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匂いをかぐだけの「触らない痴漢」もアウト!

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文と関係ありません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

■はじめに―「触らない痴漢」は犯罪なのか?―

 電車やバスなどの人込みの中で、狙いをつけた好みの女性の髪や体臭などの匂いをかぐ、「触らない痴漢」が増えているとの記事がありました。

「触らない痴漢」も検挙の対象に! 元鉄道警察隊長の解説に驚きの声

 ふつう「痴漢行為」とは、とくに女性の尻や胸、ふともも等を触ったりする行為が多く、上の記事を見た人からは、「匂いをかぐのは(触ってないので)痴漢じゃないだろ」といった書き込みもあるということです。

 実際はどうなのでしょうか?

 実は、「触らない痴漢」も処罰されることは当然のことであって、これについてはすでに最高裁の判例もあるのです。その判例について紹介したいと思います。

■最高裁平成20年11月10日決定

 まず、【事件の概要】は次のとおりです。

 被告人Xは、正当な理由がないのに、ショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて、女性客Aに対し、その後ろを少なくとも約5分間、40m余りにわたってつけ狙い、背後の約1~3mの距離から、デジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部の辺りまで下げて、細身のズボンを着用したAの臀(でん)部を同カメラで狙い、約11回撮影した。

 このようなXの行為が、北海道の迷惑防止条例第2条の2第1項4号の「卑わいな言動」に該当するとして起訴されました。

 これに対する最高裁の考えは、次のようなものでした。

 北海道の迷惑防止条例における「卑わいな言動」とは、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語または動作のことである。

 被告人の本件撮影行為は、被害者がこれに気付いておらず、また、被害者の着用したズボンの上からなされたものであったとしても、社会通念上、性的道義親念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり、これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ、被害者に不安を覚えさせるものといえるから、「卑わいな言動」に当たる。

■解説

 問題となった北海道迷惑防止条例第2条の2第1項は、次のような規定でした(現在の条例については→ここを参照)。

 何人(なにびと)も、公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し、正当な理由がないのに、著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。

(1) 衣服等の上から、又は直接身体に触れること。

(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。

(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により、衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見、又は撮影すること。

(4) 前3号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。

 迷惑防止条例に違反する痴漢行為としてこれまでに検挙されてきたのは、物理的に身体に触る痴漢の事案、あるいはスカートの中等隠れた部分を撮影する盗撮の事案が多かったと思われます。本件は、被害者の承諾を得ずして行った盗撮行為の一種とはいえるものの、衣服の上からの撮影であることから、上記の(2)に該当せず、(4)の「卑わいな言動」に該当するかどうかが問題になりました。

 まず、「卑わいな言動」とは、一般には、常識的に考えて、見たり聞いたりするに堪えないような下品でみだらな言動といったような意味で理解されています。学説でも、「しゅう恥させ」とは、性的恥じらいを感じさせるという意味であり、「不安を覚えさせる」とは、身体に対する危険を感じさせ、あるいは心理的圧迫を与えることであり、「著しく」とは、これらの行為が通常人の感覚において「ひどい」と思われる程度のものであれば足りると解しています。

 要するに、「卑わいな言動」とは.一般人の性的道義観念に反し、他人に性的しゅう恥心や嫌悪を覚えさせたり、不安を覚えさせるような、いやらしくみだらな言語や動作をいう、というのが一般的な理解です。

 最高裁が「卑わいな言動」について、「社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語または動作のことである」と説明したのは、このような学説の理解と基本的に同一であって、(「卑わい」という言葉があいまいかどうかは別にして)その定義じたいについては特別なものではないといえます。

 ただし、若干の検討すべき点は残ります。

 まず、公共の場所において、スカートの中やシャツの中を見るといった行為とは違って、衣服で隠されていない外の部分を見ることじたいには何も問題はありません。また、無断で写真を撮ることも、(民事の不法行為である肖像権侵害となる場合はともかく)本件の罰則の適用に関しては「見る」ことと質的に同じ行為ではないかと思われます。

 では、最高裁はなぜ本件行為を「卑わいな言動」と判断したのでしょうか?

 実は、本件では、撮影という抽象的な行為が問題にされたのではなく、最高裁は、被告人が被害女性を約5分間、40mあまりにわたって付け狙い、背後の1~3mという近い距離に接近し、約11回にわたって、細身のズボンを着用した被害女性の臀(でん)部を撮影したという、その一連の行為から認められる被告人の執ようさに着目したのでした。

 つまり、狙った対象が、性的な意味合いが認められる臀(でん)部であること、撮影方法が、相当に執ようであったことなどが判断の核にあるように思います。最高裁が、隠されていない部分の撮影であるにもかかわらず、本件撮影行為が「被害者を著しくしゅう恥させ、又は不安を覚えさせるような、卑わいな言動」に当たるとしたのは、このような考慮を踏まえてのものであったと思われます。

■まとめ

 本件は、北海道迷惑防止条例違反が問題になった事件ですが、同様の条例は(細かい表現に違いはあるものの)全国に設けられています。被害者に物理的に接触しない行為であっても「卑わいな言動」(痴漢行為)という判断を受けることを示したという点で、本件決定の判断は、基本的に他の都府県の条例の解釈についても基準となるものと思います。

 では、「匂いをかぐ行為」はどうでしょうか?

 同じ空間にいる限り、他人の匂いが流れてくるのは当然であり、その中には自分の好みの香りもあります。その匂いをかいだりしても、そこには何も問題はないのは当然です。しかし、性的興奮を得るために、特定の女性を付け狙い、近づき、ことさらに「匂いをかぐ」となると、それをも適法行為だというのは無理があります。最高裁の判例からいえば、「卑わいな言動」と判断される可能性は大いにあると思われます。

 なお、迷惑防止条例違反の罪については、個人の被害や被害感情が問題になるのではなく、そのような行為を見た人がどう感じるかといった社会秩序からの判断が問題になりますので、本件被害女性が撮影されるときにはそのことに気づいていなかったという点は、本質的な問題ではありません。

 「触らない痴漢」は大丈夫というのは、いわゆる都市伝説の類いの誤った理解だと思います。(了)

【補足】

迷惑防止条例については、次の拙稿もご参照ください。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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