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原生林を破壊したルーマニアの木材が日本の住宅に化ける事情

田中淳夫森林ジャーナリスト
ルーマニアのロドナ山国立公園の違法伐採現場(提供・FoE Japan)

 私は町で建設中の住宅を見かけると、つい観察してしまう癖がある。構法も興味あるが、どこの建材を使っているのか気になるからだ。

 柱など構造材は、以前はほとんど輸入材で、とくに米材、つまりアメリカやカナダ材だった。だが最近は国産材も増えてきた。同時に集成材の柱が非常に多くなってきたと感じる。もはや無垢の柱は少数派かもしれない。

 ところで輸入材の中でも増えているのがヨーロッパ材だ。北欧も多いが、目につくのがルーマニア材。最初に“発見”したのは10年くらい前だろうか。珍しく旧東欧の国の木材が日本に輸入されているんだなあ、と思っていたが、最近はごく普通になってきた。

建築現場でみかけるルーマニア産集成材 筆者撮影
建築現場でみかけるルーマニア産集成材 筆者撮影

 調べてみると、2015年の構造用集成材(柱材)の消費量は約209万立方メートルで、うち輸入は71万立方メートルと34%を占めている。国産とする集成材も材料は輸入材が多い。そして輸入先で目立つのは、フィンランドに次いでルーマニアだった。17万立方メートルというから、全体の12%以上に当たる。単純に考えれば1軒の木造住宅に使われる柱のうち1,2本はルーマニア材ということになるだろうか。(柱のないツーバイフォー住宅などもあるから概算である。)

 ルーマニア材を日本に輸出しているのは、ほとんどがオーストリアの木材会社シュバイクホファー社だ。ルーマニアに5つの工場を持ち、ルーマニアの針葉樹の40%を加工するルーマニア最大手の林産企業である。

 だが、この会社、悪名高いのだ。

 今年1月に国際環境NGO環境監視機構(EIA)のメンバーが来日し、ルーマニアの森林を破壊が進んでいる問題を訴えた。シュバイクホファー社が違法伐採を繰り返し、ルーマニアの森林をむしばんでいるというのである。

 それは国有林、民有林と問わず、国立公園でもで違法伐採が行われている。衛星画像の分析によると、2000年~11年の間に28万ヘクタールの森林が失われ、森林の生物多様性や現地住民の暮らしに重大な影響を及ぼしたことがわかってきた。繰り返し警告しているが、伐採は継続されて止まる気配がないそうだ。

 ルーマニア環境省は、15年に同社の2工場に立ち入り調査をし、違法に伐採した木材の加工、輸送および販売が行われていることを確認した。EIAも同社を調査して、ルーマニアの違法伐採の最大の要因が同社だと告発している。政府は2015年、16年と違法伐採を取り締まる法改正を行った。しかし汚職がひどく、有効に働いているとは言い難いという。

国立公園から運び出される木材 (提供・FoE Japan)
国立公園から運び出される木材 (提供・FoE Japan)

 ルーマニアは、ヨーロッパに残された原生林の約3分の2を占める国だ。たとえばブナの原生林があるカルパチア山脈はユネスコ世界自然遺産にも登録されている。しかし、そうした古い歴史を持つ原生林が次々と伐採されているのだ。

 そんな貴重な森からオウシュウトウヒ(ホワイトウッド)やオウシュウアカマツ(レッドウッド)、ブナやナラなどの大木が違法に伐採され輸出されている。これらの木材の有力な輸出先が日本だ。ルーマニアから日本への輸出額の6割を占める。日本側にとって、約10年間で輸入額は10倍以上になった。今年から日EU経済連携協定(EPA)が発効し、日本側の木材輸入関税は段階的に引き下げられるから今後も増え続けるだろう。

 より事態を複雑にしているのは、シュバイクフホファー社の木材は、森林経営および林産物が環境に配慮していることを示す「森林認証」を取得していることだ。

 認証団体の一つFSC(森林管理協議会)は、実態を把握して2017年2月に同社の認証を停止した。だが、もう一つの認証団体にして世界最大の森林認証制度PEFC(相互承認プログラム)は何も行動をとっていない。そのため同社のルーマニア材には今もPEFC認証が継続されていて有効である。むしろ同社はPEFC認証があるから問題ないと売り込んでいる。しかし、これで輸入側のデューデリジェンス(注意義務)を保てるとするのは非常に危険だろう。事実、フランスのDIY企業などは取扱いを止め始めた。ところが日本は我関せずと輸入を続けている。

 残念なことだが、法律が十分に整備されていないために「違法」と言えない木材はまだまだ多い。かと言って、合法とも言えないグレーな木材が出回っている。さらに森林認証を取得しつつ、環境破壊に手を貸しているケースも見受けられる。しかし、欧米ではグレー木材も扱わないように強化されており、また消費者も使用する木材に厳しい目を向けるようになってきた。

 日本側の違法木材およびグレー木材対策はなきに等しい。昨年、ようやくクリーンウッド法が成立したが、これが見事なザル法というか、まったくチェック機能がない代物。それについては、「クリーンウッド法は、違法木材の隠れ蓑になる?」記事を参照してほしい。

 それを知ってか知らずか、世界中から怪しげな木材が日本に集まってきている。なかには政府の役人や政治家の汚職など腐敗が激しい国や、事実上の内戦状態の国からも輸入している。あきらかに原生林から伐りだされたのが明白でも、現地の「合法証明」がつけられていたらOKという立場だ。ルーマニア材もまさにこれに該当する。

 いつまでも日本が違法木材の捌け口になっているようでは、世界中から笑い物だろう。

 それにしても……ルーマニアの違法伐採現場の写真を目にして思ったのは、日本の皆伐現場とよく似ている、ということだった。もちろん日本の皆伐はほとんどが合法である。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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