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大阪府北部地震から2年: 忘れるべからず、近畿地方は「直下型地震の巣」

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
大阪府北部地震で倒壊した茨木市妙徳寺の山門:読売新聞/アフロ

 2018年6月18日午前7時58分、大阪の中心街梅田茶屋町や、北摂と呼ばれる北大阪地域を震度6弱の揺れが襲った。この直下型地震によって、特に北摂では家屋などの甚大な被害が広がり、死傷者が出た。また多くの交通機関が運転を見合わせたため多数の帰宅困難者が発生し、中心街の北を流れる淀川にかかる大橋は徒歩で帰宅する人で溢れた。テレビニュースではこのような光景と共に「大阪は地震少ないのに・・」という人々の声が報道された。あの阪神淡路大震災を引き起こした1995年1月17日の兵庫県南部地震から20年、ごく限られた地域を除いて震度5以下だった大阪では、すでに1・17は忘れ去られていたようだ。それともう一つ私が驚いたことがある。地震のほぼ1年後に大阪南部で開かれた講演会でこの地震のことを話したのだが、幸いにして被害を受けなかったこの地域の人たちは、地震のことをほぼ忘れ去っていた。過ぎ去った地震のことはさっさと忘れて今日を生きることが、世界一の「変動帯」で暮らしてゆく術なのだろうか?

近畿地方に密集する「活断層」

 日本列島に被害をもたらす地震は、大きく分けて2種類ある。東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)や南海トラフ地震のように海溝近傍で発生する「海溝型地震」と、兵庫県南部地震や熊本地震のように内陸域で起きる「直下型地震」だ。そして直下型地震の元凶となるのが「活断層」である。プレート運動によって地盤に蓄積された「歪み」(変形)が限界に達して一気に破壊されるのだ。

 図1に近畿地方における活断層の分布を示す。活断層の定義は様々だが、この図に示すのは、産業総合研究所のデータベースに収録された、過去10万年間に繰り返し活動したとされる活断層だ。近畿地方にいかに多くの活断層が密集し、大阪府北部地震や兵庫県南部地震以外にも多くの被害地震が起きてきたことは一目瞭然であろう。決して大阪は地震の少ない場所ではなく、むしろ「地震危険地帯」と認識すべきだ。

図1 近畿地方の地形と活断層・過去の被害地震の分布(巽原図)
図1 近畿地方の地形と活断層・過去の被害地震の分布(巽原図)

 もちろん直下型地震は、図に示す活断層に限って起きるわけではない。活断層の位置や規模、ましてやその活動履歴を明らかにすることは相当に困難だ。例えば大阪府北部地震も、当初は危険度の高い活断層として認識されていた有馬高槻断層が震源と考えられたが、その後の余震活動を含めた解析で、これまで知られていなかった2つの断層が元凶であることが分かった。

 もう一つ知っておいてほしいのは、断層活動による地震の発生が必ずしも周期的に起きるわけではないことだ。政府発表の活断層評価やそれに基づく地震動予測はこの周期性を基に行われることが多い。一方米国では、西海岸を走るサンアンドレアス断層で発生する地震には周期性が適応できないことが明らかになって以来、直下型地震周期説には否定的である。

 

活断層が密集する理由

 近畿地方は激しい地殻変動が続く日本列島の中でも、活断層が集中する地域である。ではなぜ、これほどまで多くの活断層が存在するのか? それは、日本列島で最大最長の大活断層帯「中央構造線」(図1)のせいである。この構造線は、北側の「領家帯」と南側の「三波川帯」と呼ばれる異なる系統の岩石からなる地質帯が接する境界であるために、岩盤に力がかかると「弱線」として破壊現象を起こしやすい。いわば「古傷」である。

 現在西日本では、フィリピン海プレートが図1の白矢印で示す方向に、南海トラフから沈み込んでいる。このプレートは、かつて南海トラフや西日本に対してほぼ垂直、すなわちほぼ真北へと沈み込んでいた。しかし300万年前にその東の端が地下で巨大な太平洋プレートとぶつかった結果、運動方向を北西へと変えざるを得なくなった。以降西日本の地盤は、南北に圧縮する力に加えて西向きに引きずられるような力が働くようになった(図1)。そしてこの横ずれ力によって古傷の「中央構造線」が動き始めのだ。

 中央構造線の南側の地盤が西へ移動することにより、当然その北側の地盤も引きずられるように変形する。この地盤の変形が瀬戸内海地域に「しわ」を造り、図1に示すような山地と窪地(平野、盆地、あるいは灘と呼ばれる比較的広い海域)が繰り返す地形が形作られた。詳しくは以前の解説を参照されたい。

 この特徴的な地形は、近畿地方の地形を東西断面で眺めると顕著だ(図2)。淡路島、上町台地、生駒山地、大和山地が盛りあがる一方で、沈降域は大阪湾・大阪平野や、河内平野、そして奈良盆地となる。ここで重要なことは、このような地殻変動が起きると必ず断層が発現することだ。実際、隆起域と沈降域の境界には活断層が確認されている(図1、2)。

図2 近畿地方中央部の東西断面(巽原図)
図2 近畿地方中央部の東西断面(巽原図)

 また活断層は陸上にのみ分布するわけではない。過去の調査で大阪湾の中にも総延長50 kmを超える大断層が確認されている。このような海底活断層が動くと、直下型地震に加えて津波が発生し、目と鼻の先の阪神地区の沿岸を襲う可能性がある。さらに、先に述べたように現状ではすべての活断層の位置が特定されているわけではない。大阪湾の東部はあたかも活断層空白域のように見える(図1、2)が、これは単に精密な調査が行われていないだけであろう。そこで神戸大学では産業技術総合研究所と共同で、海底地下構造の探査を始めている。病院で行うCT検査と同じ原理で海底下の構造を明らかにして、海底ボーリングのデータなどと合わせて、より正確な活断層評価を行うことが目的だ。

 猛威を振るった新型コロナウィルスの感染拡大も落ち着きを取り戻しつつある中、世の中では今後の経済活動の回復が期待されている。特に関西地方では「2025関西・大阪万博」に向けた高揚感が高まっていくと予想される。しかし変動帯日本列島の営みは、このような人間の振る舞いにはまったく無頓着である。高揚感で災禍の記憶は消し去ることはできるかもしれないが、そうするうちにも災禍の危険性はどんどんと高くなることを忘れてはならない。「変動帯の民」として、覚悟を持って備えることが重要だ。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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