「球春みやざきベースボールゲームズ」。入場無料の練習試合が増える理由
昨日27日、新型コロナウイルス蔓延の予防措置としてプロ野球オープン戦を無観客で実施する決定を受けて、宮崎市で行われている「球春みやざきベースボールゲームズ」の最終2試合も観客を入れずに実施された。2015年から始まったこの練習試合シリーズは、今年は23日日曜にSOKKENスタジアムで行われたオリックス対ソフトバンクのオープン戦に続いて、翌24日の天皇誕生日の振り替え休日から始まり、翌25日には、宮崎市内のアイビースタジアムでソフトバンク対ロッテ戦が、サンマリンスタジアムで西武対韓国・斗山戦がデーゲームで実施された。サンマリンスタジアムの試合は松坂投手の今季実戦初登板とあって多くのメディアに取り上げられたが、その観衆は900人ほど。一方の地元九州のソフトバンクのキャンプ地、生目の杜運動公園には平日にもかかわらず9000人超のファンがキャンプ見物に足を運び、その過半数の5000人がアイビースタジアムでの試合を観戦した。
「オープン戦」と「練習試合」。2本立ての日本の非公式戦
「球春みやざきベースボールゲームズ」で実施される試合はいわゆる「練習試合」である。アメリカでは、公式戦以外の試合はすべて「エキシビション・ゲーム」と呼ばれるが、日本では公式戦前後(近年はないがかつてはシーズン後にも試合興行が行われていた)の興行試合を「オープン戦」と呼んでいる。その昔は、2月のキャンプ終盤の週末になるとオープン戦が何カードか組まれ、キャンプ打ち上げ後、3月に各球団が西日本を中心に転戦し開幕を迎えていた。人気球団ほど引きが多いのか、巨人などは本拠地でのオープン戦は開幕直前の2試合ほどのみで、あとは公式戦で行くことのない地方球場で試合を組んでいた。
これが平成に入ったころから少々事情が変わってきた。昭和時代の1月に半ば強制的な合同自主トレ(選手会が労働組合になったこともあり、新人を除き撤廃された)、2月に体づくりとスキルアップを目的としたキャンプ、3月に戦力の見極めと最終調整を兼ねたオープン戦という流れから、2月のキャンプインの際に体をつくってくるのは当然で、キャンプイン後は1週間ほど体慣らしをすると、その後は実戦での調整とサバイバルレースという、ある意味アメリカの方式に似たスケジュールになってきたのだ。そのため各球団キャンプ中盤から対外試合を多く組むようになったのだが、平日のデーゲームとなると興行が成り立つほど観客も集まらない。そこでほとんどの球団は、非興行試合の「練習試合」を行うようになったのだ。この「練習試合」は興行試合ではないからチケット販売はしないが、キャンプの一環として行っているため、スタンドは公開されているので自由に観戦できる。ファンにとっては、あこがれの選手のプレーを小さなスタンドネット裏で間近に見ることができる、お得感の高いキャンプ見物の醍醐味となっている。
「練習試合」増加がもたらしたキャンプ地分布の変化
キャンプの形態が実戦重視に移行すると、試合相手を求めてキャンプ地が集約されるという現象が起こった。その後半は連日試合というメジャーリーグの「スプリングトレーニング」は現在温暖地のフロリダとアリゾナに集約され、各々15球団ずつが域内各地の広大な野球専用施設に腰を据えているが、それに似た現象が日本でも起こっているのだ。
平成に入ったころから、各球団は温暖な沖縄に集まるようになり、2月の10日前後から対外試合を組むようになってきた。高知の安芸で長年キャンプを張ってきた阪神は2003年から段階的に宜野座にキャンプ地を移転、巨人、広島もキャンプの後半に沖縄に移動する流れに移行していった。
また、ロッテは2008年から離島の石垣島でキャンプを張っているが、そのデメリットを逆手に取り、本島より距離的に近い台湾から楽天(昨年までラミゴ)モンキーズを招いて「アジアゲートウェイシリーズ」と銘打った有料の対外試合を実施している。これを合図にロッテは例年早々にキャンプを打ち上げ、他球団が待つ本島に移動し、「練習試合」をこなす流れで3月のオープン戦を迎えるようになっている。楽天も1次キャンプを久米島で実施した後は、本島の金武に移動して実戦主体の2次キャンプに移行する。
