北朝鮮は金正恩総書記を「最悪の独裁者」「暗殺者」と描いた外国のドキュメンタリー映画に反応するか?
昨年日本で人気を博した北朝鮮の軍人と韓国の財閥令嬢の恋愛を扱った韓国の連続ドラマ「愛の不時着」について北朝鮮当局が「コケにされた」として不快感を露わしたと、韓国の一部メディアに報じられたことがあった。真偽は定かではないが、北朝鮮のメディアや団体がドラマを配信した映画サービス会社「Netflix」に対して公に抗議したという事実は確認されていない。
その「Netflix」で今月から歴代の独裁者を扱った「暴君になる方法」と題するTVドキュメンタリーが放映されているが、金正恩総書記も悪名高いドイツのアドルフ・ヒトラーやソ連(現ロシア)のジョセフ・スターリンらと混じって登場している。
アニメーションも多用されたこのドキュメンタリーは6編から構成されているが、金総書記は最終編(「永遠の支配」)で祖父(金日成主席)、父(金正日総書記)と3代にわたる独裁者として描写されている。随所に北朝鮮の記録映像がふんだんに使われ、編集されていた。
金総書記を取り上げたのは「権力掌握よりもさらに難しいのが、権力の存続。一族を神格化してそれを成し遂げた北朝鮮の『金王朝』の例から永遠の支配を手にする秘訣を探る」ためのようだ。従って、イラクのサダム・フセインやウガンダのイディ・アミン、リビアのムアンマル・カダフィらすでに亡くなっている5人の独裁者とは異なり唯一今も「独裁権力を維持している人物」として扱われていた。
この映画を製作したシチズンジョーンズのジョナスベル・パシュト監督はあるメディアとのインタビューで「最近数年間、全世界的に権威主義が広まっている。このドキュメントはこうしたテーマを探求する一つの新たな方法である」と語っているが、今年政権を発足させたバイデン大統領が「専制主義」を問題にしていたことと無縁ではなさそうだ。バイデン大統領は中国とロシアを念頭に「専制主義」を批判しているが、このドキュメントはまさに「専制主義」と独裁者が表裏一体であることを描いている。
「金正恩編」には米コロンビア大学のノ・ジョンホ教授が登場し、金総書記が権力の継承と維持に成功しているのは「主体(チュチェ)思想を通じて国民を管理する制度を作ったこと、また他の独裁者と異なり核兵器を手にしているからである」とコメントしている。北朝鮮にとって一から十まで悪い内容とはなっていないが、「史上最悪の独裁者」としてヒトラーやフセイン、カダフィと同列視されていることはとても容認できないのではないだろうか。
北朝鮮はこれまで「最高尊厳を冒涜した」としてこの種の「反北朝鮮映画」に対しては抗議、脅迫、時には物理的攻撃も辞さなかった。その典型的な例が金総書記の暗殺をモチーフにしたコメディー映画「ザ・インタビュー」を製作し、配信した米ソニーピクチャーズエンタテインメント(SPE)へのサイバー攻撃である。
「ザ・インタビュー」はSPEが2014年に4400万ドルを投じて製作されたが、公開直前に北朝鮮の祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」は「尊厳高い我が共和国に対する極悪な挑発行為である」と非難し、映画関係者に対して「我が方の断固とした懲罰を受けるべきである」と警告し、実際にその直後に自称「平和の守護者たち」と名乗るハッカー集団による脅迫文が届けられ、サイバー攻撃が行われた。
SPE社内でメールが使えなくなるなどの被害が出たほか、劇場未公開の新作を含む5本の映画のコピーがインターネット上に流出し、さらには社員の給与明細や社会保障番号など大量の個人情報のほか映画の脚本、それにソニーの経営戦略の内容などが次々と外部に流出されてしまった。「2001年9月11日を思い出せ」と映画館へのテロ攻撃を予告する脅迫文もインターネット上に掲載される始末であった。
北朝鮮はサイバー攻撃への関与を否定したもののFBIが「北朝鮮による犯行」と結論付けたことから最高権力機関の国防委員会政策局までもが「捏造に過ぎない」と反論し、「誰であれ、罪深い米国に便乗して(北朝鮮に)挑戦するなら、攻撃対象となり、無慈悲な懲罰を免れない」との声明を出していた。また、奇妙なことに犯行に及んだ「平和の守護者」を名乗る集団については「テロがテロを生む報復の悪循環を事前に防いだ」と評価していた。
しかし、北朝鮮はその一方で、2017年2月にマレーシアの空港で起きた金総書記の異母兄・金正男氏の暗殺事件を扱った米国のドキュメンタリー映画「暗殺者たち(Assassins)」が昨年12月に米国で上映された際には小さな映画館で上映されたこともあってか、特に何の反応も示さなかった。
映画は北朝鮮工作員によって「暗殺犯」に仕立てられたインドネシア人とベトナム人の二人の無実の女性の救出に至るまでの過程を追っているが、観る者には「金正男暗殺」が金正恩総書記の指示に基づく計画的に仕組まれた犯罪であることを見せつけている。
日本ではすでに昨年10月に「私は金正男を殺してない」とのタイトルで公開されているが、韓国では映画振興委員会が北朝鮮を刺激するのを恐れてか、上映を許可しなかった。しかし、配給会社や人権団体、脱北団体などが抗議したこともあって来月には「芸術映画」として公開されることとなった。
「最高尊厳」である金総書記を「独裁者」として描写した「暴君になる方法」と金正男氏殺害の「首謀者」と位置付けた「暗殺者たち」の韓国上映に北朝鮮当局がどのような反応を示すのか注目したい。