銀行は、ヒトにではなく、モノとコトに貸したらどうだ
銀行等の融資は、法人と個人、つまり、ヒトを対象にしています。これは、利息支払いと元本弁済の裏付けとして、ヒトの経済活動を通じた現金の稼得を前提にしているからです。ならば、一歩を進めて、現金の稼得力があるのなら、ヒトでなくとも、モノでもコトでも、融資の対象になるはずです。さて、伝統的なヒトに対する融資に比べて、何が変わるのか。
資金使途そのものへの金融
金融は、資金を必要としているヒトに、資金を供給する機能です。銀行等の融資は、代表的な資金供給方法ですが、株式や社債の引受け等による方法もあります。また、所有する資産を売却することによっても、資金は調達できます。要は、資金調達するヒトの立場で、資金使途との関係において、一番都合のいい方法が採用されればいいのです。
さて、更に資金使途を遡っていったとき、それが不動産や設備等のモノの取得に充てられるのならば、そのモノ自体を借りることによっても、資金調達の目的は実現します。例えば、空運会社の資金調達の目的が航空機の購入なら、金融の立場として、融資等を通じて資金を貸すのではなく、オペレーティングリースを通じて航空機を貸すこともできるわけで、実際、空運産業の潮流は、資金ではなく、航空機を借りる方向へ動いています。
ところで、もしも、空運会社が航空機を所有し、その購入資金を融資等で調達するとしたら、元利金の支払いの裏付けは、空運会社が航空機を運行して得られる旅客収入になりますが、リース会社が航空機を所有し、その購入資金を融資等で調達するとしたら、元利金の支払いの裏付けは、航空機を空運会社に貸して得られる賃料収入となります。
つまり、航空機の購入という同じ資金使途でも、銀行の立場からすると、空運会社に融資するのと、リース会社に融資するのとでは、元利金の弁済の裏付けとなる現金が生まれてくる経路が異なるわけで、後者のほうは、リース会社というヒトの現金を稼ぐ力に貸すというよりも、航空機というモノの現金を稼ぐ力に貸す側面が強くでています。
ノンリコースローン
実際、不動産にかかわる金融は、不動産を所有しているヒトに対する融資から、不動産というモノに対する融資へと大きく変わりました。
モノに対する融資がなりたつためには、航空機のように、モノを賃貸することによって、モノ自体に現金を生みだす仕組みを作ることができなくてはなりません。そのためには、賃貸にだしても、広く借りてくれるヒトがいなくてはならない、つまり、モノとしての一般的有用性といいますか、一定の汎用性がなくてはならないのです。
事実、オペレーティングリースの対象になっているモノは、事務機器でも、航空機等の輸送用機器でも、使用するヒトを選ばない汎用性があります。逆に、汎用性がある限り、原理的には、どのようなモノでもオペレーティングリースの対象にできるはずです。
汎用性という意味では、不動産は、オフィスでも、住宅でも、高度な汎用性があり、賃貸に最も適したモノとして、伝統的金融の色彩の濃い日本のなかでも、ヒトへの融資という要素を完全にとり払って、純然たるモノに対する融資という考え方が定着している分野です。いわゆるノンリコースローンです。
通常、ヒトに対する融資の場合、不動産を担保にとっていても、銀行等の債権者の権利は、担保物件に限定されるわけではなく、どこまでもヒトに遡求する、即ち、リコースします。それに対して、不動産というモノに対する融資にすることは、債権者の権利を担保不動産の範囲に限定してしまうことです。故に、銀行等は、不動産の所有者であるヒトに、リコースできなくなります。それがノンリコースローンです。
銀行等としては、ノンリコースローンにしても、万が一の債務不履行に際しては、不動産を売却するなど、不動産自体の価値によって、融資残高を回収する方法があるので、問題ないわけです。
リース資産の売却による資金調達
では、銀行等がリース会社に融資するときも、ノンリコースローンにできるのかというと、理屈上は、例えば、航空機を保有するリース会社に対して、特定航空機を切り出してノンリコースローンを行うことは可能でしょうが、おそらくは、現状では、一般的でないと思われます。
しかし、融資の領域を超えれば、リース会社の資金調達については、様々な工夫の余地があるでしょうし、また、工夫もすべきでしょう。なぜなら、オペレーティングリースが拡大していけば、モノの所有は事業会社からリース会社へ移転していくわけで、リース会社にとっては、モノを保有するための資金調達の高度化は、大きな経営課題となっていくはずだからです。
その一つの有力な方向は、リース資産の売却です。売却といっても、リース事業にとって必要な資産なのですから、単純な売切りではなくて、売却後も使用し続けるという前提での売却、いわゆる流動化です。こうすれば、売却代金を次の資産取得に充当することで、資金調達額を抑制しつつ、実質的な支配下資産を増やしながら、リース事業の拡大を図ることができるわけです。
例えば、リース資産を投資家等へ売却(セール)し、同時に当該資産を投資家等から借り戻す(リースバック)ことができます。いわゆるセールアンドリースバックです。要は、リース会社は、借りた資産を又貸しするということです。
このとき、複数の投資家等を呼び込むなら、集団投資スキーム(いわゆるファンド)を使うことになりますが、銀行等からすれば、当該ファンドに対して、融資することもできます。投資家等としては、融資をとり入れることによって、出資額を小さくして資金効率を高める利益(いわゆるレバレッジ)を得ることができますし、銀行等としても、新たな融資機会を創造できます。
