コーヒー豆の価格を左右するブラジル生産地の大規模な霜害 衛星画像からその被害が見えるか
コーヒー栽培は気象の影響を受けやすく、コーヒー豆の価格は生産地の毎年の収穫量に大きく左右される。2021年7月に、世界最大のコーヒー生産国ブラジルは寒波と霜の被害を受け、来年の収穫が落ち込むことが予想されている。この被害を、衛星画像を使ってリモートで調査することができるか、衛星データ解析企業の助力とともに試みた。
2021年9月1日から、UCCレギュラーコーヒー製品が値上げとなった。UCCの発表では店頭価格は20パーセントほど上昇すると見込まれており、その背景にコーヒー生産国ブラジルの事情がある。2021年、ブラジルは1年おきにくる生産量の少ない「裏作」の年にあたり、もともと生産量が少ない上に、2020年11月以降の降雨不足で生産減少が見込まれていた。
そのブラジルの生産地を、7月にさらなる天候不順が襲った。7月20日、主要生産地である南部のミナスジェライス州などが霜の被害に見舞われたのだ。ロイターの報道によれば、ブラジル食料供給公社(CONAB)は、7月20日の霜害で最大20万ヘクタール、アラビカ種の生産地の11パーセントが被害を受けたと推定しているという。
霜が降りると、コーヒーノキの葉にダメージが及ぶ。葉が茶褐色に枯れてしまい、若い木であれば枯死てしまうこともあるという。コーヒー豆の収量が落ち込み、回復には何年もかかる場合がある。
ブラジルのコーヒー収穫は例年8月ごろまでとされており、7月後半は収穫が終わりに近づいているため、霜害は今年の生産に大きな影響を与えるとは見られていない。むしろ、過去最高だった2020年の収穫に匹敵すると期待されていた、表作の2022年の収量への影響が懸念されている。コーヒー最大の消費国であるアメリカでは、コロナ禍で落ち込んでいた消費がこれから回復すると考えられていたところに生産量低下の懸念が高まり、取引価格の急騰につながった。
被害は衛星から見えるか
コーヒー生産への気象減少の影響を知る最も確かな情報は生産国による統計だが、確定値が出てくるまで時間がかかる。そうした情報のギャップを埋めることができるのが、地球観測衛星による推定だ。衛星は一度に広域の撮像が可能で、大規模なコーヒー生産地の情報を一度に集めることができ、気象以外にもコーヒーの生産に影響する「さび病」など病害の影響推定にも利用されている。
コーヒーの被害を詳細を知りたいと思ってもブラジルにすぐに赴くことは難しいが、衛星画像ならば世界の各地からいながらにして病害の推定も可能だ。今回、衛星データ解析企業の助けを借りて、衛星データを使ってコーヒー霜害を見ることができるかどうか試みた。
まずは、生産地の様子を目で見てみよう。霜害は、葉の色という目に見える部分にも現れるという。産地を画像で見ることによって変化がわかる可能性がある。
欧州が無償で公開している光学地球観測衛星Sentinel-2(センチネル2)の画像を使って、ブラジルのコーヒーの主要な産地であるミナスジェライス州のコーヒー農園を、霜が降りる前の7月始めと霜が降りた後の7月末で確認してみた。また、同じ裏作の年で条件が近い2019年の同時期とも比較している。
2019年と2021年、7月始めのコーヒー産地衛星画像
画像はセンチネル2が撮影した2019年7月1日と2021年6月30日(※1)のブラジルのコーヒー産地のトゥルーカラー画像だ。撮影地域は、ミナスジェライス州の中でも高品質な豆の生産地として知られるカルモ・デ・ミナス地区になる。画像の中央よりやや右上にカルモ・デ・ミナスの市街地があり、周辺にコーヒー農園が点在(※2)している。
※1 衛星の軌道と雲の有無によって、画像の取得できる日に違いがあります。
※2 農園の特定につながる情報は掲載を控えています。
7月始めの時点では、2019年、2021年とも大きな見た目の違いはないように思える。強いて言えば、2021年のほうがやや全体に赤茶色が目立つようにも思える。ただし、カルモ・デ・ミナスの街付近に、何らかの開発中と見られる地面がむき出しの場所があるため、2019年とは画像の印象が異なっているとも考えられる。
2019年と2021年、7月末のコーヒー産地衛星画像
同じくセンチネル2の画像で、2019年7月31日と2021年7月30日のカルモ・デ・ミナス地区のトゥルーカラー画像を比較してみた。霜が降りた2021年の画像は、画面全体が茶褐色で、コーヒー農園のある山間部でも濃い緑色の部分が少ないように見える。見た目の印象ではあるが、コーヒーノキに何らかの霜の影響があったことをうかがわせる結果となった。
衛星データ解析企業「天地人」によるコーヒー産地霜害へのコメント
今回、ブラジルのコーヒー産地への霜害推定にあたり、衛星データから土地の状態を解析・可視化するJAXA スタートアップ企業「天地人」の協力を得た。JAXA技術者と農業IoT分野に知見を持つ開発者が設立した天地人は、水稲の栽培支援に衛星データを活用するなど農業分野での実績を持つ。
今回、報道でコーヒー産地の大きな天候不順の被害を知り、衛星画像を活用して遠隔での被害推定の可能性を確かめることができた。「人工衛星を活用すれば、実際に現地に足を運ばなくても、世界のどこでどんな作物が栽培されているか、またそれらの生育状態等について観測することができます。気候変動の影響を素早く察知するとともに将来を予測しつつ、栽培品種の選定や栽培方法の改善に取り組むことが求められています」(天地人コメント)にもあるように、衛星画像やデータは気象現象や気候変動の影響を知る強力なツールとなりうる。
くつろぐ時間に味わう一杯のコーヒーの背後にある生産地の事情を知ることは、商品作物としてのコーヒー豆価格変動のリスクを知る手がかりだ。それだけでなく、ビジュアルで生産地の苦境を目の当たりにすることで、一杯の価値を再確認すること、生産者への支援を考えることにもつながると考える。
取材協力:株式会社天地人