可能になる。それは、販売価格を抑えることにつながる。

 「低炭素住宅」であれば住宅ローンの控除枠が大きく、令和6年、令和7年に入居する場合、13年間の住宅ローン控除で最大409万5000円の控除が受けられる。この控除枠は、じつは「ZEHーM・オリエンテッド」よりも大きい。

 販売価格が抑えられ、住宅ローン控除で大きな控除が期待できるため、大阪府内で分譲が始まる大規模マンションでは「低炭素住宅」の認定を選んだというケースもある。

 省エネマンションをつくる工夫は、「ZEHーM・オリエンテッド」だけではないわけだ。

 電気料金が大きく上がってしまった現在、省エネの工夫について正しい知識を持つことが求められている。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

資産価値はもう古い!不動産のプロが知るべき「真・物件力」

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

今、マンション・一戸建ての評価は、高く売れるか、貸せるかの“投資”目線が中心になっていますが、自ら住む目的で購入する“実需”目線での住み心地評価も大切。さらに「建築作品」としての価値も重視される時代になっていきます。「高い」「安い」「広い」「狭い」「高級」「普通」だけでは知ることができない不動産物件の真価を、現場取材と関係者への聞き取りで採掘。不動産を扱うプロのためのレビューをお届けします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

櫻井幸雄の最近の記事