逆に沖縄から宮崎に移ったのがオリックスだ。この球団の場合、ながらく沖縄をキャンプ地としていたものの、その場所が離島の宮古島だったため、対外試合の面についてはとくにメリットがなく、2015年からは現在の宮崎・清武総合運動公園に移転している。
その宮崎はかつては高知と並ぶ「キャンプ銀座」だったが、1次キャンプのみを行う球団が増えてきている。先述のとおり現在、巨人、広島は2次キャンプは沖縄へ移動する流れになっており、日南市南郷でキャンプを行う西武も近年は、ロッテ同様キャンプは早々に打ち上げ、練習試合の遠征に出る。今年の場合、19日にキャンプが終了すると、いったん二軍(B班)のキャンプ地、高知市春野で練習試合をこなした後、再び宮崎に戻ってくる。
このような「練習試合」重視の趨勢の中、試合相手を求めてか、キャンプ地は次第に沖縄に集中するようになってきている。寒冷な気候のため国外でキャンプを行えない韓国の球団も沖縄に集まるようになり、今年の場合でいうと、日韓10球団が沖縄本島でキャンプを張っている。
進む「練習試合」のイベント化
2月のキャンプ中の「練習試合」が増加する中、これを一連のイベントとしてスポーツツーリズム活性化につなげようと最初に取り組んだのはやはり沖縄である。それまでにも日韓各球団が相互に話し合いの上、それぞれに試合を組んでいたのだが、2011年、日韓両国のチームによる国際試合に「アジア・スプリング・ベースボール」の名称を当て、一種のイベント化の試みがなされた。しかし、基本入場無料であったものの、平日開催で、時期的にもまだ主力クラスの多くは出場せず、対戦相手はなじみのない韓国のチーム、また、ネーミングを行った以外にはとくに積極的なアピールをしたわけでもなかったこともあり、キャンプ観光に来たファンや地元民の注目を集めるには至らず、2013年限りで日韓両国の練習試合にこの名称が使われることはなくなった。
これに触発されたのか、「プレシーズンマッチ」と題して「練習試合」を誘致したのが高知だった。高知と言えば、最盛時には県内で5球団がキャンプを張っていたが、沖縄へのキャンプ地移転のあおりを最も被り、現在はかろうじて西武、阪神の二軍がキャンプを張っているだけにすぎない。それに伴い県内でのオープン戦の開催も減り、これに危機感を抱いた自治体や観光協会がNPB球団を誘致するかたちで2012年より入場無料の練習試合を継続的に行っている。
これに続いて開始されたのが、「球春みやざきベースボールゲームズ」である。
「スポーツランド」宮崎の取り組み
宮崎市は「スポーツランド」と称してプロアマ問わずスポーツチームの合宿誘致に努めている。チームスポーツの合宿は、宿泊費、食費だけでも大きな額が県内に落とされるドル箱産業と言っていい。そのスポーツ産業を維持発展させることについては、市だけでなく、県、県内自治体ともにその意識は共有している。
合宿の誘致に、プロ野球チームのキャンプ地というステイタスは大きなメリットとなる。逆に言えば、プロ野球キャンプの撤退は「スポーツランド」のブランドの危機でもある。2011年にそのブランドを支えてきた大黒柱である巨人が第2次キャンプを沖縄で実施したことは、宮崎に大きな衝撃をもたらした。その危機感の中、高知が「プレシーズンマッチ」を実施したことに触発され、2013年、県と宮崎市、県内数市、それに観光協会などが共同で実行委員会を立ち上げた。キャンプが実戦重視となり、ファンにとってもゲーム観戦がキャンプ訪問の大きな魅力となる中、球団とファンをつなぎ留める方策として「練習試合」を採用したのだ。当時宮崎市でキャンプを張っていたソフトバンク、韓国・斗山、日南市南郷でキャンプを張っていた西武に声をかけ、これに沖縄でキャンプを張っていたロッテ、楽天を加えた5球団による練習試合シリーズ、「球春みやざきベースボールゲームズ」が開始された。
2014年に県内日南市でキャンプを張っていた広島が一軍の第2次キャンプを沖縄で行うようになると、2月末に宮崎県内で一軍キャンプを行う球団はソフトバンクのみとなったが、オリックスのキャンプ地誘致に成功、2015年からはオリックスがこれに参加するようになった。
