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八街市の飲酒運転事故 安全管理放棄の自称「運送会社」でトラック全体に批判の目が

森田富士夫物流ジャーナリスト
飲酒運転はダメ! 営業用トラックはアルコール検知器でチェック(提供:necoji/イメージマート)

 6月28日午後、千葉県八街市で下校途中の小学生の列にトラックが突っ込み、児童2人が死亡、3人が大けがを負う悲惨な事故が起きた。コンビニで購入した酒を昼食時に車内で飲んで運転していたという。「事故」ではなく「事件」と言っても過言ではない。幼い命を奪われた児童にはご冥福をお祈りし、怪我をされた児童には少しでも早い全快を願うばかりだ。

 ここでは今回の飲酒運転事故に関連して、一般の人たちにはあまり知られていないトラック運送業界の安全管理などについて取り上げることにした。実は、事故を起こした運転手が運転していたのは運送会社のトラックではない。白ナンバーすなわち自家用トラックで、国土交通省から事業許可を得て有償(運賃を貰う)で運送をする事業用トラックの緑ナンバーではなかった。だが、一般の人には自家用(白ナンバー)と営業用(緑ナンバー)の違いが分かりづらく、ほとんどの人は区別していないのが実態だ。

 分かりやすい例えは「白タク」である。タクシーは緑色のナンバープレートに白で文字や数字が書かれている。自家用車は白いプレートに緑色で数字などが書いてある。この自家用車で運賃を取って乗客を運ぶと「白タク」で罰せられる。白ナンバーのトラックによる有償行為も同じく違法だ。

自家用トラックと営業用トラックを混同して犯人捜し? 八街市の運送会社には午前3時に無言電話が、業界団体には「善意」の抗議も

 「午前2時半に会社に出社したら3時ごろに無言電話があり、記録された携帯電話の番号にすぐ掛け直したら留守電になっていた」(八街市内の運送会社の社長)。

 飲酒運転で事故を起こし自動車運転死傷処罰法の危険運転致死傷容疑で送検された運転手が勤めていた会社は八街市にある。無言電話があったという運送会社は同じ市内だ。

 無言電話ばかりではない。電話に出ると「『お宅が事故を起こした運送会社か』と言うので『違う』と言うと、会社名を聞いてきたので答えたら『分かった』と電話が切れたこともある」(同社長)。また、「『ニュースで八街の運送会社と言っていたので一瞬ドキっとしたが、お宅のドライバーが飲酒運転するわけないよね』と電話してきた取引先の物流担当者もいる」(同社長)と言う。

 このようにトラック事故と言うと全部、運送会社の車両と勘違いされやすい。そのため、「飲酒運転で事故を起こした会社と同じような目で見られて迷惑している」(千葉県内の運送会社)という声を聞く。また、地元の千葉県トラック協会や、その他の地方のトラック協会にも「酒を飲んで運転するとはけしからん。業界は何をやっているんだ」(複数の地方のトラック協会の職員)と言った抗議の電話が入っている。それらの中には「無言電話もあった」(同)という。

 全日本トラック協会(全ト協)にも一般の人たちから「抗議」の電話があったが、業界内からも「一部では飲酒運転で事故を起こしたのが営業トラックであるかのような報道がされているので抗議すべきだ」と言った声が寄せられている。それを受けて全ト協では、「一部報道機関へ『緑ナンバーに対する偏った報道であり遺憾である』と抗議」した。

事故を起こした会社は「運送会社」を名乗り、親会社も「弊社運送子会社」と表現、さらにマスコミも自家用と営業用を同一視した報道で誤解を拡散

 今回の飲酒運転の事故では営業用と自家用トラックをさらに混同させるような条件がいくつかあった。まず、事故を起こした運転手の勤めていた会社が「南武運送」と言う法人名だったこと。そのうえ、親会社の「南武」の代表取締役社長が出したコメントには「弊社運送子会社の従業員があるまじき飲酒運転で交通事故を起こし…」と書いてある。

 なお、「南武運送」はドライバー募集広告も出していた。事故後に削除した求人サイトもあるが、7月17日9時現在で削除されていない求人サイトをみると、「大型トラック運転手(鉄筋専用)」の募集となっている。親会社の千葉工場から建築用鉄筋加工材を関東近県の建築現場に搬送する作業である。従業員数は8人(常勤7人)。「産業」の欄には「特定貨物自動車運送業」と記されている。

