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今週末、どこ行く?「ひとり温泉」で”絶対はずさない宿”≪ひとり客歓迎・絶景・素泊まり1泊1万円代≫

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

宮城県・松島温泉「松島センチュリーホテル」 

どのくらい前だっただろう、食エッセイの名品『味な旅 舌の旅』(宇能鴻一郎著 中公文庫)の「松島・雪の牡蠣船」編を読んでからというもの、私にとって松島は松尾芭蕉の「松島や ああ松島や 松島や」ではなくなった。宇能先生の松島であり、牡蠣の松島となった。

「松島・雪の牡蠣船」はそれほどの破壊力を持って、私の意識を塗り替えた。

さすが、芥川賞受賞作家にして官能小説の大家・宇能鴻一郎先生である。

宇能先生が牡蠣を食した時の陶酔感。舌が牡蠣に触れた時の弾力。弾き出す汁液。上品ながら、エロチックに描かれてあり、この一編を読んで以降、牡蠣を口にする度に宇能先生が私の記憶にお出ましになる。

ところで、その松島に温泉が湧いていることは、あまり知られていないように思う。少なくとも『味な旅 舌の旅』には温泉の記述は出てこない。

それも当然だ。松島源泉1号は2008年に掘削された新しい温泉だからだ。

当時の松島温泉組合の西条直彦組合長が、

「松島に足りないのは温泉。松島の絶景を眺めながら温泉に入って欲しい」と、全額自己負担で1500mの深さまで掘削。大金をかけて湧出した温泉はアルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性高温泉 湧出温度52.5)で、これを「太古天泉(たいこてんせん)」と名付けた。

現在も松島温泉の源泉を守っている株式会社「海風土(うぶど)」の社長を務める西条さんのご子息は、

「地中1000mから1500mの間は、数億年前の石灰質岩類だと調査でわかりました。太古から天水が浸透し、地熱で温められた温泉ですので『太古天泉』と呼んでいます」と教えてくれた。

ただのお湯である温泉を産業にまで成し遂げた大人物は、全国各地に何人もいる。大地に熱せられてのことか、熱い男に出会う確率が非常に高い。

例えば大分県別府温泉には、ホテルの創業者というだけでなく、温泉を遊興の場としない証に、一切酒を出さないことに徹し、あくまでもお湯の治癒力を訴え続けた油屋熊八がいる。別府駅前には、空に向かい両手を広げている彼の銅像がある。

松島の西条さんも、温泉地にいるパワーあるおひとりだったのだろう。

自腹で掘削した西条さんの漢気に、「ありがたや~」と呟きながら、お湯を頂戴した。

とろとろっ、とろっとろ。お湯が肌の上を転がる感じに感嘆。

入浴中、手と手をこすり合わせ、足と足を絡ませる。なんて私の肌は滑りがいいのだろう。うっとり。

お湯のPH(水素イオン濃度)8.6が、肌の上を転がる理由。アルカリ性は、皮脂や角質を洗い流す石鹸のような効果を発揮するのだ。

もし宇能先生が入浴していたら、どのように表現されるだろう――。

この晩は、「松島センチュリーホテル」に宿泊していた。

夕食にはもちろん牡蠣を食す。

松島の牡蠣のシーズンは、毎年11月から2月末まで。この時期は松島産の生牡蠣が食べられる。時期を外すと松島産ではなくなるものの、宿泊したホテルでは通年、生牡蠣を出している。

食事前に『味な旅 舌の旅』を再読し、その文章を思い浮かべながら牡蠣を愉しむ。

宇能先生のように、舌で牡蠣の弾力を感じる。弾き出た牡蠣汁は少し苦く、大人の香りである。

宇能先生になった気分。

西条さんのご子息が、

「ここからの朝日と月光が凄いんです。松島の島と島の間、海上から昇る朝日は目を開けていられないほど強烈な光で、松島湾を照らす月も神秘的で……」

と教えてくれたが、この日はあいにく月夜も朝日も眺めることはできなかった。

翌日、小雨が降るなか、観光船「仁王丸」に乗船し、鐘島、仁王島、水島を回り、湾を巡る。伊達政宗が再建した「国宝 瑞巌寺」も見学。

赤い渡月橋を渡り、雄島にも足を伸ばすと、たくさんの岩窟を目にした。

そもそも松島は、江戸時代半ばまでは霊場だった。中世の頃は「奥州の高野山」と呼ばれ、お坊さんたちや巡礼者たちの修行の場となり、人々はここで祈りを捧げた。祈りと願いに満ちた場であり、岩窟はその証である。 

雨でしっとりと濡れた霊場を歩いた。 

この時は、「松島センチュリーホテル」をスタートに散策した。松島の観光地や海岸に最も近い立地だから、拠点にするにはとても便利。松島を巡る観光船乗り場や国宝瑞巌寺にも歩いて行ける。ひとり温泉では、ぷらぷらしたい時、こうした立ち寄りたい場所が徒歩圏内にあることが重要である。

天候によって、行っても、行かなくてもいい。

ひとり温泉にとって最も重きを置く“気ままさ”が担保される。晴れたら行ってみよう、明日の天候と気分次第。この構えない感じが嬉しい。

※この記事は2024年9月6日に発売された自著『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)から抜粋し転載しています。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界33か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便(毎月第4水曜)に出演中。国や地方自治体の観光政策会議に多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)温泉にまつわる「食」エッセイ『温泉ごはん 旅はおいしい!』の続刊『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)が2024年9月に発売

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