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BPO「明日、ママがいない」審議入りせずは、妥当な対応。:大切なのは総合的な見方

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■BPO「明日、ママがいない」審議入りせず

放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送と青少年に関する委員会」は16日、児童養護施設を舞台にした日本テレビ系のドラマ「明日、ママがいない」を審議対象としないことを決めた。  BPOによると、委員から「関係団体への配慮は丁寧にしなければいけない」という意見が出た一方、「デリケートな問題を扱いにくくなるのは問題」との指摘もあり、総合的に判断し審議しないことを決めた。視聴者からは「番組が問題を明るみに出した面もある」と肯定的な意見もあったという。

出典:BPO「明日、ママ―」審議せず 肯定的な意見も スポーツ報知 3月17日(月)Y!

大方の予想通りだったが、審議入りしなかった。もし審議入りしていたら、それだけでテレビ局は震え上がることになっていただろう(テレビドラマの内容での審議入りは初めてか)。「明日、ママがいない」には、たしかに指摘された問題がある。しかし審議入りすれば、さらに摩擦が起き(筒井康隆氏とてんかん協会のときのように)、傷つく人が出ていただろうことを思うと、ほっとしている。

ヤフー意識調査では、以下の結果だった(2014.3.17現在)。

「明日ママ」は中止すべきだと思う35.5%。続けるべきだと思う55.5%。

公開謝罪すべきだと思う22.9%。必要はないと思う71.3%。

偏見を助長したと思う:20%。しなかったと思う59%。

意見は割れている。

■フィクションなら良い・いやなら見るな vs 番組中止・公開謝罪

フィクションのドラマなら何でも良い訳ではない。「いやなら見るな」は、書籍や映画なら通用しても、テレビには通用しない理屈だろう。一方、このような形で、番組中止、撮り直し、内容大幅変更、番組内公式謝罪なととなっていたら、今後のテレビ界に大きな問題を残すことになっていただろう。

BPOのコメントの通りである。「「関係団体への配慮は丁寧にしなければいけない」という意見が出た一方、「デリケートな問題を扱いにくくなるのは問題」との指摘もあり、総合的に判断」。

作品として優れていたか、製作者側に確固たる理念があったかといった問題もある。たしかに、すべての表現は何らかの形で人を傷つける可能性があるのだから、作り手としては少しでも良い作品を目指すべきだし、メッセージを伝えるのなら、信念を持って伝えるべきだと思う。しかし、はたして「優れた作品なら良い」「信念を持っているのなら良い」のかどうかは、また大きな議論になることだろう。

■BPOとは

BPOとは

放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応する、非営利、非政府の機関です。

主に、視聴者などから問題があると指摘された番組・放送を検証して、放送界全体、あるいは特定の局に意見や見解を伝え、放送界の自律と放送の質の向上を促します。

※BPOはNHKと民放連によって設置された第三者機関です。

出典:BPOホームページ

BPOは放送局自体が作った団体で、表現の自由を守りつつ、苦情や放送倫理の問題を扱う団体である(現在の理事長は著名な社会心理学者である飽戸弘氏)。テレビ局からみれば、BPOは最高裁判所のようなものである。BPOの決定は絶対であり、BPOから指摘されれば、内心はいろいろな思いがあったとしても、反論せずにテレビ局をあげてお詫びをすることになるだろう。テレビ局から見たBPOの力は絶大だ。正式に「審議入り」するだけで、大きな影響力を発揮してしまうことになるだろう。

ただし、本来はBPOは怖いだけのや閻魔大王のような存在とは違う。過剰に反応して事を必要以上に大きくしたり、また逆に事なかれ主義の団体でもないはずだ。

BPOによる青少年へのお勧め番組を見ると、教養系の番組が多いが、「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)、「ドレミファドン」(フジテレビ)、「世界行ってみたらホントはこんなトコだった!?」(フジテレビ)、「さんま・玉緒の あんたの夢をかなえたろか」(TBS)、「修造学園~学校では教えてくれない授業~」(テレビ朝日)、「有吉のバカだけどニュースはじめました」(テレビ東京)など、まあ普通のバラエティー番組なども並んでいる。テレビの娯楽性を否定しているわけではない。

昨年12月には、BPO放送倫理・番組向上機構 10周年記念シンポジウムとして「テレビよ、変われ!テレビよ、変わるな!」も開いている。

■子どもたちを守るためには

テレビでも、学校でも、地域でも、家庭においても、子ども若者は守られねばならない。彼らの心と体と生活を守らなくてはならない。その中で、様々な意見がある。様々な個人や団体が多様な意見を出す。それぞれが、それぞれの立場で意見を表明すべきだ。しかし、決定する立場にある人は、「総合的」に判断しなければならない。

公園の遊具で子どもがケガをする、時に非常に悲しい死亡事故が起きる。こんなことはあってはならない。しかし一方、事故があるたびに、遊具にロープが張られ使用中止になり、全国の公園からその遊具が消えていって良いのだろうか。もちろん、安全は確保すべきである。工夫は必要だ。しかし、ブランコもシーソーもジャングルジムもない公園で良いのだろうか。

