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あの時、何が起きたのか――。加藤未唯のパートナー、スチアディが明かす、失格が言い渡されるまで

内田暁フリーランスライター
写真向かって左がアルディラ・スチアディ。右が加藤未唯(著者撮影)

混合ダブルス3回戦を戦う“パートナー”の姿を、彼女は、客席最上段に設置されたスコアボードの近くに立ち、見守るように観戦していた。

アルディラ・スチアディ。

現在パリで開催中のテニス全仏オープンにて、加藤未唯とダブルスを組んだ“パートナー”である。

二人は抜群のコンビネーションを発揮し、初戦、そして2回戦ともに快勝。だが3回戦で、今や世界的なニュースになった、あの“事件”が起きた。

第1セットを失うも、第2セットは3-1とリードし迎えた、第5ゲーム。ポイント間で、加藤がコーナーに立つボールガールに“ボールを供給するため”に逆回転をかけて打った球が、首の付け根付近に当たったのである。自身の側にいた選手たちに集中していた少女は、向かってくるボールに気付いていなかったようだった。

テニスの試合では、選手がボールパーソンに返球を行なうのは良くあること。見事ダイレクトキャッチした少年・少女が観客の喝さいを浴びるのも、グランドスラムなどでは時折見かける光景だ。

だがこの時、ボールを打った加藤に最終的に下されたのは、“危険球による失格”。それはパートナーのスチアディにとっても、突如戦いの舞台を奪われることを意味した。

それから、1日後――。最も近くで事の顛末を見ていた彼女に、あの時、何が起きたかを伺った。

「ボールガールが泣いているから」の一点張りだった理由説明

「本当に、昨日の出来事を気の毒に思います……」

そう声を掛けるこちらに、彼女は微かに無念の滲む笑みで、「大丈夫よ」と応じてくれた。

インドネシアに生まれ、幼少期に兄たちと共にテニスを始め、テニスの奨学生としてアメリカの大学に進学。NCAAでの活躍を経てプロ転向した28歳は、流暢な英語で彼女自身が見聞したことを語り始めた。

二人は今年3月のBNPパリバオープンでベスト4進出。この1年ペアを組み多くの戦果をあげてきた(著者撮影)
二人は今年3月のBNPパリバオープンでベスト4進出。この1年ペアを組み多くの戦果をあげてきた(著者撮影)

「ボールがボールガールに当たった後、最初に主審は、警告をミユに与えました。

その後、コートに最初にやってきたシャツの男性……ワイニーは“スーパーバイザー”だと私は理解しています。彼はオーストラリア人で、私も良く知っている人です。その後に、メイン・スーパーバイザーだと思うのですが、スーパーバイザーを統括する人が来ました。その人が言わば、最大の決定権を持つ人です」

ここで、“主審(審判)”と“スーパーバイザー(レフェリー)”についての説明が必要だろう。テニスにおいて、この二つは異なる役職であり、それぞれ固有のライセンスが必要とされる。

主審は、線審も含む審判員の最高位に立ち、ルールに則り試合を裁く役職だ。

一方レフェリーは、コート外の出来事や、天候等も含めた試合全体の進行を管理するポスト。選手が審判の判定を不服としたり、揉め事が起きた時に仲裁に入り最終判決を下すのは、レフェリーやスーパーバイザーの裁量である。(同じ肩書きでも、誰が最終決定権を持つのかは大会の運営母体等によっても変わってくる。)

試合の話に戻ると、主審は加藤の打球がボールガールに当たったのを見て、一度は警告を出した。ただ直後、対戦相手の二人が「あれは失格だ」「ボールガールは血が出ている」と訴え、説得にも引き下がらなかった。この時点でスーパーバイザーを呼ぶのは、主審としては致し方ない判断だったろう。