このときの融資は、当然に、ノンリコースローンとして、投資家等には遡求せず、銀行等の権利が資産の価値の範囲に限定されるように構成されます。こうすれば、結局は、リース資産も、ノンリコースローンの対象になるわけです。
コトへの融資
さて、モノへの融資の次は、コトへの融資です。企業とは、業を企てるもの、即ち、コトをなすものです。個人もコトをなします。ヒトとして、コトをなすについては、資金を必要とする場合があります。そのとき、伝統的な融資は、コトをなすヒトに対して行われるのですが、理論的には、コトを分離することができるのならば、コトに融資することも可能です。
実際に、企業のコトをなす企て、片仮名でいえばプロジェクトですが、プロジェクトを独立した金融の対象に構成することは、プロジェクトファイナンスとして、普通になされています。例えば、不動産開発、工場施設等の建設、資源開発等の大規模なプロジェクトにおいて、特に、コトをなす主体のヒトが複数参画しているような場合には、プロジェクトの独立性が高いので、プロジェクトファイナンスに馴染むわけです。
もっとも、プロジェクトファイナンスも、明示的、あるいは非明示的に、事業主体のヒトの保証を付せば、実態として、コトへの融資ではなくて、ヒトへの融資となります。また、保証がなくとも、プロジェクト完了後に、資産等が事業主体のヒトへ買取られることを前提にしているのならば、その約定が明示的であれ、非明示的であれ、ヒトへの融資に近づきます。
また、企業や個人は、取引というコトをなします。成立した取引で、決済、即ち、モノとカネの交換が未了になっている状態は、ヒトの関与が終了しているものとして、ヒトからは独立したコトに構成できます。ということは、融資も、取引というコトに対してなし得るということです。取引のなかでも、決済に時間を要するものは、決済代金の先払いという形態を通じて、古くから、独立した金融の対象になっています。典型的には、貿易金融です。
さらに、取引というのは、一般に、何かを売った代金で何かを買うというふうに、連続したものです。典型的には、商品の仕入れ販売です。このとき、資金の入出金の都合で、次の取引の購入代金へ充当するために、前の取引の売却代金を先に得るなど、金融の必要性を生じます。
金融の立場からいえば、購入代金を融資しても、売却代金で回収できるという前提ですから、取引の連続、即ち、事業の安定的継続が見込める限り、取組み易いわけです。この場合、融資としては、取引を営むヒトに対するものなのですが、実態としては、取引の連続というコトに対する融資に近いといえます。
ならば、理論的に、融資を行う銀行等の権利を、取引の対象物の価値の範囲に限定するノンリコースローンもあり得るはずであって、純粋なコトへの融資も、視野に入ると思われます。
モノやコトへ融資する実益
最後に、なぜ、わざわざ、ヒトではなくて、モノやコトに融資しなければならないのでしょうか。どこに、実益があるの。
金融は、経済の潤滑剤として、社会的に重要な機能を演じています。故に、銀行等は、顧客である産業界の視点で、資金供給を工夫するわけですが、その過程で、モノやコトへの融資という技法がでてくるのでなければなりません。また、銀行等としても、収益事業として、融資するのですから、そこには、モノやコトへの融資を行うことの合理性と利益がなくてはなりません。
この双方の利益を均衡させるものは、ガバナンスです。企業というヒトへの金融について、コーポレートガバナンスの重要性が指摘される背景は、企業への融資では、資金使途を拘束できず、元利金回収の裏付けは、どこまでも企業経営の適性に依存するわけです。それに対して、モノやコトへの融資では、コーポレートガバナンスへの依存度を下げることができます。
もちろん、コーポレートガバナンスへの依存度が高いほうがいいのか、低いほうがいいのかは、簡単に決められるものではなく、コーポレートガバナンスの現実、事業特性、資金使途等を総合的に勘案して、個別事案ごとに、判断されるべきことです。
ただ、敢えて、不動産の例を挙げるならば、昭和の不動産バブルのときと、現在とを比較したとき、モノへの融資が普及したことによる大きな改善点を指摘することができます。投機的といえるほどの積極的な不動産開発を行うヒト、昭和には大勢いたヒトは、もはや、資金調達をできないのですし、また、不動産の価格形成も、賃貸収入の見込みを前提としたものに拘束されるので、バブルの再来は、考えにくくなっているのです。
融資を受けられないヒトの救済
また、融資を受けることが難しいヒトも、自分がもつモノや、自分が営むコトになら、融資を受けられる可能性があります。
例えば、空運会社がいい例です。空運の自由化は、一方で、事業拡大の可能性を広げて、資金調達の必要性を拡大させますが、他方では、激しい価格競争をもたらして、収益を不安定化させますから、金融の立場からいうと、空運業者というヒトへの融資は、非常に取り組みにくいものです。しかし、航空機というモノへの融資なら、空運産業全体が成長する限り、競争によって淘汰されるヒトがいても、その危険は回避できます。
同様に、財務基盤の脆弱な中小事業者も、モノやコトを利用することで、融資を受けられる可能性があります。ならば、銀行等も、金融の社会的責務の視点から、融資方法の高度化にとり組むべきなのです。