平野佑一には『俯瞰の神』を超える未来が見えている
想定外のプレーは驚きに変わる
サッカーのスタジアムには、俯瞰の神がいる。私たち観客や視聴者のことだ。ピッチに立つ選手、あるいはベンチに座る監督らとは違い、斜め上から全景を見下ろすため、全体の状況を把握して次のプレーを読みやすい。慣れた俯瞰の神にとって、ほとんどのプレーは想定内だ。
ところが時折、その圧倒的な認知優位にいる俯瞰の神でも、想像できないようなプレーを見せる選手がいる。思わず漏れる、「えっ? マジ?」。それこそがサッカーの、スポーツ観戦の醍醐味といってもいい。
私にとってその瞬間は、J1第33節の浦和対柏の前半45分に訪れた。
柏のロングボールを回収した浦和は、山中亮輔からボランチの平野佑一にボールが渡された。すると平野は、この斜め後ろから来たボールを左足でダイレクトに、浮き球で相手センターバックの背後へ蹴り出す。このパスが、飛び出したキャスパー・ユンカーへぴたり。この快速FWは、持ち出してゴール隅へ流し込んだ。
見事なタッチダウンパス。なぜ、そのパスが通ると思ったのか。ユンカーは飛び出す素振りを見せず、相手ゴールには背中を向けていたのに。それなのに平野はトラップもせず、ワンタッチで絶妙なパスを送っている。「えっ?」。俯瞰の神である私も、完全に虚を突かれてしまった。
平野佑一。この選手には1~2秒後の未来が見えている。
比較すべきはあの名選手達
今回のアシストに限らず、平野はフリックパスを斜め後ろの死角となるスペースに通したり、見てもいない角度へ展開したりと、様々なパスをノールック&ワンタッチで通す。まるで1~2秒後、そのスペースに味方が入って来ることを、イメージで認識しているかのように。
キレを取り戻したユンカーのスピード、相手最終ラインの高さなど、イメージの前提となる情報はあったし、よくよく見れば、ユンカーも背中を向けてはいるものの、引いた片足にパワーを溜め、ターンを伺う雰囲気はわずかに出ている。
しかし、普通の選手はそのタイミングでパスは出せない。いつも一か八かでキラーパスをねらってミスが多い選手ならともかく、正確かつ丁寧なプレーをする平野は、全くそういうタイプではない。ユンカーへのタッチダウンパスも、「通る」という確信があったのだろう。
俯瞰の神を超える、パスセンス。このレベルのパッサーは、遠藤保仁や中村俊輔、昨年に引退した中村憲剛など、相当なビッグネームを探らなければ思い浮かばない。浦和は本当に、胸をときめかすボランチを獲った。
相棒の柴戸も急成長
この平野とダブルボランチを組む柴戸海も、素晴らしいプレーを続けている。寄せが早くて鋭く、球際のボール奪取に魅力を持つ彼は、パッサーの平野とは正反対な選手だ。しかし、この2人はポゼッションとプレッシングでお互いの長所を活かし、短所を補い合うように、絶妙な凹凸ピースがかみ合っている。
一方で、あまりにも役割分担がハッキリしすぎると、対戦相手にねらわれる。たとえば攻撃時に柴戸がボールを持たされたり、守備時に平野の場所から仕掛けてきたりと、意図したプレーを仕組まれる恐れがある。
しかし、最近の柴戸は、柏戦の1点目で起点となる江坂任へワンタッチパスを通したり、2点目のPKを取る場所へ顔を出したりと、攻撃面でも大きな貢献がある。今季の序盤はプレーに積極性が無く、バックパスを選んでばかりだったが、もはや別人のよう。今の彼は、シン・柴戸だ。
また平野も、加入当初は期待を受けてスタメン起用されるも、フル出場は無く、いつも後半25分辺りでベンチに下げられるのが常だった。リードした終盤は、相手がパワープレーに来るなど球際の強度が上がり、カオスの時間帯になりやすい。そこで判を押したようにベンチに下げられるのは、平野に対して、強度や体力面の不安が大きかっただろう。平野は今季途中にJ2からJ1へ舞台を移したので、強度面の懸念は当然とも言える。
ところが直近2戦、G大阪戦と柏戦では、その平野がベンチに下がることなく、90分プレーした。彼は持ち味のパスだけでなく、球際への意識が高く、守備面でも良いプレーが見られるので、それなら平野をピッチに残し、最後までゲーム支配力を高めるほうがいい。そんな選択になっているのではないか。
ダブルボランチが盤石になると、試合が盤石になる。平野と柴戸のコンビ確立は、浦和好調の礎だ。
逆に、尖った特徴を持つ2人がここまで綺麗にかみ合うと、控えボランチ、特に今季途中までスタメンで出続けた伊藤敦樹にとっては辛い。ただし、来季ACLをねらう浦和だけに、ベンチを含めた戦力増は必須であり、何より川崎や横浜F・マリノスといった優勝候補を破るためには、さらにプレー向上が必要になる。
固まったものを、何度も混ぜ返し、チームは成長して行く。メンバーが固まってきた今こそ、新たな突き上げが欲しいところだ。
清水 英斗(しみず・ひでと)
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『日本サッカーを強くする観戦力』、『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など