※なお、最初にコートに呼ばれた「ワイニー」はスーパーバイザー。次に現れた人物は「レフェリー」の肩書き。

以下、再びスチアディの証言。

「ワイニー(スーパーバイザー)はボールガールとは話していません。基本、ボールガール、主審、そして私たちと話したのは、レミー……最後に来たスーツの男性です。

彼は私たちに”失格だ“と告げたので、私たちは、なぜと聞きました。その問いに対して彼は、ボールガールが泣いているからだ、と言ったんです。彼が言うには、彼が呼ばれてオフィスを離れてからコートに着くまで、5分は掛かった。なのに彼女は、まだコート上で泣いている。だから彼は、女の子に強い打球が当たり、どこか痛めたと思ったようです。

でも現実は、そうではありません。彼女が泣いている理由は、痛みではないように見えました。たぶん衆人環視の中で、恥ずかしいと感じたのかもしれません。もちろんショックを受けただろうし、自分が良い仕事を出来なかったことを心配している、そのために怖がっているようにも見えました。

でも彼は、『もう決まったことだから』としか言いませんでした」

コートに現れたレフェリーは、まずは状況を把握すべく主審に話を聞いた。その後、ボールガール、そして最後に加藤たちと会話を交わしたように見えたが、実際にはこの時点で、既に彼の心は決まっていたようだ。

「納得できない私たちは、彼に『判決を下す前に、ビデオを見て何があったか確認して』と言ったのですが、彼は『ノー。それは出来ない』としか言わず、理由を説明してくれませんでした。彼はボールガールと話し、そして私たちに『意図は関係ない。君が打ったボールが当たった子は、まだ泣いている。泣き止むことが出来ない。それは君の打ったボールが当たったからだ』と。それでお終いです。

怒って打ったボールでもないし、強い打球でもない。彼女を狙った訳でもないと言っても、『ニューヨークでジョコビッチに起きたことと一緒だ』と言ったんです。でも、同じではないですよ!」

ここで引き合いに出された「ニューヨーク」の出来事とは、3年前の全米オープン。ノバク・ジョコビッチがポイント間に打ったボールが線審に当たり、その場で失格を言い渡された件だ。

確かにこの時のジョコビッチも、線審を狙った訳ではなかった。ただ彼は、苛立ってボールを後方(フェンス)に向けて打ったのであり、やはり今回の一件とは状況が大きく異なるように思える。

なお前述した通り、対戦相手の一人であるサラ・ソリベストルモは「女の子は血が出てる」と主審に主張した。とはいえ動画を見る限りでも、出血があった気配はない。そのことに対する説明はあったのだろうか?

「なぜ彼が、少女がケガをしたと思ったかはわかりません。診察もありません。彼女がずっと泣いているから……それだけです。それで私たちは終了です」

これはあまりにフェアではない――そう言い彼女は、目を伏せる。

唯一の明るい材料は、選手仲間をはじめ多くの関係者やファンたちが、彼女たちの支援を次々に表明してくれたことだ。

「昨日から、途切れることなく多くのメッセージが選手仲間から届いています。今日会場に来てからも、会う人たちみんなが『あれは酷い』と言っていました。私のミックスダブルスのパートナーも、『男子のロッカールームでも話題になっており、誰もがあの判定には反対している』と言ってくれました」

なお、加藤は今大会で獲得した全ての賞金とランキングポイントをはく奪されたが、スチアディは、2回戦勝利時点での賞金とポイントを保持できたという。

そのことには、彼女以上に周囲の人たちが安堵したようだ。ただ当の本人は、眉間にしわを刻みこぼす。

「正直言うと、同じ賞金とポイントはミユも手にすべきものなのにと感じています。こんなペナルティが与えられるべきではない。だってあれは誤った判断であり、彼らの酷い判断の帰結がすべてミユに行くなんてフェアじゃないもの」

果たして加藤は、一連の判定プロセス等の見直しを求め、グランドスラム評議会に抗議書を提出。

「もちろん私はサポートするし、他にも多くの選手たちもサポートすると言ってくれています」

そう言いスチアディは、幾分表情を明るくした。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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