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上手な投資はリスクを許容範囲内に抑えることだ

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
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 上手な投資は、自己の財政状況に照らして、また、投資対象の価格変動に対する心理的な耐性に基づいて、許容できる範囲内にリスクを抑えることに帰着します。

投資の不確実性

 投資の理論の基礎にあるのは、投資成果に関する不確実性です。要は、投資成果は結果であって、事前には知り得ないということですが、知り得ないものに投資する人はおらず、誰しも期待収益率を念頭においているわけです。例えば、3年で2倍になるという期待のもとで投資をすると、実際には、3年で2倍になるとは限らずに、2年で5倍になったり、1年で半分になったりします。このように、期待収益率の実現は不確実なのであって、そこに投資の本質があるのです。

不確実性としての投資のリスク

 リスクという英語は完全に日本語として定着していますが、日本語になれば、英語の原義とは微妙に異なる意味をもつわけです。手元の古い岩波の国語辞典をみると、リスクの項に「危険」とあって、「投資にはリスクを伴う」という用例が載っています。なるほど、「投資には危険を伴う」わけですね。ところが、これも手元にある古いポケット・オックスフォード辞典では、損失もしくは悪い帰結となる可能性として、リスクが説明されているのです。

 投資の理論では、リスクは不確実性のことであって、日本語のリスクとは意味が異なるばかりか、英語の日常語のリスクとも異なる意味で使用されています。英語の日常語では、リスクは損失の可能性であって、それが日本語になったとき、危険の意味になったのは自然な展開です。しかし、投資の理論におけるリスクは、損失の可能性を含むと同時に、より多く利益の可能性を含んでいるわけです。

 また、投資対象によって、実際の収益率が期待収益率の周辺に着地するものもあれば、期待収益率から遠く離れたところに落ち着くものもあって、不確実性の大きさは異なりますから、投資の理論では、リスクは、より狭く定義されて、リスクの大きさの尺度の意味でも使われます。この尺度としてのリスクは、投資対象の選択において、重要な指標になるわけです。

収益率とリスクの期待値の形成

 知り得るのは過去の事実だけであって、未来への予測は、どのような技術的技巧を凝らそうが、原理的には、過去の延長もしくは再現という基本構造にならざるを得ません。そこで、一般的には、期待収益率の推計の根拠として、過去の収益率の実績値の平均値が使われ、リスクは、平均値周辺での実績値の散らばり度、即ち、標準偏差として定義されています。

 収益率を計算するとき、日次、週次、月次、年次などの頻度は任意に決め得るわけですが、投資の理論では、普通は、月次で計測された平均収益率と標準偏差を年率に換算しています。しかし、計測期間については、どこまで直近時から遡るのかは任意に決め得るので、計算の仕方によって、全く異なる平均値と標準偏差ができてしまいます。

 そこで、現実的には、収益率の期待値については、過去の平均値が参考値として使われるにしても、未来に向かって主観的に形成されていて、標準偏差は、計測期間を変えても、それほど大きくは変動しないので、リスクの期待値は概ね過去の標準偏差の実績に準拠しているのだと思われます。

理論的要請としてのハイリスク、ハイリターン

 ハイリスク、ハイリターンの意味は、その字義のまま理解すれば、リスクの大きな投資対象ほど、投資収益率が高いということになりますが、過去の事実として立証され得るものではなく、単に、投資の理論的な要請として、ハイリスクならば、ハイリターンでなければならないということです。

 この要請の意味は簡単な例で理解されるはずです。期待収益率が5%でリスクのない投資対象、即ち、確実に5%の収益率を実現する投資対象があるとき、同時に、期待収益率が5%でも、リスクのある投資対象、例えば、収益率が50%の確率で6%となり、50%の確率で4%となる投資対象があれば、誰しも、リスクのないものを選択するはずだということです。

 こうした投資家の選択行動は、リスクのある資産の価格を相対的に下落させ、その期待収益率を高めます。つまり、投資家は、リスクのない資産を選択することで、リスクのある資産に対しては、より高い収益率を期待するわけです。そして、リスクが高くなればなるほど、それに応じて、より高い収益率が期待されるので、理論的には、ハイリスク、ハイリターンになるように、投資対象の価格は形成されるはずなのです。

期待効用仮説

 投資の理論においては、期待効用というものが想定されていて、期待収益率が同じでも、期待効用については、リスクの小さいほうが大きく、故に、期待効用の大きいほう、即ち、リスクの小さいほうが選択されると仮定されているのです。効用は、経済学の専門用語で、岩波の国語辞典では、「財貨が消費者の欲望を満たし得る能力の度合」と説明されていて、「限界効用」という用例が載っています。

 まさに、この限界効用が逓減するという理論が論点なのであって、要は、ビールの2杯目の効用は1杯目の効用よりも小さいのです。この理論のもとでは、期待収益率が5%で、収益率が50%の確率で10%となり、50%の確率で0%となる投資対象があるとき、10%の投資収益率を得たときの効用は、5%の投資収益率を得たときの効用の2倍より小さいので、期待効用は、確実に5%の収益率になるものより、小さいわけです。

 では、限界効用は本当に逓減するのか。実は、経済学が仮定するのは、合理的な人であって、ビールを飲めば飲むほど、ビールを美味しく感じる人は、経済学では、理性を失っている人なのです。投資の理論でも、仮定されているのは合理的に行動する人ですから、期待収益率が同じなら、よりリスクの大きいほうに賭けていく人は、合理的な投資家ではなく、リスクに酔い痴れた不合理な投機家として、排除されているのです。

シャープレシオ

 短期の国債はリスクのない資産とみなされていて、その収益率はリスクフリーレート(risk free rate)と呼ばれています。リスクのある資産の収益率からリスクフリーレートを控除すると、リスクに対応した追加的収益率が得られますから、それをリスクで除すと、リスク単位当たりの収益率が得られ、それをシャープレシオ(Sharpe ratio)と呼びます。シャープは、この指標を提唱したアメリカの学者William F. Sharpeのことです。

 合理的な投資家は、投資効率の最大化を目標とするのならば、理屈上は、絶対的な収益率の高さではなく、シャープレシオの高さを追求することになりますが、現実的には、投資目的との関係において、期待収益率が形成されているはずなので、その期待収益率を実現するために、リスクを最小化させて、シャープレシオを最大化させると想定するのが自然です。

上手な投資の好循環

 巷では、投資はリスクをとることだという人がいますが、リスクを積極的にとるのは投機家であって、合理的な投資家は、期待収益率を実現するために、リスクを消極的に許容するだけです。消極的に許容するだけだからこそ、リスクの最小化に努めるわけで、そこに投資の巧拙があるのであって、上手にリスクをとることに投資の巧拙があるのではありません。

 リスクは許容されるものだという一点に、投資の本質は尽きます。つまり、上手な投資とは、自己の財政状況に照らして、また、投資対象の価格変動に対する心理的な耐性に基づいて、許容できる範囲内にリスクを抑えることなのです。逆にいえば、投資の失敗は、多くの場合、許容限界を超えたリスクをとることに起因しているわけです。

 投資の成功は、財政的にも、心理的にも、リスクの許容度を上昇させ、リスクの許容度が大きくなれば、期待収益率を引き上げることができるわけで、これが成功体験に基づく好循環といわれるものです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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