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世襲が世界の潮流になってきた

木村正人在英国際ジャーナリスト

クリントン対ブッシュ

米大統領選で民主党の本命ヒラリー・クリントン氏が出馬の意向を表明した。ヒラリー氏はビル・クリントン元大統領の妻。共和党の大統領候補選びではジョージ・W・ブッシュ前大統領の弟で元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュ氏が先行、「クリントン対ブッシュ」という因縁の世襲対決になる可能性がある。

ヒラリー・クリントン氏のHP
ヒラリー・クリントン氏のHP

ジェブ・ブッシュ氏が米大統領になれば、ブッシュ家から父ジョージ・H・W・ブッシュ氏、ジョージ・W・ブッシュ氏に次いで3人目。これでは米メディアも、岸信介首相を祖父に、佐藤栄作首相を大叔父に持つ安倍晋三首相を「世襲」と批判できなくなる。

ジェブ・ブッシュ氏のHP
ジェブ・ブッシュ氏のHP

英誌エコノミストが「王朝 ビジネスと政治における不朽の家族力」という記事を掲載している。中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵大統領、フィリピンのベニグノ・アキノ大統領などアジアだけでなく、英国でも650人の下院議員のうち57人が「世襲」だという。

これまで英国に世襲議員はほとんどいないと記事を書いてきただけに非常に驚くとともに自分の不明を恥じるしかない。今やアジアだけでなく、米国も欧州も世襲が大きな流れになってきた。政治の世界だけでなく、ビジネス界でも世襲が大きな力を持ち続けている。

トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、メディアの帝王ルパート・マードック氏率いるニューズ・コーポレーションなどなど、例を上げれば切りがない。

エコノミスト誌によると、世界のビジネスは90%以上が一族経営か一族によって支配されているという。世界的な経営コンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループは、年に10億円以上の収入がある米国企業の33%、フランスやドイツ企業の40%が一族によって牛耳られているとみる。

世襲王国ニッポン

昨年末の衆院選。毎日新聞は「父母(義父母、養父母を含む)または祖父母(義理の祖父母、養子先の祖父母を含む)が国会議員」「3親等以内の親族が国会議員で、同一選挙区から立候補」のいずれかに該当する候補者を世襲として集計した。

それによると、父母などが国会議員だった世襲候補は153人で、候補者全体の13%。世襲候補が最も多かったのは自民党で97人。民主党は26人だった。自民の世襲候補は2005年106人、09年113人、12年92人と推移している。

日本では増えすぎた世襲議員を減らそうとしているのに、米国の大統領選はクリントン家とブッシュ家に支配されている。縁故主義を徹底的に排除してきた英国でも世襲議員が次第に増えている。これは欧米型の民主主義が限界を見せ始めたことを意味している。

企業の場合、存続しようとするなら必ず次世代に事業を承継する必要が出てくる。顧客と社員、企業を幸せにできる最適な人物を後継者に選ばなければならない。日本の場合、創業者一族から第3者が株式を取得するには巨額の資金がかかるため「世襲」になるケースが多い。

世襲のメリットは幼い頃から親の背中を見て育った子供の方が企業と社員の生活を担う覚悟が育まれ、経営のツボを心得るようになる。地位が守られていることで、より長期的な視野で経営に取り組めるということができるかもしれない。

しかし子供が謙虚さを忘れ、傲慢に陥ってしまった場合、創業家出身の経営者が会社から100億円を超える大金を借りだし、カジノにつぎ込んだ大王製紙のようなスキャンダルが起きかねない。

ビジネスの世襲が資産と所得の格差を広げ、その格差を固定化させているとみることもできる。

世襲政治の弊害

日本の世襲議員は1960年代から増え始め、2009年時点で自民党議員の約4割、民主党議員の約2割が世襲。安倍(第1次内閣)、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫と世襲政権が連続して1年の短命に終わったことから、「世襲は打たれ弱い」という批判が強まった。

日本では、有効投票総数の10分の1に達しなければ没収される供託金は300万円(小選挙区)、法定選挙費用が優に2千万円を超えるため、地盤、看板、カバンの三バンを持たない普通の人が政治家を志すには相当なリスクを伴う。

欧米政治でも世襲が大きな潮流になっているのは、知名度がある世襲候補の方が当選しやすいからだ。しかし、世襲は政治を陳腐化させる。英国はいま総選挙の真っ最中だが、投票率が59.4%にとどまった01年の総選挙以降、投票率は70%を割り続けている。そのためメディアを通じてしきりに有権者登録を呼びかけていた。

手垢のついた「クリントン対ブッシュ」の米大統領選にどれだけの集客力があるのだろう。それでなくても欧州での米国の存在感は著しく低下している。世襲が広がれば若くて有能なタレントが政治の世界を目指さなくなり、政治はダイナミズムを失ってしまう。

富と権力は集中させるより分散させた方が社会の幸福度、満足度は増すはずだ。ビジネスの世界では非効率なものは淘汰される。世襲と非世襲の区別はない。世襲が非効率なら非世襲の経営者が選ばれるだけだ。

では政治の世界はどうか。世襲議員が増えることで政治が魅力を失い、投票率が低下し、世襲議員がさらに当選しやすくなるという悪循環に陥っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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