ペーパレス化で誰もが自分の仕事に集中できる世の中へ【副島智子×倉重公太朗】最終回
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人事労務に関わる人にとっての一大イベントが年末調整です。2020年10月より年末調整申告書の電子化がスタートし、従来手書きで行っていた年末調整の手続きが、パソコンやスマホで行えることになりました。SmartHR をはじめとしたクラウド人事労務ソフトも、年末調整機能を開発しています。これらを活用することで、従業員にも簡単に申告書の提出をしてもらうことができ、人事労務担当者も、書類配布や回収、記入不備や間違いに悩んでいた時間を大幅に効率化できます。これまでアナログ作業に使っていた時間を、経営者は本業に、人事担当者は採用や制度づくりに集中することができれば、会社全体の生産性は大きく向上することでしょう。
<ポイント>
・人事に投資することで、会社全体の生産性を上げる
・ハンコはこれから一番証明できないものになっていく
・クラウドサービスの情報セキュリティーはどうなっているのか?
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■テクノロジーに任せられるところは任せる
倉重:今チャットでご質問をいただきましたので読み上げたいと思います。「人事総務担当者は変化を嫌う人が多いという話に関して質問です。工数を削減して時間が空いたときに何をやればいいのか分からない、または残業時間が減ってしまって困るという人もいるかもしれません。そういうときにどんな提案をされますか?」というご質問です。
副島:それは、ツールでできる仕事だけを今までしてこられたということだと思います。テクノロジーではできない仕事を考える時間を持つところがスタートです。その会社さんの従業員さんがどういう集まりなのか、文化形成はどうなっているのかを調査するのも良いと思います。社内を少し歩いてみて、どの部署でどういう会話をしているのか聞いてみるだけでも、そこから生まれる何かがあると思います。「あの人だけ1人でぽつんと席に座っているけれども、どうしたのだろう」という気づきから、改善をしなくてはいけないことが見えてくるかもしれません。空いた時間は考えることに使ってもらう必要があるのだということは、この先啓蒙していきたいです。
倉重:サービスに任せられるところは任せてしまうという話ですね。だらだら時間をかけてしても生み出す価値が変わるわけでもないし、早く終わるほうがいいに決まっています。
副島:大量の紙をさばけるというのは、すごいスキルなのです。そのスキルを今度は違うところに転換していただくということです。
倉重:この話は「AIに仕事を取られる」という話に似ていると思います。人ではないとできない仕事とは何なのかを考えさせられますね。今おっしゃった人事の立場になると、現場を一つひとつ見ていくとか、いろいろな部署の人と話をしてみるとか、昔であれば飲みに行くだけでも、気付くことはありますよね。
副島:会話するだけでも気づくことがたくさんあります。人の話を聞いて考えるということは、人間でなくてはできない部分もあると思うのです。
倉重:悩みがあれば発見し、気持ちに寄り添って提案したり、改革したりすることは、当分の間は人ではないとできなさそうですね。ここは重要な話で、結局「人事が本来すべき役割は何か」という話です。最終的には、人事は何をすべきだと捉えていらっしゃいますか。
副島:この先人口が減少していくことは、もう分かっていることです。採用がどんどん難しくなっていったときに、その会社がいかに魅力的であるかは、大きな判断基準になります。魅力的な会社であるためには何をするべきなのか。新しく入社した方に定着をしてもらうためにはどうしたらいいのかを考えて、実行して、改善をする。そういうPDC Aを回していくことが、今後必要になってくると思います。
倉重:会社によって属性や文化、習慣、慣習などが全然違いますから。同じソリューションで人事が解決することはあり得ないですよね。
副島:ここに関しては人ではないと、できないと思います。
倉重:経営者にとっても、人事に投資をするという考え方が必要ですね。
副島:本当にそうです。今までバックオフィスと呼ばれる仕事に投資するという考えは、あまりなかったと思います。「人事、総務、経理、営業管理、全部1人でしています」という会社もまだ多いのではないでしょうか。きちんと専門分野でバリューを発揮していただくことを考えると、人事に投資するという考え方は、この先ものすごく必要になってくると思っています。
