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私見:実験国家としての「ブータン」の可能性

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
ブータンは山岳国家だ。(写真:ロイター/アフロ)

ブータンは多くの制約や問題がある国だ。

国土は日本の九州ほどの広さに過ぎない。人口は70万人程度。これは日本では政令指定都市(政令で指定する法定人口50万以上の市)程度に過ぎない。また国土全体が、高い山また山からなる地形(注1)からなる。

最近はブータンの奥地でも、かなり道がつくられてきているようではあるが、それでも途中から砂利や土埃の道を何時間も通らないと、現地に到着できない。しかも、その道は、山肌を切り開いたもので、柵もなく、一つ間違えれば谷底に落ちてしまうような道で、雨季には通行不能となる。また筆者が訪れた時は、倒壊した大木が道を塞ぎ、通行不能状態。地元民の積極的で臨機応変な復旧活動で、数時間後に通行がやっと可能となった。自然の中にあるブータンでは、このようなことは日常茶飯事だろう。

倒壊した大木が道を塞ぐ
倒壊した大木が道を塞ぐ

ブータンの主要産業は農業だが、国土のほとんどが山岳地区にあり、耕作地は国土全体からすると非常に限られている。

上記のこととも関係するが、国土全体が山が連なる山岳の中にあるので、住む人々は、先述したように道路ができ、携帯やスマホで繋がってきているが、ある意味では空間的にかつ地形的・地理的に分断され、その緊密な繋がりをつくるのに大きな制約がある(注2)。

山に囲まれた耕作地
山に囲まれた耕作地

ブータンは、このような状態の中、教育に力を入れており、全国民が無料で教育が受かられるようになっている。国民の識字率は高く、高学歴化してきている。他方、若者、特に都市部の高学歴の若者は失業率が高く、彼らを活かせる仕事が十分にはない。またそのこととも絡んで、若者のアルコール中毒やドラッグ問題なども深刻だと聞く。要は、人材が社会的に十分に活かせていないのだ。

このようにブータンが抱える制約や問題を考えるとキリがない。どうやってこの国をサスティナブルに発展させていけるのかと頭を抱えてしまいそうだ。

だが本当にそうだろうか?

よくよく考えてみると、例えば、ブータンは多くの山が連なる山岳国であるので、国土自体は狭く日本の九州程度でも、実は表面積は実はかなり広いと考えることができる。そのことは、海は国家にとって以前はあまり意味がなかったのだが、国連海洋法条約によって領海の外側にある沿岸から200海里以内の水域が沿岸国に天然資源の開発・管理などにの主権的権利や海洋汚染規制などの権限が排他的経済水域(Exclusive Economic Zone; 略称EEZ)として認められるようになると資源などの宝を生み出すものとなったように、新しい価値を持つようになるかもしれないのである。

またブータンは山岳国で、各町村が山や谷で隔絶され、国全体や国民同士の活力を生み出しにくい環境にある。これは従来であれば、弱点であり、制約であった。ところが、現在のテクノロジー、特にIT、スマートホン(スマホ)やスカイプ・TV会議システム、遠隔地のロボット型のコミュニケーションツール(注3)やVRなどを活用すれば、どこにいてもリンクされ、都市部に出なくとも、たとえ隔絶場所にいても仕事ができるのだ。逆にブータンこそ、それらのテクノロジーなどを活用したリモートワークの可能性を探り、実験する場になれるのだ。高学歴の若者も、農村に居ながら、専門性高いプロの仕事や活動ができる可能性が生まれる、あるいはその可能性を探ることができるのだ。

ブータンには国際空港は同国の西部にあるパロ空港の一つしかない。東部にも建設する計画があったという話だが、筆者の現地の経験からすると困難を感じるし、たとえそこに空港をつくっても、そこから各県町村に行くには、現時点では陸路しかない。しかし、陸路にしても、道路は現状では上述のとおりである。また、各地で道路整備が行われているが、山を崩し、その整備から生まれる土砂は道路状況から現地で捨てる形で行われている。それは、山肌を傷つけ、自然的な景観を破壊し、道路自体の危険性も増大させている状態を生んでいる。時が経てば、それらの問題の一部は自然に解決するだろうというようにも考えられるが、ブータンの地形を考慮すれば、今後無限に道路をつくり続ければ(地形的にはそれにも限界があると考えられる)、国土の現状の良さや生態系も大きく変貌させてしまうだろう。そのことは、同国が掲げるGNH(国民総幸福量)(注4)にも反する。

