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引退表明の全日本選手権でベスト4! 最後の花道を竜馬が行く

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

 テニスの日本チャンピオンを決める「三菱電機ビルソリューションズ 全日本テニス選手権99th」(10月4日~13日/東京・有明/ハードコート)は10日、男子シングルス準々決勝が行なわれた。

 今大会限りの引退を表明している元世界ランキング60位の伊藤竜馬(36歳)は、第2シードの松田龍樹(23歳)に6-4,6-3で勝利。ベスト4へと力強く歩みを進めている。

 豪快にスマッシュを叩き込むと、夜空に咆哮をあげ、コートに大の字に倒れた。

“ドラゴンショット”の異名を取った、豪快なフォアハンドが幾度も火を噴いた快勝。本人も「こんなにフォアハンドの感覚が良いのは、2018年や2019年頃以来」と、自身のプレーに目を丸くする。

「本当に引退するんですか?」の声には、おどけた声で「撤回しちゃう!?」と返して破顔した。

 人の良さが溢れるその笑顔は、36歳を迎えた今も、どこか初々しくもある。若い頃から今も変わらず、選手仲間たちからも慕われる、いわゆる“愛されキャラ”。今大会でも会場には、新旧多くの盟友たちが彼の試合を見に足を運んでいた。

 3回戦では、昨年引退した土居美咲さんが伊藤のプレーに大きな拍手を送った。準々決勝では、一昨年に引退した奈良くるみさんが観戦。ケガのため一旦帰国した西岡良仁も、兄たちと共に、観客席から大きな声援を送っていた。その声と姿を、伊藤も早々に見定めていたのだろう。ポイントを取るごとに、西岡たちに向けて拳を振りあげ視線を送る。

「陣営じゃなくて、僕らにで良いのかなってちょっと思ったけれど、チーム三重ですからね」

同郷の後輩は、伊藤の勝利に、心から湧き上がるような笑みをこぼした。

 それら戦友たちも見守る前で、若々しいプレーを披露した伊藤だが、そこにはベテランの妙味も加わる。若い頃は、勝利を追い求め、自分を追い詰めすぎるためか、試合後の疲労度も大きかった。それが今大会では、前日に3時間近くの死闘を演じたにも関わらず、「初戦からタフマッチだったので身体もボロボロになるかと思ったら、意外と筋肉痛も無くて」と、また無邪気な笑みを広げた。

「今大会は、伸び伸びやれている。緊張度合いで、こういう違いが出るのも感じています」

 キャリアのラストステージで知ったこの感覚も、コーチとしての次のキャリアに、確実に生きることだろう。

 今大会と、そこに挑むまでの日々を「充実しています」と明瞭に断言する。

「この大会で……あと数日で終わりだなというのも噛みしめながら、練習したりアップしたり。寂しさもあるのかなと思っていたけれど、でも試合をしていると、どちらかというと楽しいし、充実した感じの方が大きいです」

 今この瞬間の自身の心身の声を、そして周囲の声を全身で味わいながら、最後の花道を一歩一歩踏みしめていく。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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