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タイソン起用で成功の「トリラー」第2回興行がボクシングファンから不評だったわけ

杉浦大介スポーツライター
Joe Scarnici/USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 ネット企業が斬新な形でボクシングビジネスに参入

 ボクシング興行の新しい形―――。そう言い切るのは適切ではないのだろう。4月17日、ジョージア州アトランタのメルセデスベンツ・スタジアムで行われたトリラー・ファイト・クラブ(Triller Fight Club)の第2回は、正統な“ボクシングのイベント”と呼ぶのは憚られるような内容だったからだ。

 動画配信局のトリラーは昨年11月、マイク・タイソン(アメリカ)対ロイ・ジョーンズ・ジュニア(アメリカ)のエキジビションマッチをPPV放送し、購買数は約160万件という大成功を収めた。

 これで味をしめたか、2月にはライト級統一王者テオフィモ・ロペス(アメリカ)対IBF指名挑戦者ジョージ・カンボソス・ジュニア(オーストラリア)の興行権入札にも参加。ビッグファイトといえないカードに600万ドル以上を投じて落札するなど、ボクシングビジネスへの参入を積極的に進めている。

 今回、米国内で再びPPV中継(49.99ドル)された第2回興行のメインは、ユーチューバーのジェイク・ポール(アメリカ)と元UFCコンテンダーのベン・アスクレン(アメリカ)が対戦する異色のカード。セミファイナルにはレジス・プログレイス(アメリカ)対アイバン・レッドカッチ(ウクライナ)というボクシング界で名が通ったもの同士のスーパーライト級ノンタイトル戦が用意された。

メインでは人気ユーチューバーのポールが初回KO勝ち Photo By Triller Fight Club
メインでは人気ユーチューバーのポールが初回KO勝ち Photo By Triller Fight Club

 アンダーカードにはすでに引退していた44歳の元IBF世界クルーザー級王者スティーブ・カニンガム(アメリカ)が登場し、元UFCヘビー級王者のフランク・ミア(アメリカ)と対戦。これらの試合の合間には数多くの音楽パフォーマンスが盛り込まれるという斬新なイベントであり、そのユニークさゆえ、一部のスポーツ、エンターテイメントファンから注目を集めたのだった。

ボクシングマニアには不評だったが••••••

 結論を先に言うと、今興行はコアなボクシングファンの間ではかなり不評だった。タイソン対ジョーンズ戦の興行と比べ、極端にエンターテイメント寄りのイベントだったことがその主要因のようである。  

 4時間以上のプログラムは、まずスヌープ・ドッグが主演のコメディでスタート。その後に続いたザ・ブラック・キーズのオープニング・コンサートは約20分に及び、本当にボクシング中継が行われるのか不安になったほどだった。  

 スウィーティー、ドージャ・キャット、ディプロ、ジャスティン・ビーバーらによるミニライブは大抵3曲以上で、もはや余興といえるレベルではなかった。最初の2時間のうち、音楽パフォーマンスが3つも行われ、ボクシングは1試合のみ。その1戦も2回KOであっさり決着がついてしまった。

スヌープが軸となったエンターテイメントの数々に、ボクシングを期待して視聴したファンは度肝を抜かれることになった Photo By Triller Fight Club
スヌープが軸となったエンターテイメントの数々に、ボクシングを期待して視聴したファンは度肝を抜かれることになった Photo By Triller Fight Club

 放送席ではスヌープ、マリオ・ロペス、オスカー・デラホーヤらが大っぴらにアルコール、マリファナを消費し、Fワード使用の規制もない乱痴気騒ぎ。特にデラホーヤは明らかに酩酊状態であり、その健康状態を不安に感じたファンも多かったに違いない。

 PPV4試合の中では唯一実績あるボクサー同士の対戦だったプログレイス対レッドカッチ戦が、レッドカッチがまともに当たってもいないパンチをローブローと訴えて唐突に終了したことも混乱に拍車をかけた(一度プログレイスの負傷判定勝ちが発表され、後にKO勝利に変更)。

 正直、下品なパーティのような雰囲気の中で、ボクシングの試合は添え物に過ぎないという印象のイベントだった。今回、メディアは無料で視聴ができたのだが、PPV料金を払って見ていたら筆者も激しく後悔していたことだろう。

はっきりしない結末で、プログレイスも強烈アピールは叶わなかった Photo By Triller Fight Club
はっきりしない結末で、プログレイスも強烈アピールは叶わなかった Photo By Triller Fight Club

 影響力の大きさ

 もっとも、大方のボクシングファンが否定的だった一方で、よりカジュアルな視聴者は番組を楽しんだという意見も聞こえてきている。

 つまり、もともとトリラーのターゲットだった層には、音楽とボクシングが入り乱れた混沌としたプログラムは好評だったということ。PPV の結果は1〜2日で出るものではなく、メインで1回KO勝ちしたポールが試合翌日に述べた「PPV150万件超え」は”飛ばし”だとしても、実際に興行的にも成功を収める可能性は高そうだ。

 本物のボクシング戦、レジェンド・ファイト、エンターテイメントがすべて含まれた複合イベントには賛否両論あるが、ここで改めて継続的な成功のポテンシャルを証明したと言っても良い。結果として、トリラーは今後もボクシング界に何らかの影響を与えていくことになるのだろう。