 特定貨物自動車運送事業は、特定の取引先の荷物を有償で運ぶ貨物自動車運送事業で、許可を取得していればトラックは営業用(緑)ナンバーのはずだ。だが、自家用(白)ナンバーで特定貨物自動車運送業を名乗っているので、この会社は「白トラ」営業を自覚した確信犯だったと言える。

 マスコミも「運送会社のドライバーが飲酒運転」と言った報道が多かった。北関東のある県のトラック協会の職員は、事故発生当日の19時過ぎに在京キー局で夜遅く放送している報道番組のスタッフから電話を受けた。「たまたま残業していたので電話に出た。いろいろな質問に答えて、自家用と営業用トラックの違いも説明したが、良く理解できていなかったようだ」(電話を受けた職員)という。

 マスコミ関係者ですら良く理解できていない具体例の1つは、7月14日朝にUPされたある新聞の記者コラムである。八街市で「プロのドライバーによって…」、飲酒運転による事故が通学路で起きたとし、あたかも運送会社のドライバーが起こした事故であるかのような表現になっている。事故発生から16日も経っているにも関わらず、である。

自家用トラック=道路交通法(安全運転管理者)、営業用トラック=道交法+貨物自動車運送事業法(有資格の運行管理者)でアルコール検知器が義務化

 冒頭の八街市の運送事業者は、なぜ午前2時半に出社していたのか。早朝に出発するドライバーの対面点呼のために、有資格者の運行管理者が会社にいたのである。

 運送事業者には道路交通法(道交法)と貨物自動車運送事業法(事業法)が適用される。道交法は警察庁(公安委員会)、事業法は国交省の所管だ。それに対して自家用トラックは道交法だけが適用される。

 運送事業者は事業用自動車の運行の安全確保のため、運行管理者資格者から「運行管理者」を選任しなければならない(29台まで1人以上、30台以上は30台ごとに1人を追加)。なお、貨物軽自動車運送事業者は「運行管理責任者」を置くが運行管理者の資格はいらない。

 一方、自家用トラックでは(自家用バスは別にして)、5台以上(自動二輪車は1台で0.5台換算)の使用者は、内閣府令で定める要件を備えた「安全運転管理者」を選任しなければならない(20台以上の事業所は20台ごとに副安全運転管理者を置く)。また、自動車運転代行事業者は10台以上10台ごとに1人となっている。

 運行管理者(営業用)も安全運転管理者(自家用)も安全管理などのためにすべき様々な業務があるが詳細は省く。ただ、営業用トラックの場合には乗務前点呼、乗務後点呼、中間点呼と厳しく管理や指導、監督をしなければならない。酒気帯びの有無のチェックもあり、営業用トラックではアルコール検知器が義務付けられている。だが、自家用では飲酒の有無の確認はあるがアルコール検知器によるチェックは義務付けられていない。

 マスコミの取材に応じた親会社の担当者は、安全運転管理者を置かず、アルコール検知器による飲酒のチェックもしていなかったと証言していた。そのためニュースを観た人たちには、トラックはみな同じで運送会社の管理は杜撰だという誤解が拡がったようだ。

 先述した八街市の運送会社では、深夜や早朝でも運行管理者が対面点呼をし、アルコール検知器によるチェックもしているが、それだけではなくロボット点呼も併せて実施している。ロボットには1カ月、1週間、前日の拘束時間、労働時間、運転時間、休憩時間、体温や脈拍数その他のデータが蓄積されている。たとえば前日の終業時間から今日の出勤時間まで、定められたインターバルに満たなければ、顔認証で「何時何分以降にならないと出勤できない」と点呼を打ち切ってしまうなど、飲酒だけでなく労働時間や健康管理まで自動的にチェックできるようにしている。

 このように営業用トラックは各社で飲酒運転をなくす取り組みをしている。その結果、2010年から19年の10年間で事業用トラックの飲酒運転件数は137件から96件に減少。飲酒運転による事故件数も34件から28件に減少している(警察庁「交通事故統計」および交通事故総合分析センター「交通統計」)。さらに運送会社各社は飲酒運転ゼロを目指して取り組みを進めている。

 だが、2020年3月末における自動車保有車両数(トラック)は、大型自動車、中型自動車、準中型自動車、普通自動車、トレーラを合わせた営業用が148万2364台に対して自家用は621万1591台と、自家用トラックの台数が圧倒的に多い(自動車検査登録情報協会データより全ト協が独自に作成)。

 トラックによる飲酒運転を無くすには自家用トラックも営業トラック並みに取り組むことが必要だ。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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