実行委員会には関係自治体が出資、今年の例で言うと、総額3000万円の予算の内、試合会場の宮崎市が1300万円を出した。高知で「プレシーズンマッチ」を行った西武、ロッテのための宮崎までのチャーター便の費用は高知側が負担。宮崎側は予算から参加各球団に支援金を供出することになった。この費用捻出のために有料試合にすることも考えられ、実際過去に一度だけ週末実施の試合を有料にしたことがあるが、そもそも集客の見込める週末にはNPBがオープン戦を組むため、この企画はどうしても平日実施となってしまう。だからなかなか有料化もできないらしい。現在は、平日にチケット販売するよりは、入場無料にして少しでも多くのファンを動員したいという戦略のようだ。それに、過去にはライバルである高知が週末開催でも無料にしたことを考えると、将来的には有料イベントにしたいという希望があってもなかなかそれに踏み切ることは難しいだろう。そしてなによりも、このイベントの主眼は、宮崎のキャンプ地としてのブランド価値の向上にある。
「まずは、今ある球団を引き留めるということですね。それに試合を見ることができるとなると、キャンプの訪問者も増えると考えていますから」というのが実行委員会の目論見だ。
開始当初は経済効果として3億円を見込んでいたが、現実には、このイベントの有無でキャンプの観客動員がどれだけ違うのかを計量することは不可能である。それでも、何もしないよりは、「試合を無料で見ることができるキャンプ地」という魅力を出すことが宮崎の価値を高めると実行委員会側では考えている。たとえ入場料収入がゼロでも、キャンプ会場での飲食、土産物の消費や観光客・報道陣の落とす交通費、タクシー代、宿泊費は莫大なものになる。大所帯のプロ野球球団が宿泊などで落とす金銭も大きいだろう。
それに、プロ野球観戦の機会が少ない地元住民に観戦文化を提供することもこのイベントの使命であると実行委員会は考えている。それを思うと、今回の新型コロナ禍による最終日の無観客試合としての実施には、致し方ない面があるとはいえ、実行委員会としては無念だったにちがいない。
将来的には興行化を
「練習試合」が増加し、それがイベント化される一方、オープン戦は減少しつつある。
とくに地方でオープン戦について言えば、近年の生観戦ブームの中、本拠地球場でのオープン戦の観客動員が好調となると、環境面でのデメリットのある地方球場でのオープン戦に各球団とも積極的にはなれない。それに現場サイドでも、「練習試合」の場合、試合途中での打ち切りや、勝敗に関係なしの延長、指名打者制の弾力的運用(指名打者の打順は変えることができず、指名打者が守備についた場合、そのことによってベンチに退いた選手の打順に投手が入るが、これを無視する)などが比較的自由にできるため、キャンプ期間中はオープン戦より「練習試合」を好む傾向にある。
それに、「プレシーズンマッチ」や「球春みやざきベースボールゲームズ」のようにキャンプ打ち上げの時期の「練習試合」には主力選手の出場も多く、そうなれば有料のオープン戦の価値を損ないかねない。
メジャーリーグのスプリングトレーニングでは、アマチュアチームや外国リーグ球団との試合など一部の例外を除くと、「エキシビション・ゲーム」はすべて有料である。20年ほど前までは、10ドル前後とお手頃だったチケット価格も、現在では高騰している。近年では、それまでスタンドのなかった外野フェンスの向こうにプロムナードを設け、そこにビアガーデンなどを備えた「ボールパーク」型のキャンプ地の球場も出現し、キャンプ、オープン戦が大きなビジネスとなっている。それだけに、キャンプ地であるアリゾナ、フロリダ両州では、球団誘致を巡って熾烈な誘致合戦が繰り広げられている。それだけに、試合を含めたスプリングトレーニングを「魅せる」ことを意識したエンタテインメント性のあるキャンプ施設が次々と完成し、そのことがまた多くのファンを惹きつける要因にもなっている。
日本ではまだまだそこまではいかないだろうが、地元主催の「練習試合シリーズ」がチケット販売できる時が来れば、日本のプロ野球もスポーツビジネスとして次のフェーズに入っていけるのではないだろうか。
(写真はすべて筆者撮影)