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ウクライナ情勢の影響が色濃く出た今年のロシア戦勝記念パレード

小泉悠安全保障アナリスト

昨年のちょうど今日(5月9日)、「ロシア 対独戦勝記念パレードを巡るポリティクス」という記事で、ロシア政府指導部と軍との微妙な関係をパレードの模様から解説した。では、今年はどうであっただろうか。

まずはパレードの模様をご覧頂きたい。

基本的なパレードのフォーマット自体は、今年も例年と変わらなかった。

国防相によるパレード参加部隊への挨拶、大統領の短い演説、徒歩行進、地上兵器の行進、航空機による飛行展示(ごく小規模な年もあり)と来て、軍楽隊が退場して終わりである。

だが、注意して見れば、華やかなパレードの背景から様々なポリティクスが浮かび上がってくる。もちろん、最も色濃く影響を与えていたのは、ウクライナ情勢である。

クリミア併合への意識

今年の演説でプーチン大統領は、第二次世界大戦での激戦地の名を挙げ、そこで戦ったソ連軍将兵やパルチザン部隊の勇気を称えた。注目されるのは、モスクワ、レニングラード、スターリングラードといったロシアの都市に加え、クリミアのセヴァストーポリの名が出て来たことだ。もちろん、3月のクリミア半島併合を強く意識してのことであろう。

また、地上兵器の展示では、露払いを務める軽装甲車の車列に続き、海軍歩兵部隊(海兵隊)の装甲兵員輸送車部隊がパレード部隊主力の先頭を切って登場した。

基本的に赤の広場でのパレードに登場するのはモスクワ周辺に駐屯する部隊であり、海軍歩兵部隊の装甲車両が登場することは通常ない。しかも、今回のパレードに参加したのはクリミア半島に駐留する第810海軍歩兵旅団であった。2月末、クリミアを突如として占拠した「謎の武装勢力」の「中の人」たちである。

プーチン大統領は4月、恒例の「国民対話」においてクリミアにロシア軍が展開していたことを認めたばかりであり、その主体であった海軍歩兵部隊がこうした晴れの場に呼ばれたことは、ここにもクリミア半島併合に対する強い意識が感じられる。

滲むウクライナ情勢への配慮

再びプーチン大統領の演説に話を戻すと、今年の演説では「ナチス」という言葉が多用された。

昨年の戦勝記念パレードにおける演説では、「世界をナチズムから解放した」という表現だったが、今年は「ナチズムを粉砕した」、「ナチストを穴に追いつめた」など、かなり強い表現が目立った。ロシア政府がウクライナ暫定政権を「ネオナチ」と呼んでいることを踏まえれば、こうした強い表現が用いられたことは偶然ではあるまい。

ゲオルギーのリボンを描いたBTR-80装甲車(Vitaly Kuzmin)
ゲオルギーのリボンを描いたBTR-80装甲車(Vitaly Kuzmin)

しかも、今年のパレードに参加した地上兵器は、ジープから大陸間弾道ミサイルに至るまで、全てオレンジと黒のストライプを描いていた。これまでの戦勝記念パレードの歴史で初めてのことだ。

これは「ゲオルギーのリボン」と呼ばれるもので、もともとは勲章を下げておくためのリボンの柄に由来し、最近ではナチズムに対する勝利の象徴として戦勝記念日等に飾られるようになった。

ところが、今回のウクライナ危機では、親露派がこぞってこのリボンを服に着けたり、旗にあしらったりしたことから、突如として別の意味を持つようになった。実際、ウクライナ暫定政権はこのリボンを「過激派のシンボル」であるとして着用しないように市民に呼びかけているほどだ。そのような図柄を、今回のパレードでは敢えて兵器に描いたわけである。

プーチン大統領によるクリミア半島訪問

今回の戦勝記念日で最大のサプライズは、プーチン大統領が突如としてクリミア半島を訪問したことであろう。

クリミア半島にある黒海艦隊の根拠地セヴァストーポリや首都シンフェローポリでは、モスクワでの戦勝記念パレードに合わせてパレードが行われており、なかでもセヴァストーポリでのパレードでは、黒海艦隊司令官が「永きに渡るキエフの統治の後、我々はロシアの旗を掲げた」という演説を行ったのが目を引いた。

その直後、モスクワでのパレードを終えたプーチン大統領がショイグ国防相を伴ってクリミアを電撃訪問し、洋上から黒海艦隊の艦艇を閲兵したのである。

また、これは以前から予告されていたことだが、今年のクリミアでは艦隊上空で70機もの航空機・ヘリコプターが飛行展示を行った。

これまではウクライナ政府との協定によってクリミア半島に配備できる航空機は22機まで(ヘリコプター除く)とされており、ロシア領空からクリミアへ航空機を侵入させる場合もウクライナ当局の許可を必要としていた。これに対してプーチン訪問時には、ロシア本土から戦略爆撃機や大型輸送機などが飛来し、クリミアが「ロシア」になったことを見せつけた。

もちろん、西側諸国はプーチン大統領のクリミア訪問を強く非難しているほか、11日にはウクライナ東部で住民投票が予定されており、ウクライナ情勢はますます混迷を深めることになりそうだ。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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