第3号被保険者制度廃止で開くパンドラの箱:保険料の引き下げか、年金受給者の給付削減/追徴的な負担増を
記事のポイント
・第3号被保険者制度により第2号被保険者は月額6,868円の負担増
・第3号被保険者制度の廃止で第2号被保険者は月額1,073円の「減税」が可能
・現役世代内の年金格差より深刻なのは現役世代と年金受給世代の世代間格差
・第3号被保険者制度の廃止なら年金受給世代の年金削減・負担増も必要
・基礎年金の全額税負担化も一考の余地
2024年財政検証に向けた動き
報道によれば、政府が今月中の閣議決定を目指す経済財政運営の基本となる「骨太の方針」の原案で、「公的年金については、働き方に中立的な年金制度の構築に向けて年内に制度改正への道筋をつける」としたとのことだ。
「骨太の方針」社会保障分野の原案が判明 男女間の賃金格差の是正対策など(テレ朝ニュース 6月7日(金) 17:37配信)
最近、連合の芳野友子会長が専業主婦(夫)らを対象とする国民年金の第3号被保険者制度について「不公平な制度」だと指摘し、廃止を繰り返し主張していることなどと合わせて考えれば、要は今年の財政検証には盛り込まれないかもしれないものの将来的な第3号被保険者制度の廃止についても検討していく方向性を示すことも考えられる。
第3号被保険者制度は1985年4月の基礎年金導入に伴って創設された。なぜ、基礎年金導入に際していわゆる専業主婦(夫)を「優遇」する第3号被保険者制度の創設が必要だったかを理解するには、これまでの年金制度を振り返る必要がある。
戦前を源流とする日本の公的年金制度
日本の公的年金制度の源流は戦前にある。すなわち、1941年に主に男子の工場労働者を被保険者とし、養老年金等を支給する労働者年金保険法が制定され、翌1942年から実施された。第二世界大戦末期の1944年には、厚生年金保険法へと名称が改められ、被保険者の範囲が事務職員、女子にも拡大された。
戦前に創設された厚生年金の財政方式は積立方式であったが、敗戦後のハイパーインフレーションによって、積立金が大幅に目減りしてしまい、公的年金は実質的に有名無実になってしまった。そもそも、1942年に始まった養老年金は受給者がいなかった。
しかし、1954年には、養老年金の受給が始まるため、男子の支給開始年齢が55歳から60歳に段階的に引き上げられ、それまで報酬比例部分のみであった養老年金を定額部分と報酬比例部分の2階建ての老齢年金とし、また、保険料負担の急増を避けるため、保険料率を段階的に引き上げるなど、厚生年金の再建が急がれた。こうして企業の勤め人や公務員については、しっかりした公的年金制度が確立された。
一方で、自営業者や農業者らを対象とする公的年金制度は存在していなかった。しかし、高度経済成長が進展、農村など地方部からの若者人口の流出、それに伴う核家族化の進行や人口の都市集中が進むなか、田舎に残してきた老親の面倒を誰がみるのかという不安が広がる。自営業者や農業者等厚生年金や共済年金等の対象とならない人を被保険者とする国民年金法が1959年に制定された。
これにより、1961年4月にいわゆる国民皆年金が実現した。ただし、この時点では、専業主婦は国民年金への加入は任意だった。つまり、当時は女性の年金権が保障されていなかったのだ。結局、「国民」皆年金とはいっても専業主婦は任意だったのでカッコ付きの皆年金であったとも言える。
女性の年金権確立へ
このように、1961年にいわゆる国民皆年金が実現したものの、1970年代には早くも、適用漏れの者、短期加入者や無年金者も多く存在し、国民皆年金が形骸化しつつあった。そこで、1977年12月に社会保障制度審議会から当時の福田赳夫首相へ「皆年金下の新年金体系」という建議が出され、全国民共通の年金で、全額税方式とする「基本年金」構想が議論された。これは、経済発展に伴う就業構造の変化によって、当時の国民年金制度が年金受給者数と被保険者数のバランスを失し財政危機に陥っていたこと、先にも述べた女性の年金権の確立という問題意識が反映されている。
