『新世紀エヴァンゲリオン』のヤシマ作戦では、日本中の電力が使われたけど、電気代はどのくらい?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
『新世紀エヴァンゲリオン』といえば、ぜひ一度考えてみたいのが「ヤシマ作戦」である。
これが描かれたのは、テレビシリーズの第6話。第3新東京市に出現した第5使徒ラミエルを倒すために展開された作戦で、これに必要なエネルギー1億8千万kWは、なんと日本全土を停電にして集められた!
壮大な作戦である。そこまでしなければならないほどの危機的状況でもあった。
しかし、日本中から電気を集めてくれば、使徒を倒せるのだろうか? そして、それにかかる電気代はどれほどなのだろう?
◆ヤシマ作戦概要
「ヤシマ作戦」というネーミングは『平家物語』から来ているのだろう。
源氏と平家の「屋島の合戦」において、平家側から「小舟の先端に立てた扇を、弓で射抜いてみよ」との挑発を受けた源義経は、家来の那須与一に射落とせと命じる。波の激しいなか、与一は見事この的を射抜き、敵味方双方から喝采を浴びた……というものだ。
そして『エヴァ』のヤシマ作戦における「的」こそが、ラミエルだった。
この第5使徒は厄介なヤツで、外敵が近づくと、自動的に加粒子砲で狙い撃つシステムが搭載されている。その威力は、エヴァンゲリオン初号機の第3装甲板までを溶かすほどすごい。
一方で、強力なバリア「ATフィールド」で防御しており、エヴァ専用の陽電子砲(円環加速式試作20型)ではこれを破ることができない。
そんな攻守ともに完璧なラミエルは、ネルフ本部の上空に移動すると、円筒形の巨大な掘削シールド(直径が17.5mもある!)を伸ばして、地面をガンガン掘り始めた。
ネルフの本部は地下深くにあるが、穿孔の速度から計算すると、明日の午前0時06分54秒に本部まで到達するという。そこからシールドで攻撃されたら、本部は壊滅だ。残された時間は、あと10時間足らず……!
この絶望的な状況下、ネルフの作戦担当・葛城ミサトが立案したのが「超長距離からの高エネルギー収束体による一点突破」だった。
つまり、ラミエルのレンジより遠くから、ATフィールドも突破するような強力なビームを撃つ、というもの。まさに現代(『エヴァ』の舞台は2015年)の屋島=ヤシマ作戦だ。
ミサトはこの作戦のために、戦略自衛隊つくば技術研究本部から試作品の自走陽電子砲を強引に借り受けて「エヴァ専用改造陽電子砲(ポジトロンスナイパーライフル)」に改造した。
そして、これを撃つために必要なエネルギー1億8千万kWを、日本全土を停電にして集めたのである。葛城ミサト29歳、私生活はダメダメだが、恐るべき発想と実行力の持ち主だ。
◆「ポジトロン」とは何か?
この作戦で用いられた「ポジトロンスナイパーライフル」とは、どのようなものか。
劇中、「加速器」という言葉が何度も出てくるが、これは電子や陽子など電気を帯びた粒子を光速近くまで加速して衝突させる装置。さまざまなマンガやアニメで兵器に応用され、「荷電粒子砲」などと呼ばれている。実現すれば、そのスピードゆえに、絶大な破壊力になるだろう。
そして、ポジトロンとは、陽電子のことである。
もしポジトロンスナイパーライフルが「陽電子の荷電粒子砲」だとすると、威力は電子や陽子を加速させた場合の比ではない。陽電子と電子がぶつかると、質量のすべてがエネルギーに変わる「対(つい)消滅」が起こるからだ。
対消滅のエネルギーはものすごくて、たとえば1gの陽電子が同じ質量の電子と対消滅すると、180兆J(ジュール)のエネルギーが放たれる。
これはTNT爆薬なら4万5千t分! 陽電子ビームとは、それほどすごいのだ。
◆1発目は外れた!
前述のとおり、この作戦のために、全国から1億8千万kWが集められた。
2021年のデータでは、全国の発電所がフル稼働すれば2億7千万kWが発電できるが、実際に発電しているのは1億2千万kWほどだ。1億8千万kWとは、その1.5倍。
ポジトロンスナイパーライフルを撃つのに、こんなに大量の電力が必要なのは、おそらく陽電子を作ったうえで、加速させる必要があるからだろう。
前述したように、1gの陽電子が1gの電子と出合うと、対消滅して180兆Jのエネルギーが発生する。逆に、1gの陽電子を作るには180兆Jのエネルギーが必要で、同時に1gの電子も発生するということだ。
停電は午後11時30分から始まり、作戦は午前0時に開始された。
そして、0時0分44秒「全加速器、運転開始!」、1分19秒「全エネルギー、ポジトロンライフルへ!」の声がかかり、1分29秒、ついに発射される。が、なんと外れてしまった!
エヴァの出撃前に、赤木リツコ博士は「陽電子は、地球の重力、磁場、自転などの影響によって、直進しません」と言っていた。
この場合、なかでも大きいのは、磁場の影響だ。プラスの電気を持つ陽電子は、北半球では、左へ左へと曲がってしまうので、射手のエヴァ初号機に乗った碇シンジは、ラミエルの右を狙って撃つ必要がある。
劇中のシンジは、コンピュータの指示に従って正確に撃ったようだが、ラミエルも同時に加粒子砲(こちらの原理は不明)を撃ってきた。その結果、お互いのビームが作用し合って、ビームの軌道がねじれ、命中しなかったのである。
◆日本中を停電にする電力とは?
手に汗握る攻防戦だが、午前0時2分40秒、エヴァ零号機の綾波レイが盾で敵の加粒子砲を防いでいるあいだに、シンジは2発目を発射。これが、ラミエルの正八面体の体を打ち貫いた……!
その威力は、どれほどのものだったのか。
ポジトロンスナイパーライフルの原理を考えれば、「電力のエネルギー ⇒ 陽電子の生成+加速 ⇒ 破壊のエネルギー」。そして、エネルギー保存の法則から「破壊のエネルギー=電力のエネルギー」となるはずだ。電力とは、1秒あたりのエネルギーなので、2発の合計エネルギーは「1億8千万kW×停電開始から2発目を撃つまでの秒数」となる。
1億8千万kW=1800億Wで、11時30分から0時2分40秒までは32分40秒=1960秒だから、全エネルギーはこれらをかけて352兆8千億J。
これを2発で使い切ったとすれば、1発あたり176兆4千億J。TNT爆薬に換算して4万4400tである。
ビームの直径が1mなら、面積は畳の半分ぐらい。この狭い面積にTNT爆薬4万4400t分のエネルギーが集中するのだから、まさに高エネルギー収束体による一点突破であった!
こうして緊迫のヤシマ作戦は無事に成功し、綾波の印象的な笑顔とともにこの話は幕を閉じる。
日本全土が協力した大作戦だったが、気になる電気料金を計算したところ、なんと12億円。
これで地球の危機が救えたなら、超安いと思う。アニメ史に輝くヤシマ作戦は、空想科学的にもスバラシイ作戦であった。