アンパンマンに託されたやなせたかしの哲学「正義はカッコいいもんじゃない」
1988年10月3日に放送が開始された『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ)は、35周年を迎え、10月6日に特別エピソード「ジャムおじさんとアンパンマン」が放送された。
これは、今までほとんど語られることのなかったジャムおじさんの過去が明かされるというもの。
「ひもじい思いをしている人に食べてもらいたい」
「そもそもジャムおじさんは、なぜパンを作っているの?」という疑問から、「バタコさんも知らない」というジャムおじさんの少年時代が描かれた。
少年時代、遠くの街にでかけたジャムおじさんは、お弁当を忘れてしまった。
仕方なく何も食べないまま家に帰ることにする。
こぼれた涙を、ぎゅっとにぎったげんこつで拭いた時、落ちてきた流れ星を受け止めるとアンパンが現れた。
場面は変わって、アンパンマンが森の中で空腹で動けない男と出会う。
「ポエムさん」と名乗るその男にアンパンマンは、自らの顔をちぎって食べさせる。
元気が出てきたポエムさんは、「君の詩を詠んでもいいかい?」と詩をプレゼントするのだ。
もちろんこれは名曲「アンパンマンのマーチ」につながるフレーズだ。
それに対しアンパンマンはきっぱりと答える。
「世の中で一番つらいのは、食べられないこと」
この「ひもじい思いをしている人に自らの顔を食べさせる」という特異なヒーロー像はどのような発想で生まれたのだろうか。
そこには、やなせ自身の戦争体験が大きくかかわっていることを、2008年10月29日に放送された『人生の歩き方』(NHK教育、現・Eテレ)で以下のように語っている。
戦争が終わり、自分が信じていた「正義」が、一瞬にして「悪」になってしまうことを体験し、「正義」は、立場によって簡単に変わってしまうことを実感する。
やなせは1973年に「キンダーおはなしえほん」で、『それゆけ!アンパンマン』の前身となる『あんぱんまん』を発表する。5本指を持ち、今のような3頭身ではなく、もっとスマートな体型だったが、「自らの顔を食べさせる」という骨子は変わらない。
当初は、主に大人たちから、その残酷さに「大悪評だった」という。しかし、子供たちからは熱烈な支持を受けたのだ。
「正義はカッコいいもんじゃない」
ポエムさんは、自らの顔を食べさせるアンパンマンに問う。
すると「はい! 僕はパンだから食べられるのが幸せなんです!」と即答するのだ。
やなせも、「正義」というものが、カッコいいものではないと前述の番組で語っている。
ポエムさんはなおも「このまま顔をあげ続けて君がいなくなっても?」と問う。
それにアンパンマンは力強く「はい!」と断言するのだ。
特別エピソード「ジャムおじさんとアンパンマン」のラストシーンは、砂漠。旅人が腹をすかせて倒れている。そこにアンパンマンがやってきて、自らの顔を食べさせて救う。
これは前述の絵本『あんぱんまん』で描かれたエピソードだ。
そんなシーンをバックにポエムさんが「アンパンマンのマーチ」の歌詞を朗読するのだ。
やなせたかしの哲学と思いを凝縮したエピソードだった。