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「百害あって一利なし」の南北共同連絡事務所の爆破 北朝鮮の7つのデメリット

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
南北首脳会談後の宴会での文在寅大統領と金正恩委員長(労働新聞から)

 北朝鮮は最高尊厳(金正恩委員長)を冒涜する者、またそれを黙認する者は「絶対に許さない」として、脱北団体によるビラ巻きを問題視し、2018年4月の南北首脳会談の合意に基づいて開設された南北共同連絡事務所をあっさりと爆破してしまった。

 爆破を3日前に予告していた金委員長の妹・与正(ヨジョン)党第一副部長は「韓国とは決別する時が来たようだ」と公言していたが、それがハッタリでも、空言でもないことを見せつけることとなった。

 共同連絡事務所の「爆破」は「対敵(対南)事業の前奏曲、第一歩である」と言っていることから北朝鮮は今後も金剛山にある韓国の施設の爆破や開城工業団地からの韓国の施設の撤去を行い、平和地帯であった金剛山観光地区と開城工業団地地区に軍を再配備をする構えだ。

 「爆破」が文在寅政権に大きな打撃を与えたことは言うまでもない。また、北朝鮮という国は金委員長が冒涜されれば、大変なしっぺ返しを行う国であるということも間違いなく韓国だけでなく国際社会にも強烈に印象付けることになった。

 但し、北朝鮮は「共同連絡事務所を爆破しても失うものはない」と豪語しているが、本当にそうだろうか? 損得計算をしても、どう考えても、北朝鮮にとってデメリットが多すぎる。指で数えだけでもマイナス要素は7つぐらいある。

(参考資料:金正恩委員長の思考と言動は理解不能!)

 その1 人民に金委員長の失政をさらけ出したこと

 南北首脳会談もそれに伴う「板門店宣言」も「平壌宣言」も北朝鮮は金委員長の「輝かしい業績」として人民に宣伝してきた。訪朝した文大統領に大衆の前で演説をさせ、「戦争はなく、新たな平和の時代が開かれた」と人民に祖国統一への期待を抱かせた。それが僅か2年で萎んでしまった。ハノイでの米朝首脳会談の失敗に続く南北関係の破綻は金委員長のリーダシップを棄損しかねない。

(参考資料:金正恩委員長が「新たな戦略兵器」の「お披露目」にゴーサイン!?

 その2 父・金正日総書記の「業績」を台無しにしたこと

 南北共同連絡事務所は2005年に金正日政権と盧武鉉政権との合意に基づいて開所した施設(南北交流協力協議事務所)を改・補修したものである。この建物は言わば、金総書記の南北関係改善、統一に向けての「努力の結晶」でもあり、人民に残した「遺産」でもある。それを後形もなく爆破したことは父の「業績」の痕跡を消したことに等しい行為である。

 その3 「ドル箱」を失ったこと

 韓国国民に認めた金剛山観光も、韓国企業との合弁による開城工業団地もこれまた金総書記の「遺産」である。1998年11月にスタートした金剛山観光は2008年8月に中断するまで193万4千人の韓国人が入山し、北朝鮮は2007年の1年だけで2000万ドル以上の外貨を手にできた。2004年から開業した開城工業団地も123の韓国企業が進出し、北朝鮮は5万3千人の従業員の賃金として年間8700万ドルの外貨収入を得ていた。北朝鮮にとっては貴重な外貨手段を失うことになる。

 その4 「カントリーリスク」が高まり、外国人観光客誘致に影響を及ぼすこと

 南北融和の象徴である南北共同連絡事務所の爆破で朝鮮半島に緊張が高まれば、北朝鮮が「5か年経済計画」の目玉として進めている観光事業が破綻する恐れがある。北朝鮮は莫大な予算を投資し、馬息嶺スキー場に続いて元山の葛麻海岸地区にリゾートを開発し、また平安南道の陽徳郡でも温泉観光に力を入れている。金剛山と元山特区、馬息嶺スキー場を中心に年間120万の外国人観光客を誘致する計画のようだが、目算が狂うことになる。

 その5 米韓による軍事的圧力が強まること

 北朝鮮が「一切の敵対行為を全面中止する」ことを誓った「南北軍事合意」を破棄し、軍事境界線で軍事的緊張を高めれば、それに比例して米韓の軍事的プレッシャーも強まることになる。米韓は恒例の春と夏の合同軍事演習を事実上中断しているが、北朝鮮軍総参謀部が予告どおり、西海前線を含む全前線に砲兵部隊を配置し、前線警戒勤務を1号戦闘勤務体系に格上げして38度線付近で各種軍事訓練を行えば、必然的に北朝鮮が最も嫌がっている米韓合同軍事演習を誘発することになる。

 その6 北に融和的な文大統領を裏切り、韓国国民の反発、不信を招いたこと

 文在寅大統領は歴代大統領の中では最も「親北」と称されている。大統領府が「裏切られた」との談話を発表していたが、文大統領の落胆、失望は半端ではない。また、多くの韓国国民はこれまで文在寅政権の対北融和政策に共鳴していた。板門店宣言も「平壌宣言」も支持していた。それを北朝鮮が仇で返したことで、金正恩政権への不信が高まり、背を向ける恐れがある。平昌五輪では好印象を持たれていた与正氏のイメージダウンがそのことを示唆している。

 その7 韓国国内の反北勢力を勢いづけたこと

 「朝鮮日報」など保守メディアは「打倒金正恩政権」が社是となっていると言っても過言でないほど反北論陣を張ってきた。野党第一党の未来統合党も北朝鮮とは「不倶戴天」の関係にある。それがゆえに北朝鮮は解体、爆破を口にするのもはばからなかったほど「未来統合党」及び保守メディアを敵視してきた。北朝鮮に「騙されている」「引きずり回されている」との保守メディアや未来統合党の文政権批判が今回、図らずも「立証」されたことで「北朝鮮批判」に拍車がかかることになる。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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