料理は女の義務!なの?
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■人はなぜ料理をするのか?
安倍政権が進める「一億総活躍社会」の目玉であった「女性が活躍する社会の創出」は、明日の選挙で自民党が圧倒的な勝利を納めたら、どうなるのだろうか? 一気に改憲論議へと突入し、女性が活躍する社会の創出などは吹き飛んでしまうおそれも出てきた。
そんな中、『料理は女の義務ですか』【※】という新書が発売された。署名から推察できるように、家事(とりわけ料理)の負担が、男性に比べて圧倒的に大きい既婚女性が、既婚男性に対して料理負担の平等を求める書籍である。と思って読んだのだが、中身は違った。
書名に期待する(私が期待した)内容と実際の中身がこんなにも違う書籍に、久々に出会った。もし私が(真面目に)この本にタイトルをつけるとしたら、『人はなぜ調理をするのか-料理の社会的意味-』とでもつけるだろう(このタイトルでは売れないかもしれないが)。
ヒトはなぜ料理をするのだろうか? サル(の祖先)から進化したヒトは、身体が大きくもなく、強い力を持たず、大きな牙や爪も備えず、猛スピードで走れるわけでもなかった。食べ物を手に入れるのにさぞかし苦労したに違いない。相当の工夫をしなければ食糧不足で絶滅したに違いない。
二足歩行によって脳が発達し、手を器用に使うことが可能になったヒトは、調理(とりわけ加熱調理)することによって、今まで食べられなかったものを食料とし、効率的に栄養素を摂取し、さらには保存性も高めて、「食糧事情」を飛躍的に向上させた。そのことによって、ヒトは、今、地球を支配している。
その過程で、農耕が発達し、家族制度が営まれ、食文化が生まれ、そして必然的に戦いも避けられなくなる、という歴史を、著者は「料理」をキーワードにダイナミックに展開していく。
■定年後男性必読の1冊
このあと、様々な料理を題材にして「人はなぜ料理をするのか」というテーマに迫ってゆく(詳細は書籍で確かめてほしい)のだが、圧巻は「スープ」である。著者は、固形物と水分を共に加熱する料理を、大胆にも、すべて「スープ」とひとくくりにする。シチューも味噌汁もインスタントラーメンもおかゆもスープだと捉える。最初の画期的な料理であり、永遠に廃れない究極の料理がスープだ。
だしをとるという優れた食文化がここから発達するし、家庭料理という暖かい発想もそこから生まれてくる。いよいよ「人はなぜ料理をするのか」の本質が見えてくる。
スープの次は保存食。ソーセージ、漬物、チーズ、ジャムからカラスミまで、ヒトは食べ物を保存することによって、飢えをしのいできた。そして保存技術はただ飢えをしのぐだけではなく、お菓子やお酒といった趣味・嗜好へと展開してゆく。
社会制度が複雑になり、「衣・食・住の外注化」の歴史の中で最後まで家庭内で行われてきた「食の外注化」が、30年ほど前から一般家庭でもいよいよ始まった。反動的に、家庭で料理することの意味づけが再確認され、調理担当者の議論も本格化する。
著者はこれらのテーマを、これまでに出版された料理書籍や雑誌をつぶさにひもとき、この30年ばかり日本の家庭料理界をリードしてきた家庭料理研究家(小林カツ代や栗原はるみたち)の足跡をたどることによって、探っていく(このあたりは著者の得意な分野で、独壇場ともいえるだろう)。ただし、検討から漏れた(検討したけれども記述に至ってない?)資料(や人)があることによって、テーマ展開に若干の不足があることが惜しまれる。
冒頭に「書名と内容に差がある」と書いたが、心配無用。読み終えれば、「家庭内で料理をするのは女だけなのか!?」という現代の台所問題の答えも、もちろん、見つかる。家族が料理をしないと悩んでいる女性、その悩みの原因となっている男性、両者に読んでもらいたい書籍。とりわけ私が勧めるのは、定年を迎えて家庭に滞在する時間が長くなった高齢の男性。これくらいのことを頭に入れておかないと「家庭内の居場所」が無くなりますよ!
【※】『料理は女の義務ですか』著者:阿古真理・新潮新書736・新書版・208ページ・定価740円(税別)