 このような方向性を好まないファンも多いに違いない。“ボクシングが利用されている”と不快に思う人の気持ちも理解できる。筆者は“ボクシングにも利益がある”という理由でいわゆるセレブリティボクシングに否定的ではないが、それでもトリラー・ファイト・クラブの第2回は完全に許容範囲外だった。

 ただ、人気低下が問題視されているボクシング界が、このようなプラットフォームで得られるものが少なくないのも事実ではある。

 ポール目当てでPPVを買った若者のうち、ほんの一部でもボクシングファンになってくれればこのスポーツにとってはプラス。そうはならなくとも、この興行が成功し、その収入が他のボクサーたちに還元されるか、今後のトリラーのボクシング中継がより充実するのなら御の字という考え方もできる。

 ここで思い出されるのは、2019年11月9日、ロサンジェルスのステイプルスセンターで挙行されたKSI(イギリス)対ローガン・ポール(アメリカ)というユーチューバー対決のこと。DAZNでの生配信をプッシュしたエディ・ハーン・プロモーターは、こんなコメントを残していた。

 「DAZNの加入者伸び率はこれまでで最大だ。この世界では数字が大事。スポーツとエンターテイメントの業界は数字に左右されるんだ。これまでボクシングを見たことがない世界中の人たちがこの試合を見る。彼らがヘイニー、サンダースの試合も見て、できれば今後も見続けて欲しい」

 この興行の前後、実際にはDAZNの加入者の伸び率はもう一つだったという。アンダーカードに登場したデビン・ヘイニー(アメリカ)、ビリー・ジョー・サンダース(イギリス)はともに拙戦を演じたため、知名度の大幅アップはならなかった。とはいえ、そのアイデア自体は理にかなうものであり、トリラーに関しても柔軟に考えるのも悪くはないようにも思える。 

鍵はファイトとエンターテイメントの良好なバランス

 今後、トリラーは1年に4〜5興行を予定しており、すでに6月5日にはロペス対カンボソス戦がマイアミで行われることが内定。7月3日には、デラホーヤの復帰戦がエキジビションという形で開催されるという(トリラー側はボクサーではなくネームバリューのあるMMA選手との対戦を望んでいる)。

 6〜7月までは無観客興行で完全にテレビ向けのプロダクションだが、その後、9、10月にはライブ・オーディエンスも意識され、よりスケールの大きなイベントが挙行される方向だとか。

 これらの興行の中で、ボクシングファンの興味はロペス対カンボソス、プログレイス対レッドカッチのようなシリアスなファイトがどのような形で挟まれるかだろう。そして、それらの興行の際には、過激なアトラクションはもう少し抑えめにして欲しいと願わずにはいられない。

昨秋、ロマチェンコに勝ってライト級統一王者になったテオフィモ・ロペスが6月、トリラー興行に登場。いったいどんな雰囲気になるのか
昨秋、ロマチェンコに勝ってライト級統一王者になったテオフィモ・ロペスが6月、トリラー興行に登場。いったいどんな雰囲気になるのか写真:ロイター/アフロ

 次回はロペス対カンボソスという本格派カードがメイン。イベンダー・ホリフィールド(アメリカ)対ケビン・マクブライド(アイルランド)というレジェンド対決がセミだけに、タイソン対ジョーンズ戦に近い、より真剣な雰囲気のイベントになるのではないか。

 合間にトーンダウンさせたアトラクションやセレブリティのトークを効果的な形で差し挟めれば、露出、知名度アップという意味で、新スター候補のロペスが得る恩恵は大きいかもしれない。その後も魅力的なカードを随所に組んでくれれば、トリラーがボクシング界の新勢力として確立されても不思議はない。

 ポイントは、プログレイスのようなFA のトップ選手は多くはなく、興行権入札の機会も限られる中で、これから先にどれだけ魅力的なカードを用意できるか。今回、プログレイスには85万ドル、レッドカッチには25万ドルのファイトマネー提示して引き寄せた。相場以上の報酬を提示してトップ選手を呼び込むのは新進プロモーターの常套手段だけに、少なくとも当初はその手法が重要になってくるのであろう。

 また、どんな選手とも複数戦契約はしないと公言しているトリラーは、スター選手のマッチメイクに苦心したプロモーターが1戦限定で傘下選手をレンタルしてくれることを期待しているのかもしれない。

ド派手な演出も特徴の1つ。好き嫌いは分かれるが、話題性はある Photo By Triller Fight Club
ド派手な演出も特徴の1つ。好き嫌いは分かれるが、話題性はある Photo By Triller Fight Club

 ともあれ、第2回興行は混乱の印象が強かったとしても、トリラー・ファイト・クラブを“単なるフリークショウ”と切り捨てるのはまだ早すぎる。

 トリラーには資金があり、熱意もある。ボクシング部門のチーフ・オフィサーとして敏腕マネージャーのピーター・カーンを引き入れ、広報グループにもボクシング業界にコネクションのある人物を採用した方向性は好感が持てる。これらの人材が適応を進め、1興行ごとによりバランスの良いイベントになっていくことは可能かもしれない。

 ボクシングのPPV購買数で100万件を超えようと思えば、一般視聴者の興味を惹きつける必要がある。テレンス・クロフォード(アメリカ)、Aサイドとしてのゲンナディ・ゴロフキン(アメリカ)にはそれは叶わなかった。しかし、トリラーは毛色の違うやり方で数字を稼げることが証明されている。

 この異色のプラットフォームがどんな方向に進んでいくか、長期視野でボクシングの利益となるか、しばらくは様子を見ておく必要がありそうだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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