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賢者のリスクテイク、愚者のリスク管理

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

投資の本質は、事業固有のリスクをとることです。そこには、当然に、付随するリスクがあって、故に、リスク管理が必要なのですが、投資の本質においてとられたリスクは、そのリスク管理の対象でないことは自明です、つまり、投資には、次元の全く異なる二種類のリスクがあるのです。ところが、この二つは、常に混同されてきました。今、改めて二つを峻別するとき、賢者のリスクテイクとしての本来の投資のあり方がみえてきます。

キャッシュフローへの投資

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ある企業の株式や社債に投資をすることは、株式や社債という「紙」を買うのではなくて、その企業の営む事業に投資することです。また、企業に融資することも、同じように、その企業の営む事業に投資することです。そして、事業に投資するということは、その事業が生み出すキャッシュフローに参画することなのです。

もっとも、厳密にいえば、キャッシュフローを生み出すためには、費用もかかるわけですから、入ってくるもの、即ち、キャッシュのインフローと、出ていくもの、即ち、キャッシュのアウトフローの差、即ち、ネットのキャッシュフローが投資の対象となる目的物です。

投資の本質は、一般化していえば、このネット事業キャッシュフローに投資することに帰着します。そして、伝統的には、直接に事業キャッシュフローに投資するのではなくて、企業を経由して、企業経営に事業キャッシュフローの創出を委任することで、投資してきました。故に、投資の主流は、古くから、企業の発行する株式や社債への投資なのです。

しかし、事業の構造が単純であれば、企業のような大掛かりな経営の仕組みは必要ないので、直接に、あるいは、ファンドといわれる共同投資の器を経由して、事業キャッシュフローに投資する手法がとられています。

例えば、不動産に投資することは、賃料収入というキャッシュフローに投資することであり、発電施設に投資することは、売電代金というキャッシュフローに投資することですが、そこでは、キャッシュフローを生む仕組みが単純なので、直接投資、もしくは、ファンド等を通じた投資方法が主に使われています。

投資の本源的リスク

故に、投資のリスクとは、キャッシュフローがなくなる可能性のことになります。実際、テナントがいなくなった不動産で、新たにテナントの入る見込みが確定的に失われたものは、賃料収入がないわけですから、完全に投資価値を喪失します。これぞ、不動産投資における究極のリスクですが、実際には、そうした極端な事態は稀です。

通常、不動産のリスクと考えられていることは、稼働率が低下する、あるいは、賃料が低下することにより、キャッシュフローが少なくなる可能性、つまり、投資収益率が低下する可能性です。ただし、不動産の場合は、費用は相対的に小さく、かつ安定していますから、賃料収入が低下しても、ネットのキャッシュフローがマイナスになる、つまり、究極のリスクが生起する可能性は大きくはないのです。

ところが、例えば、燃料を用いる発電施設ならば、費用が大きく、かつ変動性も大きいうえに、売電価格も変動するので、ネットのキャッシュフローが簡単にマイナスになってしまうリスクがあります。こうした事情があるので、実際に投資対象として構成されている発電施設は、多くの場合、風力や太陽光のように、費用構造が一般の不動産に近いものとなっているのです。

株式投資の意味

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事業活動は、一般に、手元に残るネットのキャッシュフローに比して、キャッシュのインフローもアウトフローも大きいのですから、それぞれにおける変動の結果として、ネットのキャッシュフローがマイナスになることは、少しも珍しくありません。

しかし、いうまでもなく、それは一時的な現象であって、企業として存続する限りは、その期間中の累積において、ネットのキャッシュフローがマイナスになることは想定されていないわけです。逆に、将来に向かって、ネットのキャッシュフローがマイナスになることが予想された段階で、企業としての生命は終わるのであって、そこに、究極のリスクが顕在化するのです。

また、一時的なネットキャッシュフローのマイナスでも、そこで手元流動性が枯渇すれば、事業の継続は不可能となります。故に、ネットキャッシュフローは、究極的には全て分配されるにしても、経営の裁量において、適当な額が内部留保されて蓄積され、一時的なキャッシュフローの逆転に対する備えとして、また、成長戦略における設備投資等のために、使われます。

こうした背景から、企業の営む事業に投資するには、事業が生み出すキャッシュフローの分配を受け取る権利について、優先劣後関係が作られているのです。株式、社債、融資という投資対象の名称は、その優先劣後関係を示すものです。

株式とは、最も劣後した権利として、つまり、内部留保として、上位にある融資と社債等の価値を守るべく、ネットキャッシュフローにかかわるリスクを吸収し、しかし、同時に、事業の成長を支えるものとして、上位の融資と社債等へ利息等が支払われた後の残余を独占することで、事業価値成長の恩恵を受けるものなのです。

成長しなくとも、ネット事業キャッシュフローがある限り、株式には投資価値があります。実際、世界に無数にある非公開企業の多くは、経営と株式所有が一体化したもので、株式は投資対象というよりも、家計と一体化したものとして、成長とは無関係に価値をもちます。

しかし、株式を上場している企業の場合は、そもそもの上場の目的からして、成長を志向しないわけにはいきません。ネット事業キャッシュフローの持続的成長への参画、これこそが株式投資の本質です。そして、その成長にかかわる不確実性こそ、株式投資の本源的リスクテイクの対象です。

