JFA会長の新型コロナ感染で際立ったJリーグの危機管理とガバナンス
3月17日に東京のJFAハウスで、16時30分から予定されていたJリーグ理事会後の会見は、定刻の30分を過ぎても行われないまま中止となった。その時点での中止の理由は「JFAハウス内の関連団体に新型コロナウイルスに感染した関係者がいる疑いがある」というものであった。報道陣は速やかな退出を指示され、その後、JFAの田嶋幸三会長に陽性反応が出たことが報じられた。田嶋会長には、一日も早い回復をお祈りしたい。
予定された村井満Jリーグチェアマンの会見は、21時にWebシステムにて実施されたが、その間に報道関係者が気を揉んだのが「チェアマンは感染していないのだろうか?」というものであった。実は3日前の14日にはJFA理事会があり、Jリーグからは村井チェアマンと原博実副理事長が出席。それぞれJFAの副会長と常務理事を兼任しているためだが、田嶋会長と会議を共にしていたのであれば、感染のリスクを心配するのは当然といえよう。
幸い、こちらのツイートにより、村井チェアマンと原副理事長は、Web会議での出席だったことが判明。安堵すると同時にあらためて、Jリーグの危機管理の鋭敏さを再確認することとなった。ちなみにJリーグでは3月12日の会見から、取材者は「マスクの着用」と「2週間以内の発熱(37.5度以上)」の有無を確認シートに記入し、サーモメーターのチェックを受けることが義務付けられている。こうした対応についても、Jリーグは国内のどのスポーツ競技団体よりも迅速である。
■2月上旬から始まっていたJリーグの新型コロナウイルス対策
実のところ、Jリーグにおける新型コロナウイルス対策は、かなり早い時期から始まっていた。すでに2月7日のJリーグビジネスカンファレンスでは、スタッフ全員がマスクを着用しており、手洗いやアルコール消毒などの対策を徹底させている。メディア受付ではマスクが配布されていたが、この時は「着用は義務ではありません」。とはいえ、正直なところ「随分と大げさだな」と思ったものだ。
中国・武漢への渡航歴のない感染者が、わが国で初めて発見されたのは1月28日のこと。それでも「対岸の火事」という認識が、その頃の日本では一般的であり、外出時にマスクを着用している人も少なかった。それから1週間後、2月14日に行われたJリーグキックオフカンファレンスになって、取材者はマスク着用が必須となる(この時も受付でマスクが配布されていた)。
その後、2月22日から24日にかけてJ1とJ2の開幕戦が開催されたが、24日に行われた日本政府の専門家会議を受けて、25日の11時に翌日開催予定だったルヴァンカップ(グループステージ第2節全7試合)の延期を決定。理事会を通さない、チェアマン独自の判断によるものであった。そして同25日の理事会で、3月15日までのすべてのJリーグの公式試合を延期することも決定(のちに再延期)。直後のメディア発表も迅速だった。
Jリーグの公式戦延期の決定もまた、国内のあらゆるスポーツ興行団体に先駆けたものであった。Jリーグの決断を受けて、中止や延期、あるいは無観客試合を決定した団体も少なくなかったと思われる。さらにJリーグは3月2日、NPB(日本野球機構)と合同で「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立したことを発表。感染症学の専門家3人を交えての会議を8日間に3回行い、そこで得た提言の内容を3回目の会議が行われた12日に公開している。
■盤石なガバナンスを支える厳格なトップの選出方法
こうした鋭敏な危機管理を支えているのが、Jリーグの盤石なガバナンスであり、その一端はトップを決めるプロセスからも見て取れる。今月12日、村井チェアマンの2年の任期延長(再任)が決定したが、その前提となったのが8名で構成される役員候補者選考委員会(委員長は弁護士の野宮拓氏)による理事会への答申。同委員会は、組織コンサルティングファームとして知られるコーン・フェリーからも外部アドバイザリーを起用。候補者の選考は、現職の村井チェアマンを含む執行理事を、完全にシャットアウトして行われた。
選考に至るプロセスについては、私のウェブマガジンでも記事にしているが、その内容をコンパクトにまとめると以下のとおり。
まず、Jリーグの現職の業務執行理事4名に対して、「Jリーグのあるべき姿」「Jリーグの課題」について詳細にインタビュー。続いて、Jリーグのステークホルダー約20名に対しても、同様にインタビューを実施。そこから抽出したものをベースに、次期業務執行理事の役割と責任を選考委員会で議論。さらに、コーン・フェリーによるグローバルなナレッジやノウハウを参照しながら、人材要件を確認した上で50名程度のロングリストを作成。そこから10名程度のショートリストに絞り込んで、さらに議論を重ねた。
この議論の中で特に重視されるのが、選考委員会が次期チェアマンに求める「人材要件」。これについては、以下の4要素が慎重に吟味された。
1)コンピテンシー=経営者として成功するための行動パターン。
2)経験=経営者に必要となる過去の経験。
3)性格特性=適性や人格的特徴。
4)動機=経営する意欲、覚悟、挑戦心、モチベーションの源泉。
これら人材案件を見極めるべく、10名程度のショートリスト該当者にコーン・フェリーが2〜3時間のインタビューを実施。さらにオンライン調査の受講、360度評価やリファレンス評価を経た結果を選考委員会で議論し、ようやく次期チェアマン候補が選定される。結果として「ほぼすべての条件において要件を充足する、あるいは優れていると判定され、他の候補者との間にも大きな差があった」(野宮委員長)として、1月30日に村井氏を次期チェアマン候補として選出。今月12日の社員総会で再任が正式決定した。
■未曾有の危機の中、Jリーグに救いが感じられる理由
以上が、次期チェアマン候補の選出方法である。あらためて痛感するのが、JFA会長選挙との明白なコントラストだ。田嶋会長も、1月25日の臨時評議員会で再選が決まったが、候補者は田嶋氏ただひとり。もちろん、組織の性質やトップに求められる人材案件が異なるのだから、安易にJリーグと比べるべきでないことは承知している。それでも今回のチェアマンと会長の明暗に鑑みて、JリーグとJFAのガバナンスの違いに考えを巡らさずにはいられない。
村井チェアマンの再任については、就任から6年間の実績を見れば当然すぎる結果である。パフォーム(現DAZN)グループとの大型契約を締結することでJリーグの経営課題を克服し、昨シーズンはJ1の平均入場者数2万人突破を達成。一方で組織のあり方を根本から見直し、外部から優秀な人材を多数登用することで、Jリーグのガバナンスを国際水準にまで高めることにも尽力している。
これだけの実績を残した前任者に見劣りせず、なおかつ厳しい人材要件を満たす後継者が、果たして2年後に見つかるのだろうか? そうした懸念が、完全に拭えないのは事実。だが、今となっては「村井さんがチェアマンで良かった」と思えてならないのも事実である。就任間もない14年3月に発生した「JAPANESE ONLY」事件での対応をはじめ、これまでにも村井チェアマンは幾多の困難な局面に、果断かつ迅速に対応してきた。それゆえに今般の未曾有の危機に対しても、われわれは余計な心配をせずに見守ることができている。
感染拡大の終息は見通しが立たず、それゆえスポーツを楽しめる週末がいつ再開されるのか、誰にもわからない状況が続いている。そうした中で救いなのが、村井チェアマンを頂点とするJリーグという組織が、とても頼もしく感じられることだ。今後もさまざまな場面で、難しい判断を迫られることもあるだろう。それでもJリーグが、よりベストな舵切りをするものと期待する。
<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>