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「世界で一番危険な男」トランプ大統領が反イスラム極右投稿をリツイート ヘイト犯罪急増のイギリスは反発

木村正人在英国際ジャーナリスト
極右動画をリツイートしたトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]アメリカ大統領選を通じて人種差別主義をまき散らしてきたドナルド・トランプ大統領が11月29日、イギリスの極右団体による反イスラム投稿を3連続してリツイートしました。イギリスのテリーザ・メイ首相も「アメリカの大統領がこんなことをするのは間違っている」(首相報道官)と頭を抱えています。

さすがのトランプ大統領でも、こんなにえげつない内容の動画を何のためらいもなくリツイートできるのでしょうか。

トランプ大統領はメイ首相の懸念に「私にではなく、イギリスで起きている破壊的で過激なイスラムのテロリズムにフォーカスしろ」という反論をツイートしました。イギリス政府はトランプ大統領に対する国賓としての公式招待取りやめを検討しているとの報道もあります。

トランプ大統領がリツイートした反イスラム極右動画
トランプ大統領がリツイートした反イスラム極右動画

4358万人のフォロワーを持つトランプ大統領がリツイートしたのは、イギリスの極右団体「ブリテン・ファースト(イギリス第一)」のジェイダ・フランセン副代表(31)の投稿で、「松葉杖をついたオランダ人に暴行を加えるイスラム難民」「聖母マリア像を破壊するイスラム教徒」「10代の少年を突き落として殴り殺すイスラム原理主義者の暴徒」と題する3つの動画です。

在米オランダ大使館によると、松葉杖をついたオランダ人に暴行を加えた男はオランダ生まれで、オランダの法律に基づき有罪判決を受けています。

少年が突き落とされる動画は13年、エジプト・アレクサンドリアで撮影され、関わったグループは起訴され、1人は処刑されています。聖母マリア像を破壊する動画は13年に投稿されていました。

昨年6月に行われた欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票の直前、「ブリテン・ファースト」を叫ぶ極右過激主義の男に殺された労働党の下院議員ジョー・コックスさんの夫ブレンダン・コックスさんはツイッターでこう反発しています。

「トランプは彼自身の国アメリカで極右を正当化しました。今度は私たちの国(イギリス)で同じことをしようとしています。ヘイトを撒き散らすことは結果を伴います。大統領は自分自身を恥じるべきです」

最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は「わが国の政府がドナルド・トランプによる極右のリツイートを非難することを望みます。大統領のリツイートは忌まわしく、危険であり、私たちの社会にとって脅威です」とツイートしました。

「ブリテン・ファースト」は2011年、極右政党「イギリス国民党(BNP)」の元メンバーによって設立された反イスラムの極右団体です。ツイッターで5万4000人のフォロワーがいるフランセン副代表は宗教上の悪質なハラスメント(嫌がらせ)で起訴され現在、保釈中です。北アイルランドのベルファストでも脅迫や侮辱する言葉を使ったとして出廷を求められています。

イギリスではヘイト・クライムが急増しています。2016年度は8万393件で、前年度の6万2518件から1万7875件も増えています。今年、イギリス議会の襲撃やマンチェスターの自爆テロ、ロンドン橋暴走テロが相次いだこともヘイト・クライムの増加につながりました。

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ヘイト・クライムの内訳は人種絡みが一番多く6万2685件、宗教は5949件。同性愛など性的志向(指向)9157件、障害5558件、性転換1248件です。EU国民投票を境に、イギリス国内ではこれまで隠れていた移民嫌いが一気に表に出てきました。

反イスラムのヘイト・クライム防止に努める民間団体テル・ママのまとめでは13年5月から17年6月までにモスク(イスラム教の礼拝所)やイスラム関連施設が167カ所も襲撃されています。一般市民から「お前たちのせいでこの国ではテロが起きるんだ」とイスラム女性が罵られるケースも目立っているそうです。

出所)テル・ママ
出所)テル・ママ

15年に100万人を超える難民が流れ込んだドイツでも昨年、1日に10件近く移民が攻撃されており、いったんは下火になっていたヘイト・クライムが再び増え始めています。子供43人を含む560人が負傷しました。

国境警備を強化するEU・トルコ合意でトルコからギリシャへの難民流入は15年をピークに下がり始めたものの、北アフリカから地中海を渡ってイタリアを目指す難民が増えました。途中、小型船やゴムボートが沈み、海の藻屑となる犠牲者の数が増えました。

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EU加盟国に大量に難民が滞留するようになるにつれ、難民の置かれる環境は厳しくなっています。その一方で反難民・反イスラムの声が非常に強くなり、難民規制強化に舵を切る国が多くなってきました。

トランプ大統領が無責任にリツイートできたのは、アメリカのムスリム(イスラム教徒)人口の割合が欧州に比べてそんなに高くないからです。

トランプ大統領のツイッターアカウント
トランプ大統領のツイッターアカウント

11年に発表されたアメリカのピュー研究所の調査ではフランスのムスリム人口は470万4000人、ドイツ411万9000人、イギリス286万9000人です。アメリカは259万5000人に過ぎません。

全人口に対するムスリム人口の割合は30年時点でフランス10.3%、スウェーデン9.9%、イギリス8.2%、ドイツ7.1%に対してアメリカは1.7%止まりと予想されています。

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イスラムはアメリカではトランプ大統領が言うほど大きな問題ではないのです。トランプ大統領は反イスラムを煽る極右動画をすぐに削除すべきです。

欧州にはトランプ大統領を毛嫌いするエスタブリッシュメント(支配層)が少なくありません。このままではイスラムと西洋社会だけでなく、欧州とアメリカの対立も次第に深まっていきます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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