価値変動と価格変動

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上場株式には、大きな株価変動が避けられませんが、多くの人は、この株価変動こそ、株式投資の本源的リスクと考えているのでしょう。

しかし、株価変動のリスクは、上場株式に投資する以上、避け得ない付随リスクですが、本質的なリスクではありません。本質的なリスクは、企業のネット事業キャッシュフローの持続的成長にかかわる不確実性です。もちろん、この二つのリスクは、密接に関連したものですが、同時に、明確に異なるものです。

株価は、理論的には、企業のネット事業キャッシュフローの期待値の現在価値です。故に、成長期待の高い企業ほど、株価は高くなるのです。しかし、現在価値とは、遠い先の将来まで見込んだものですから、小さな期待の変化でも、株価に大きく反映してしまいます。

また、日本の株式市場は、今や、全世界の大きな資本市場の動向から直接に影響を受け、そのことにより、個別の企業の状況とは無関係に、勝手な変動を、しかも、大きな振幅をもって、毎日繰り返しています。

従って、企業のネット事業キャッシュフローの実際の現在価値、即ち、理論的な企業価値とは別に、その企業の株価は、大きな独自の変動を示すのです。こうして、本来は、株式投資の本源的リスクは、企業価値変動にかかわるリスクなのですが、上場株式の場合には、そこに、単なる価格変動のリスクが必然的に付随して、大きな攪乱要因になってしまうのです。

リスク管理の意味

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故に、株価変動という付随リスクを制御するものとして、リスク管理が重要になるのです。いわゆる本当のプロといいますか、優れた機関投資家や一流の運用会社では、株式投資の本源的リスクと株価変動のリスクを混同することはありません。

従って、資産配分の工夫により、あるいは、自己資本の厚み等により、株価変動のリスクによる一時的な価格の下落に対する対抗力を備えたうえで、株式投資の本来の目的である企業の事業キャッシュフローの持続的成長に参画していく、つまり、適切に株価変動という付随リスクを管理しながら、正しく賢く、本来の事業キャッシュフローについてのリスクテイクに徹しているのです。

しかし、個人投資家では、また、プロを自認する機関投資家等においてすら、多くの場合、ちょうど逆に、事業キャッシュフローのリスクテイクという本質を見失い、株価変動に一喜一憂するなかで、リスク管理にも十分な顧慮が払われてはいないのです。ですから、資金使途等の都合で、売るべきではないところで売らざるを得なくなり、損をしてしまうのです。

同じことですが、信用取引を使って、資金効率を上げて、より大きな利益を得ようとすることは、しばしば、追加証拠金の負担に耐え得ずして、売るべきではないところで売る結果となり、典型的に、リスク管理の不備により、株式投資本来のリスクテイクに失敗する例を作り出しています。

長期投資の本当の意味

上に述べた問題を、長期投資の必要性というふうに表現する人は、世の中に大勢います。しかし、そこでは、短期的な株価変動を本質的な要素としているからこそ、長期投資の必要性が強調されているとみられ、株式投資の本質が事業キャッシュフローにかかわるリスクテイクであることについては、不明確にされています。

むしろ、問題を時間の要素に解消することで、上場株式固有の付随リスクであるにすぎない株価変動を、さも株式投資の本質的なリスクテイクの対象であるかのように誤認させる弊害を生んでいるようです。実際、上場していないプライベートエクイティでは、市場要因による株価変動という付随リスクはないのです。

本源的リスクテイクの再確認

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株式に限らず、全ての投資対象について、何が本源的リスクテイクの対象で、何が付随リスクであるか、改めて、明確にする必要がありますが、それは、簡単なことのようでいて、実は、難しいことです。しかも、さらに難しいのは、本源的リスクテイクを貫徹するために、付随リスクを管理下に置くことです。優れた投資家や運用会社では、その難しいことが自覚的にできているからこそ、安定的に優れた成果を生んでいるのです。

注意すべきは、投資においては、失敗とは、多くの場合、本源的リスクテイクそのものに起因するのではなく、付随リスクに起因する攪乱により、本源的リスクテイクが貫徹できなかったことに起因することです。例えば、不動産投資において、失敗は、不動産そのものではなくて、過度な財務レバレッジに起因することが多いのは、代表的事例です。

また、本源的リスクテイクの対象と付随リスクを混同することは、表層的なリスク管理の名のもとに、しばしば、本源的リスクテイクを回避するという愚劣な結果を招きます。これでは、投資になりません。

最後に、本源的リスクテイクの対象と付随リスクとは、場合によっては、交替し得ることにも注意が要ります。例えば、社債投資においては、信用リスクを本源的リスクテイクの対象とすれば、金利リスクは付随リスクとしてリスク管理の対象となり、金利リスクが本源的リスクなら、信用リスクは付随リスクというように。このとき、必ず、片方を本源的リスクテイクの対象にしない限り、投資は、一貫性を欠く、曖昧なものとなります。

賢い投資家にとって、常に、本源的リスクテイクの対象は、厳格に、明確に、自覚的に、定義されています。投資家は、賢者として、本源的リスクテイクを貫徹するとき、利益を生み、愚者として、リスク管理を過つとき、損失を生むのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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