なお、この基本年金は、新たに創設される付加価値税を財源とする全国民共通の基本年金(一階部分)の上に、財源を社会保険料とする既存の国民年金、厚生年金、共済年金を上乗せ(二階部分)する仕組みであった。しかし、こうした改革に消極的とされた当時の厚生省が出した結論は、一階部分は全国民共通の基礎年金を設けるとされたものの、税財源を独自に手当てすることなく、新たに設ける年金特別会計の基礎年金勘定に対して、国民年金、厚生年金、共済年金の各制度から拠出金を出す仕組みに、換骨奪胎されてしまった。
1985年に女性の年金権が確立されるまでは、厚生年金保険制度の被保険者たる夫の年金(報酬比例部分+定額部分+加給年金)に妻分も含まれるとして給付設計がなされていた。また、先にも述べた通り、当時の国民年金制度において、被扶養者である専業主婦は強制加入ではなく任意加入という形が取られていた。こうした仕組みのもとでは、国民年金制度に任意加入せず、また、厚生年金保険制度の被保険者たる夫と離婚した場合には、女性の年金権が保障されておらず、無年金となった。
そこで、1985年度改正による基礎年金制度において第3号被保険者として女性の年金権が保障されることとなったが、第3号被保険者自身は保険料拠出を必要とせず基礎年金給付が受けられた。これがいわゆる第3号被保険者問題の発端といえる。
不公平感は世帯でみるか個人でみるかの問題
第3号被保険者の保険料負担の公平性の問題については、第3号被保険者を抱える世帯と夫婦ともに第2号被保険者の共働き世帯との比較で論じられることが多い。年金制度の給付と負担を「世帯単位」でみるか、「個人単位」でみるかに関連する。
まず、「世帯単位」で見た場合、標準報酬が等しければ、保険料負担も給付も片働き世帯と共稼ぎ世帯では同額になり、公平性は保たれている。
次に、「個人単位」で見れば、夫婦共に第2号被保険者の共働き世帯では、夫婦各々で保険料を負担することで基礎年金の受給資格を得ているのに対し、第3号被保険者世帯では、片方の保険料負担で2人分の基礎年金を受給できるため、不公平となる。つまり、第3号被保険者分の拠出金は共働き世帯を含む第2号被保険者全体で負っているのだ。
これは次のような数値例を考えてみると分かりやすい。
ある年の基礎年金給付総額をX円、同じ年の第1号被保険者数をN1人、第2号被保険者数をN2人、第3号被保険者数をN3人とし、Z=X/(N1+N2+N3)とすると、第1号被保険者のグループ全体では、Z×N1円を拠出し、第2号被保険者のグループ全体では、Z×(N2+N3)円を拠出する。基礎年金をまかなうための費用をこのように分担することにより、第2号被保険者全体で、第3号被保険者分の保険料(Z×N3)円を負担している。
したがって、いま、X=1000、N1=20、N2=50、N3=30とすると、Z=1000÷(20+50+30)=10となり、第2号被保険者の基礎年金への拠出額は10×(50+30)=800となるが、一人あたり負担額は800÷50=16となり、6だけ余計に負担することとなる。これが第2号被保険者の「損」となる。
第2号被保険者の毎月の「損」は6,868円
こうした数値例に厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業統計」「公的年金財政状況報告」により現実の値を適用すると、N1=14,047,188人、N2=46,178,990人、N3=7,211,605人、X=255,538億円なので、ひと月当たりZ=31,577円となる。一方、第2号被保険者の一人当たり月額の拠出金は45,313円と計算できる。
したがって、45,313円-31,577円=13,736円だけ第2号被保険者の拠出金が多い。ただし、基礎年金には半分、消費税が投入されているので、13,736円÷2=6,868円だけ、第2号被保険者の毎月の負担(保険料)が大きくなっていると言える(年額では82,417円)。
世代間の不公平の問題は?
