Yahoo!ニュース

「もしあの子が男の子だったら……」。加藤未唯が失格後にスーパーバイザーたちに言われた言葉

内田暁フリーランスライター
混合ダブルス準決勝で女子ダブルスパートナのスチアディと対戦。試合後に抱擁を交わす(写真:REX/アフロ)

「もしあの子が男の子だったら、きっと失格にはならなかっただろうね」——。

あの日、オフィスに呼ばれた加藤未唯は、スーパーバイザーとレフェリーの二人に、そう言われたという。

先の全仏オープン、女子ダブルス3回戦。ポイント間に相手コートに返した球が、ボールガールにノーバウンドで当たったため失格に処された、その5時間ほど後のことである。

「試合の後は2時間ほど、一人でロッカールームにこもっていた」と加藤は明かす。

ソーシャルメディアは見なかった。多くの友人やテニス関係者たちから「悪くないよ」「みんな支援している」というメッセージが届いても、「自分のせいで、パートナーまで失格になってしまった」という自責の念を払拭はできなかった。

報道陣からは加藤への会見要請があったが、「今日は会見をやらなくて良いよ」と加藤に進言したのは、大会のメンタルヘルス担当者。ただその日のうちに、パートナーのアルディラ・スチアディと共に、スーパーバイザー及びレフェリーとの面会はしなくてはいけなかった。

スーパーバイザーとレフェリーは、失格の判断を下した責任者たちである。

試合中に件のシーンが起き、スーパーバイザーとレフェリーがコートに呼ばれた時、加藤たちは二人に「動画を見て欲しい」と訴えた。だがその時に返ってきた言葉は、「見ることはできない」。

「ボールキッズにボールを渡すために打った。そんなに強くは当たっていない」と説明したが、結局はそのまま、失格の判断が下された。

果たして、試合から5時間ほど経ったこの時――。

スーパーバイザーとレフェリーから伝えられた言葉は、「あんまり見ていないけれど、アンラッキーだったね」。

そうして言われたのが、冒頭に記した「もしあの子が男の子だったら……」の文言である。

「ボールが当たったのが、彼女の腕や足ならセーフだったろう。ただ女の子は15分も泣いていた。我々はそれに関し、なんらかの処罰を与えなくてはいけない」。

それが一貫した、先方の主張だったという。

なおその時点で、ランキングポイントと賞金の没収に加え、罰金を課されることも伝えられた。

このスーパーバイザー及びレフェリーとの接見の直後、加藤はグランドスラム評議会宛てに、「動画を見た上で精査して欲しい」との旨の意見書を出したが、大会終了の数日後に棄却の返事を受けた。

後日、正式に言い渡された罰金の額は、7,500 USドル(約100万円)である。

「罰金は、あのボールガールの子や、ボールキッズたちのために使われたら良いんですが……」

それが加藤の、今のせめてもの願いだ。

ウィンブルドンに向け、前哨戦に出場し練習とトレーニングに打ち込む加藤未唯(著者撮影)
ウィンブルドンに向け、前哨戦に出場し練習とトレーニングに打ち込む加藤未唯(著者撮影)

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事