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芥川賞受賞作・宇佐見りん『推し、燃ゆ』は「ロッキング・オン文学」か?

飯田一史ライター
河出書房新社「Web河出」内『推し、燃ゆ』試し読みページより

2021年1月20日、宇佐見りん『推し、燃ゆ』が第164回芥川賞受賞作に決まった。

この作品はひとことで言えばロッキング・オンの読者投稿のような文学作品である。

主人公は「普通の人」として社会生活が送れずに高校中退し、「就職しろ」と親から言われているが、就活自体に気が進まないし受けても落ちてしまうという状況にあるが、5人組アイドルグループのうちの一番愛想がよくないメンバーを推しとして快調にいわゆる「解釈」をブログに更新する日々を送っている――ところに、推しが一般人の女性に暴力を振るったことが報じられ、炎上する。

アイドルを考察するブログやファンのSNSを見ていると「あるある」「わかる」という展開や感情が綴られていくが、しかし、それのどこがロキノンくさいのか。

ロッキング・オンが運営する音楽に関する文章投稿サイト「音楽文.com」をいくつか見てもらえればわかるが(あるいは、見たことがなくても雑誌の「ロッキング・オン」や「ロッキング・オン・ジャパン」の読者投稿欄を読んだことがある人はそれを想起してもらえればいい)、演者のバイオグラフィや歌詞の内容と聞き手(つまり文章の書き手)の人生の実存を重ねて書かれていることが多い。

『推し、燃ゆ』も主人公の女性は自分の置かれている状況と、推しの人生を重ね合わせることで、生きていく上での拠り所とする。

ただ、推しに対して盲目的な信者をベタに描いた作品かと言えばそうではない。

本作では、タイトルにある「推しが炎上した」という話は冒頭に登場するが、主人公は終盤になるまで、彼はなぜ女性を殴ったのか、といった事件に関する核心的なことは考察の対象にしない。その点を迂回しながら生配信を観たり、ライブに行ったりしては振る舞いの意味を考え、ファンブログを更新する。

それはいずれ向き合わなければならない「この先、人生どうするんだ?」という決定的な問題に対してアクションを起こさないまま保留し続けている彼女の態度とパラレルである。

個人的な話だが、筆者も大学4年のときに就職が全然決まらず、落ちまくるので自信を失い、受ける気も失せてきてネットに耽溺することでどうにか精神的なバランスを取っていた(いや、取れていなかったかもしれないが)人間なので、主人公が「普通に生きたいけど、できない」と思い、アイドルにしてはぶっきらぼうではみ出し者感がある人間を推しにして熱をあげるというありようには、身に覚えがありすぎて読んでいて死んだ。

ひとが自分の実存を誰かに切実に投影してしまう時には、往々にして何かを抱えている。

そのときの気持ちを内側から描く文体のドライブ感がすさまじい小説だが、しかし、そういう時間や振る舞いをただ肯定するでもない。自己陶酔的な「ロキノン文学」ではなく、最終的には「ロキノン文学」からカメラを引いていくようにして終わる、ファン心理を批評的に描いた作品だ。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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