確かに、専業主婦(夫)を対象とする第3号被保険者制度により月額6,868円、第2号被保険者が「損」をしているという意味では不公平と言える。ただし、こうした第3号被保険者制度批判の核心は、現役世代内の負担と受益の不均衡の問題ではあるが、公的年金制度の不公平の問題は、なにも第3号被保険者にとどまらない。
よく知られているように、高齢世代は、過去に負担した以上に給付を得ているのであり、例えば団塊の世代はせいぜい最大で月1万5000円程度の保険料負担しかしていないにもかかわらず、国民年金(基礎年金)は6万8000円(2024年4月分以降)の給付額となっている。消費税による補填を考慮したとしてもなお負担以上に給付を得ている事実は否定できない。
実際、筆者の試算によれば、年金の世代間格差は下表の通りとなっている。
こうした世代間の給付と負担の不均衡に蓋をしたまま、現役世代内の第3号被保険者の不公平だけ殊更取り出して問題にするのはフェアとは言えない。
仮に、政府が第3号被保険者制度を廃止し、第3号被保険者から保険料を徴収するとしても、例えば、2024年度現在の国民年金保険料の金額である1カ月あたり16,980円とすれば、それは過大徴収となる。なぜなら、第3号被保険者制度の存在により第2号被保険者が被っている「損」は月額6,868円でしかないからだ。
第3号被保険者制度を廃止する目的が、現在の高齢者の年金受給に回すための年金財源の確保ではなく、働き方に中立的な年金制度の構築にあるとするならば、第2号被保険者の保険料を月額1千円強引き下げることもできる。
しかし、第3号被保険者制度を廃止すべきという声が大きくなってきてはいるにしても、その代わり第2号被保険者の保険料を引き下げるべきだとの声は聞こえてこない。
実は、この理由は明らかだ。現在の年金制度は多くの高齢者が誤解しているようだが、今の高齢者が現役時代に積み立てた保険料が利子がついて戻ってきている積立方式なのではなく、今の現役世代が納めた保険料が原資となって年金として給付される賦課方式である。
賦課方式とはつまりねずみ講であり、異次元の少子化、異次元の高齢化が進む中で、増える一方の高齢世代の年金給付を支える現役世代が痩せ細っているので、政府は、単に第3号被保険者世帯に対して実質的な「増税」をすることで年金の財源を確保し、それを現在の高齢者の年金給付に充てたいだけなのだ。
こうした第3号被保険者への「増税」も、さらに言えば、異次元の少子化対策もねずみ講型の社会保障制度延命のための弥縫策に過ぎず、あたかも我々国民は社会保障制度を維持するための奴隷のような扱いを受けているといっても過言ではない。
世代間格差問題にもメスを入れるべき
このように、第3号被保険者の負担と給付の不均衡問題に世間の注目を集めれば、早晩そもそもねずみ講的な年金制度が生み出す巨大な世代間の不公平問題にも波及するのは明らかである。
逆に言えば、第3号被保険者制度という世代内の不公平の問題をやり玉に挙げるのであれば、当然、それ以上の不公平を生みだしている高齢世代の過大受給も同時に是正しなければならなくなってしまう。
第3号被保険者の問題が世代間格差の問題に飛び火するのは明らかであったので、公的年金制度を所管する厚生労働省はこれまで、パートの厚生年金への適用拡大を図ることで、なし崩し的に第3号被保険者制度の実質的な廃止を目論んできた。シルバー民主主義の下では解決が極めて困難な年金の世代間格差というパンドラの箱を開けるつもりがなかったからに他ならない。
実際、第3号被保険者は2002年度1,123.6万人から2022年度では721.2万人と20年間で▼35.8%の減少と、減少傾向で推移している。現役世代の賃金の低迷のあおりを受けてある意味厚生労働省の目論見通りに事は進んできたともいえる。
したがって、当然、いま第3号被保険者の問題を取り上げ、敢えてパンドラの箱を開けるのであれば、今は年金受給者となっている元第3号被保険者が保険料を「負担せず」に受給している年金についても、遡って保険料負担を求めるか、年金額を削減するかしなければ整合性は取れないし、それ以上に、異次元の少子化、異次元の高齢化が進行する中で発生する年金の負担と給付の世代間格差の是正、つまりはねずみ講型の年金制度の改革にまで踏み込まなければならないはずだ。
OECDの年金改革案
少子化、高齢化の進行に伴う公的年金制度の持続不可能性の問題は日本に限った問題ではなく、先進国共通の問題である。そこでOECDは2011年の報告書「Pensions at a Glance 2011」で公的年金制度の持続可能性を回復させるための改革の方向性を示している。
実際、日本の公的年金の改革もこのOECDの提言に沿って進んでいくものと思われる。
解決策は基礎年金の税方式
筆者は、こうしたOECDの年金改革案を踏まえ、現行の年金制度が生み出す世代内と世代間の負担と給付の不均衡問題や、働き方に中立的となっていないとされるいわゆる130万円の壁問題の解決策、そして無年金や低年金者が生活保護に陥る対策として、1977年にすでに社会保障制度審議会から提案されていた「基本年金」同様、基礎年金を全額税負担化し、2階建て部分は廃止し私的年金に切り替えるのが望ましいと考えるが読者の皆さんはいかが考えるだろうか?