倉重:いいですね。ハンコや紙についてはまだ議論がありますけれども、これからクラウドの社会はどんどん加速していくと思います。
副島:そうですね。今までExcelで人事データを管理していて、コストがかかっていなかったところも、「あえてコストをかけることで、このようなメリットがあるのだ」という部分をしっかり見据えて、多方面に反映をさせることが必要になると思います。
倉重:サービスによって効率化できるのであれば、最終的に人件費が浮くわけですから、他のことにその人を使えるという話ですね。
副島:人事に投資することで、会社全体の生産性を上げることに寄与すると考えてもいいのではないかと思います。
倉重:本当の働き方改革とはそういうことですね。労働時間を短くするだけではありません。それは手段であって目的ではないですから。効率化できるところはするというのが本来の趣旨にかなっていると思います。ちなみに、紙やハンコのメリットは何かあるのでしょうか。
副島:押印、印鑑に関しては、私はこの先一番証明ができないものになっていくと思います。
倉重:文化財としてはもちろんいいのですが。
副島:外国人社員の方が平仮名で「まいける」とか「とにぃ」と書いた印鑑が押してあって、かわいいと思う程度かもしれません。
倉重:「まいける」という印鑑があるのですか。
副島:あります。私は昔、外資系の会社にいたので、それで押されていて、すごくかわいいと思っていました。ですからコミュニケーションツールのようなものになってしまうかもしれません。ハンコ業界の方には申し訳ないのですが……。話がずれてしまうのですが、私は電子証明書をハンコ業者の方が販売できるようになればいいのにと思っています。
倉重:廃れるサービスがあれば上っていくサービスがあるわけですね。ちなみに、DXを進めていく動きは、コロナを機に盛んになりました。「日本はDXができていなかった」という話が結構あると思いますけれども。これからデジタル庁ができますが、国としても「もっとこうしてほしい」というようなことはありますか。
副島:今まで事業者側に負担をさせていた仕事が結構あるのです。例えば住民税の控除は、今はもうマイナンバーもあるし、本人の口座から毎月落としてほしいと思っています。会社の給与から控除させる目的は分かるのですが、そこの負担を事業者に負わせること自体が、社会の生産性を下げているように感じるのです。「そこに使っていた時間を、皆さんはもっと違うことに使ってください」と政府が言ってくれると、年末調整も含めてすごく変わると思います。
倉重:源泉徴収義務もマイナンバーでひも付けて直接控除することを、ぜひ実現してほしいですね。
副島:コロナのときも、ちょうど5月と6月のタイミングだったので、住民税の異動届、通知書が皆さんの会社に大量に来ていたはずなのです。その処理のために出社をしたメンバーはたくさんいたのではないでしょうか。そういったところがなくなると、何かが起きたときでも、業務がストップすることがなくなります。
倉重:世の中の人事の皆さんは「こんな業務はもうやめましょう」と、もっと声を上げたほうがいいですね。その声が集まれば、きっと国にも届くのではないでしょうか。
副島:私たちもその活動をしています。
倉重:いいですね。盛り上げていきましょう。
■いろいろな曲がり道があってこそのキャリア
倉重:この対談は、大学生などの比較的若い方もお読みいただいています。雇用が大きく変化している中で、副島さんの立場から、若い人に向けてメッセージはありますか。
副島:近年はテクノロジーの力で、今まで当たり前だったことが覆せる時代になったと思うのです。テクノロジーの力は本当にすごいので、私がもし若ければ、エンジニアリングのような分野を学んで、何かを自分で生み出したいと思っています。あとは、最初に選んだものがそのまま未来永劫(えいごう)に続くわけではありません。
倉重:舞台セットをする必要はないわけですよね。
副島:そうなのです。私は、学生の頃からの夢を2年で諦めるという選択をしているので、「全然違う」と感じたら、次に行くジャッジをして、自分がどの世界に合っているかを判断してもいいと思います。
倉重:私も学生のときは公認会計士になろうと思っていたので、経済学部に通っていました。いろいろな曲がり道があってこそのキャリアだという気がします。副島さんは、単に人事総務の仕事をするだけで終わらずに、「これをきっかけに世の中を変えたい」という思いが芽生えてきたのですよね。冒頭の話になりますが、そのときの行動力は半端ないですよね。