運動会の騎馬戦も、マラソン大会も、開催しないほうが良いのだろうか。

心の問題でいうなら、歌のテストや学習発表会で辛い思いをしている子はたくさんいる。学校に来られなくなる子もいる(そこから更なる悲劇も起こりうる)。もちろん配慮は必要だ、しかし、心にプレッシャーを与えるものを全部廃止すればよいわけではない。そこから学ぶべきこともたくさんあるからだ。

教育や子どもの専門家の中には、「競争」や「プレッシャー」を避けるべきだと言う人もいるだろう。

しかし、何らかの危険性を伴うものを、だからといってなくしてしまうことが、子どもを守ることになるとは思えない。自転車も水泳も危険だし、紫外線は皮膚がんを引き起こすかもしれないが、すべてを禁止すると、別の危険性がかえって高くなってしまう。トータルバランスを考えた子育て、社会作りが必要ではないだろうか。

■弱い子どもたちのために

児童養護施設の職員さんに聞くと、子ども達の中にはとても元気で心身ともに健康な子もいれば、また不安定な子もいると言う。学校で何かがあったときには、帰ってきてから言動が荒れることもあるという。たとえば、授業や学校行事、友人との会話の中で、家族や両親に関することが話題になると、不安定になる子もいると言う。

もちろん、配慮は必要だ。学校では昔のように安易に「父の日」「母の日」はやらない。しかし、両親や家族に関する話題は、当然出るだろう。一切禁止にするわけにはいかない。

家庭にいる子達も、不安定な子はいる。いや、子ども若者はもともと不安定なのだ。全国のどの中学高校にも、リストカットなど自傷行為をする子はいるだろう。

ほとんどの子が笑っているような授業での話や、授業で見たビデオ教材で、傷つく子はいる。配慮は当然必要だ。しかし、どのような配慮をどの程度することが、子どもたちみんなにとって良い事なのかは、総合的に判断しなくてはならない。

太宰治の「人間失格」や遠藤周作の「沈黙」を読んで落ち込む中高生もいる。「はだしのゲン」を図書館に置くなと言う人もいる。「進撃の巨人」(漫画・テレビアニメ)はどうだろう(私は面白いと思うが、絵は気持ち悪い)。昔の「ハレンチ学園」(漫画・テレビドラマ)や「8時だよ、全員集合」を見て、悪いことをする子達はいたが、どうなのだろう。

野放しはいけない。また、規制しすぎ、自粛しすぎもいけない(テレビの影響:ドラマ、アニメからの観察学習の心理学:いじめドラマはいじめを増やすか)。

ある中学校で、教師から叱られた生徒が飛び降り自殺未遂をすることがあった。すぐに念入りに調査されたが、ごく普通の叱られ方だったようだ。騒いでいたので「静かにしなさい」と、ごく日常的な叱り方をしただけだった。もちろん、配慮は必要なのだ。ただ、子どもの自殺は、小さなきっかけで衝動的に起きてしまう。

だから、本当に心配りが必要なのだ。しかし、だからもう叱るのはやめよう、ビデオを見せるのはやめようとすることが、子どもたちのためになるだろうか。

新年度の初めに、新入生が仲良くなるための宿泊研修(オリエンテーションキャンプ)が開かれる高校や大学も多い。実は、この入学直後の宿泊会は、一部の心理臨床の専門家からは不評である。

入学直後の緊張感漂う生徒たちだ。いきなり宿泊研修などに連れて行けば、さらに不安や緊張が高まる。大多数の生徒学生は、上手く乗り越える。寝食を共にして、共同ゲームなどを行うことで、最初の友情が芽生える。スムーズな学校生活がスタートできる。「宿泊研修は、緊張したが行って良かった」が、大多数の感想である。

しかし、その波に乗れない青少年にとっては、宿泊も団体生活も、苦痛であり、傷つくだけである。周囲が仲良くなり、どんどん適応していく中で、孤立感や取り残され感を持つ若者も確実に存在する。現代の学校には、ボーダーラインの子や診断名がついている子達も入学してくる。研修中に、ゲームに参加できなくなったり、途中で帰ってしまう若者がでることもある。

だから、心の専門家の中には、入学直後の宿泊研修に反対する人もいる。もちろん、百人の中の1人は大切だ。配慮が必要だ。しかし、反対意見を持つ心の専門家たちも、多くの場合、強行に中止を要求はしない。総合的に判断することこそが、求められるからである。

■明日ママ問題から学ぶこと

私たちは、出来事から学ぶことが必要だが、学びすぎてはいけない。テレビ局は今回の明日ママ騒動から何を学んだのだろうか。児童養護施設に関するドラマは作らないほうが無難だと学んでしまったり、職員も里親も全部理想的な善人として描かなくてならないなどと学んだりは恐らくしていないと信じたい。

人をどんなに傷っけても良いから視聴率が取りたいなどと考えてはいけない(私が個人的に知っているテレビ関係者でそんな人は1人もいないが)、また過剰な自粛が生まれてもいけない。

自由な表現を。楽しいテレビを。みんなの心の栄養になる番組を。弱者への配慮を。そして、総合的に考えた、バランスの良い環境を、子どもたちに与えたい。そういう社会を、作りたい。

参考資料:明日ママ視聴率

第1話14.0%、第2話13.5%、第3話15.0%、第4話13.1%、第5話11.6%、第6話11.5%、第7話11.8%、第8話11.8%、第9話(最終話)12.8%。平均視聴率 12.8%

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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