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【全米OP】言葉と数字で振り返る錦織圭vsジョコビッチ戦。錦織が実践した「いつもと違うプレー」とは?

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

第1セット:ジョコビッチの困惑

 もしこのゲームを落としていたら、あるいは全米OP3回戦も、過去数試合のように一方的なスコアになっていたかもしれない。

 第1セット、錦織サービスの第2ゲームで許した2連続ブレークポイント。だがこの窮状で錦織は、長いラリーの中からドロップショットを沈め、ジョコビッチの返球をボレーで決めてみせた。我慢と攻撃的姿勢が、絶妙の割合で融合された創造性あふれるポイント。

 最後は連続サービスウイナーで、錦織がピンチを切り抜ける。

「2ゲーム目をキープされかけて、(ゲームカウント)0-2の完全に悪い展開のスタートになりそうなところを、1―1にできたことで、ようやくちょっとリラックスできて良いプレーができていた(錦織)」

 そのリラックスが、チャンスを生む。次のサービスゲームは、ジョコビッチのダブルフォルトでの幕開け。眉間にいぶかしげな皺を刻むジョコビッチは、いつも以上にミスが目立つ。そのすきを見逃さず、錦織はブレークポイントの局面で、リターンからのネットダッシュでさらなるミスを誘った。

 試合開始から、13分——。

 錦織のブレークで、試合は一気に好ゲームの気配を強く漂わせはじめた。

「彼のプレーは僕を驚かせた(ジョコビッチ)」

 試合後に開口一番、ジョコビッチは言う。

 それは、戦前に「彼のプレーは熟知している」と断言していた錦織のプレーが、想定外だったことを示しているだろう。

「じっくりラリー戦をしてみようというところが、今日は良かったのかな。ミスも誘えましたし、いつものような、先にブレークされて余裕持たれて思いっきりプレーされての展開ではなかったので。なるべくプレッシャーのかかる展開にもっていかなくてはと最初から思っていました(錦織)」

 それが、錦織が戦前に抱いていたプランであり、ジョコビッチを驚かせた要因だろう。

「こういう感じの試合展開もできるんだなと1セット目戦って感じてました(錦織)」

 第1セットは、ブレークバックを許しタイブレークにもつれるが、その序盤で錦織は、15回を重ねる長い打ち合いの末、ジョコビッチのミスを誘った。4-4の局面では、ジョコビッチの甘いボレーをロブで返し、背走する王者の表情を落胆に染める。

 「カモン!」の叫び声と共に拳を握りしめ、錦織が第1セットをその手につかみ取った。

 第1セットに要した時間は、64分。

 5~8本のラリーでのポイント獲得は10対10。

 9本を超えるロングラリーでは、9対3で錦織が圧倒した。

第2セット:ジョコビッチの適応力

 「彼は、僕を居心地の悪い状況においやり、守備的にさせたがっていた。上手くやられていると、最初のセット……第2セットの途中まで感じていた。

 ただ一旦彼のペースをつかめてからは、落ちついた。流れをつかみ、試合をコントロールできはじめた(ジョコビッチ)」

 いつもと異なる錦織のプレーに、困惑を覚えたジョコビッチ。

 だが、ひとたびその意図と戦術を理解すると、徐々に適応しはじめた。

 第2セットの、錦織サーブの第3ゲーム。

 鋭角にリターンを返すジョコビッチは、返球をすかさずフォアでストレートに打ち込み、錦織が返した浮き球をスマッシュで叩き込んだ。

 ブレークポイントでは、ネット際の攻防をジョコビッチが制する。

「彼のアグレッシブさが増した時に止められなかった(錦織)」

 このゲームをブレークしたジョコビッチが、そのまま第2セットを奪い返した。

 第2セットは、51分。

 5~8本のラリーのポイント獲得は9対9。

 9本以上では、6対3でジョコビッチが逆転した。

第3セット:錦織の葛藤と、驚異の集中力

 「早い展開でどんどん打っていきたいのが、やっぱり自分のテニス。早く打ちたい、早く打ってしまってミスするのが2セット目くらいから出始めたので、そこの自分の気持ちを抑えながらプレーしていました(錦織)」

 揺れる天秤の針を、我慢の側に制御しながら迎えた第3セット。だが、第2セットの勢いを継続するジョコビッチが、このセットも先にブレークする。

 それでも、目の前のポイントに集中する錦織の心には、一部のゆるみもない。

 ゲームカウント4-2で迎えた、ジョコビッチのサービスゲーム。40―0とリードされながらも、相手コートに落ちるコードボールが流れを変える起点となる。

錦織のダウンザラインへのフォアの強打、さらには会心のパッシングショットが、ジョコビッチの迷いを再び誘った。

 ブレークポイントでのジョコビッチは、15本のラリーの末に、錦織のスライスを無理に強打しミスをおかす。

 錦織が、ブレークバック。試合の潮流が、変わろうとしていた。

 だが続くゲームで、錦織は攻めてミスを重ね、そしてブレークを許す。

 もしこのゲームを取れていれば……そのような落胆や悔いは、錦織になかったのか?

「ちょっとびっくりするくらい、あまり覚えていなくて。若干放心状態なので、内容が思い出せないんです(錦織)」

 驚いたことに、彼は、この時の展開を覚えていなかった。つまりはこの時点での錦織は、大きく落胆することも、落としたゲームを引きずることもなかったということだ。

 ジョコビッチが第3セットを奪うも、錦織の集中力は途切れぬまま試合は続く。

 セット所要時間は54分。

 5~8本のラリーではジョコビッチが9対7でリード。

 9本以上は4対4の五分。

 短いラリーでのポイントが、試合全体で増え始めていた。

第4セット:王者の王者たるゆえん

 結果から言えば第4セットは、ジョコビッチが2度のブレークを奪い、このセットを……すなわち、勝利を手中に収める。

 終盤に向け精度を高めるジョコビッチのサーブの前に、錦織はブレークへの足掛かりをつかめなかった。

 「サーブの差が、今日は特に出たのかな。ストロークでも最後の方は、バックのダウンザラインを細いところに決められました(錦織)」

 それでも錦織が最後まで試合を諦めていなかったことは、最終ゲームで4度のデュースを繰り返す姿に表れていた。

 第4セットに要した時間は、43分。

 5~8本のラリーは4対2,9本以上では5対0と、ジョコビッチが最後は長いラリーでも優位に立った。

 「まだ力の差は見せられましたが、ここ何回かの対戦では一番良かったですね。以前にローマとマドリッドで対戦した時くらいの、惜しいような試合ができたのかなと思います」

「次やるときは、怖さが減るかなと。最近の戦いで何もできず簡単に負けるのが続いていたので、それの克服は若干できたのかなと思います(錦織)」

 試合後の錦織は、敗戦の事実を過不足なく受け止めた上で、通算20度目の対戦に未来への希望を見いだしていた。

 ジョコビッチが6-7,6-3,6-3,6-2で勝利した試合の総時間は、3時間32分。

 これは今季のジョコビッチがグランドスラムで戦った試合の中で、全仏オープン準決勝のナダル戦、そして同大会決勝のチチパス戦でのフルセットマッチに次ぐ、3番目に長い試合である。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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