副島:私がそのメッセージを送ったのは40歳ですから。40歳でもキャリアは変えられます。
倉重:すごいですね。そこから「自分のやりたいことだ」と心から思えることに出会ったのですね。
副島:本当にそうです。なので、考えながら走っています。考えてから走ってしまうと、なかなか踏み出せなかったりします。私はキャリア的には考えながら走るところが結構あって、それが結果的に良かったと自分では思っています。今ここにたどり着けたのは、それが実践できたからではないでしょうか。
倉重:このコロナを誰が予想できたかという話ですね。考えてもしょうがないから、とにかく走ってみて、駄目なら軌道修正しての繰り返しですね。
副島:そうです。若い人はそれが何回でもできますから。
倉重:でも、考えることをやめてはいけないので、そういう意味では、業務を効率化して考える時間を作ることも大切です。
副島:大量の紙に構っているようでは、もうこの先はないかもしれません。
■「何となく」行っている不合理な部分に目を向ける
倉重:では、私から最後の質問になりますけれども、副島さんの夢をお伺いしたいと思います。
副島:このコロナでハンコや紙など当たり前のものが大きく変わりました。ですが、まだまだ社会の非合理なものがあると思うのです。何となくしている昔からの非合理的な部分に対して、社会全体で「それは違うのではないか」という声を上げていく。そうすることで、本当に人が集中すべきことに尽力できる世界になることを願っています。
それを SmartHR で実現するために、プロダクトもどんどん磨いていますし、たくさんの方に知っていただいて、皆さんが幸せな働き方ができるような社会のために、貢献をしていきたいと思っています。
倉重:ありがとうございます。それではお時間になりましたので私からはいったん以上にしまして、あとは、視聴者の方から少しご質問でも承りたいと思います。常連のコヤマツさんからお願いいたします。
コヤマツ:お話をありがとうございました。エンジニアをしています、コヤマツと申します。クラウドサービスのセキュリティーはどういう対策をされているのかということが気になりました。
倉重:エンジニアならではの質問ですね。
コヤマツ:免許証などの個人情報を扱われているではないですか。基本的にウェブに個人情報が上がることは嫌がられる印象が強いのですが、その辺りを説得するにはどうしていらっしゃるのでしょうか。また、プロダクトを作るに当たって、セキュリティーはどういうところに気を付けているかお聞きしたいです。
副島:セキュリティーに関してはもちろん、いろいろと考えております。詳しい者に代わりますね。
小嶋:法務の小嶋と申します。情報セキュリティーマネジメントの国際規格のISO27001を取得しており、その水準を満たすセキュリティー体制を整えております。マイナンバーなどの機密性の高い情報は暗号化して保管しており、万が一悪意のある第三者が盗み見ようとしても、解読できないようになっています。
SmartHR との通信は常にSSL/TLSによって暗号化されており、悪意のある第三者によるデータの改ざんやなりすまし、通信内容の漏洩を防ぎます。本人認証についても二段階認証機能を備えております。
コヤマツ:分かりました。ありがとうございます。
副島:あとは、データもすごく気を使った構造になっているのですよ。
小嶋:例えばデータベースをもとに人事情報を分析するアプリを作るときは、生の人事データから別のデータベースを作った上で、そこからデータを抽出して加工・分析いただくような工夫を施しております。これにより、元の人事データの改ざんが生じないようにしております。
倉重:ユーザーの会社側が脆弱(ぜいじゃく)で、そこから漏れるようなことはあまりないということですね。とても参考になりました。副島さん、小嶋さん、ありがとうございました。
(おわり)
対談協力:副島 智子(そえじま ともこ)
株式会社SmartHR 執行役員・SmartHR 人事労務 研究所 所長
20人未満のIT系ベンチャーや数千人規模の製薬会社、外食企業など、さまざまな規模・業種の会社で15年以上の人事労務の経験を持つ。2016年にSmartHRにジョイン。従業員、労務担当者、経営者の3つの視点を持ち、SmartHRのペーパーレス年末調整機能の企画、電子証明書取得方法の解説など、メンドウで難しいものをわかりやすくカンタンにしてユーザーに届けることを得意とする。