山岳の中の道路
山岳の中の道路
道路建設の様子
道路建設の様子

そこで、最近日本などでも注目されている無人飛行機「ドローン」を活用して、各町村を結ぶ流通網や交通網を確立する実験ができないだろうか。ブータンでは、近隣町村に行くにも、現在のように道路を使うと、たとえ直線距離は近くとも、道路状況が悪い上に、高低さや道のうねりなどから、高速運転は絶望的であり、多くの時間がかかるのが現状だ。このような環境では、正にドローンは、モノの流通や運送において大きな変化を生みことができるだろう。またドローンは将来ヒトも運ぶことが可能になると予想されているので、ブータンではドローンが人の移動でも大活躍しそうだ。このようにドローンの可能性を、ブータンで実験し、探り、そこから生まれる知見や新たなテクノロジーを世界に発信できるようになるのではないだろうか。

ドローンの可能性
ドローンの可能性

そして、ブータンの多くは山岳地。多くの農村地も平地というよりも、山肌にそって形成され、田畑も段々畑などが工夫されている状態だ(注5)。そのような環境の中、水やモノを人力で運んでいる(注6)。現地の人々は頑強な身体能力を持っているのかもしれないが、年齢の高齢化や身体的に制約をもった場合、仕事や活動に制限も出るだろう。そこで、そのような農村地区を活かして、現地での電動アシスト装置や人間の代替やサポートができるロボットの開発や試行などをしてはどうだろうか。

さらに、ブータンでは農地や農業における制約が多いので、より効率よく農業を行い、より高い生産性が必要である。またブータンでは有機農業を指向している(注6)。この点でも、ITやIoTなどを活用していくべきだろう。そのために、ブータンのように制約の多い地域でも有機農業が有効に機能できるようにするために、ITやIoTをどのよう活用し、どのような可能性を見いだせるかを試行、実験するのである。そうすれば、農業等の産業に革命的な変革を生み出せるかもしれないのである。

このように考えると、ブータンは、多くの制約や困難があることが、テクノロジーの潜在的な可能性を探る実験場としての絶好の地域になれると考えられる。また、ブータンをこのような実験国家・地域にすることで、現時点では必ずしも国内で十分に活かされていないが優秀でやる気のある同国の若者に仕事や希望を与えられることにもなるだろう。それどころから、世界中から優秀で才能に恵まれ、起業家精神やイノベーティブな人材が、ブータンに参集してくる可能性もある。ブータンの若い世代は、英語にも堪能であり、その点でも、ブータンが国内外の人材を活かす場所になる可能性は高い。

本記事は、筆者の一つの思い付き過ぎない。またブータンが実際にこのような「実験国家」「イノベーティブ国家」「未来ビジョン国家」になるには、多くの資金が必要なので、資金などの問題もあろう。

だが、制約があるからこそ、ブータンにはその可能性とチャンスがあるのではないかと思えてならない。

(注1) 筆者が訪れた「タシガン県」は、ブータンではそれほど高い切り立った山がある地区ではないそうだが、それでも2000m級の山々の中にあった。

(注2) それでも、これまでは人々が徒歩で山を越え、谷を越えて、村や村・町が結ばれ、物資の交換や移動がなされてきたそうだ。

(注3) 例えば、オリィ研究所の分身ロボットなど。

(注4) 「GrossNationalHappinessの略。先代ブータン国王が1976年、国民総生産(GNP)よりも大切な国家理念として提唱。経済成長も重要だが、それは自然環境や伝統文化、家族や友人、地域の連携との調和がとれたものでなければならないとする考え方。(1)持続可能かつ公平な社会経済開発(2)自然環境の保護(3)伝統文化の保護と振興(4)良き統治、の四つの柱で国を運営する。」(出典:朝日新聞掲載「キーワード」)

(注5) この段々畑の存在は、日本からの援助などに関係があるそうだ。

(注6) 筆者がチモンという村を訪れた際には、筆者らのスーツケースなどは男女の村民が背負って運んでくれた。それを素晴らしいことであるが、危険性などがないとは言えないとも感じた。

(注7) ブータンでは、全政権が「Bhutan: Organic by 2020」構想をぶち上げ、農業のすべてを2020年までに有機にすると宣言したが、現政権ではこの方向性を積極的な進めていないという。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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