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THE SPELLBOUND 注目の“超大型新人バンド”が、美しい言葉を探す旅の先に見つけた“希望”

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/中野ミュージック

世代も音楽性も違う、それぞれが確固たる美意識を持った二人の“職人”が、合流

THE SPELLBOUND——2016年、メンバー川島道行の死去の伴いバンド活動を終了させたBOOM BOOM SATELLITESの中野雅之と、THE NOVEMBERS小林祐介が出会い生まれた、新しいバンドだ。“プロジェクト”ではなくバンド。共に熱狂的なファンを持つバンドの中心メンバーが合流し、世代も音楽性も違う、しかしそれぞれが確固たる美意識を持った二人の“職人”が、まさに膝を突き合わせて、生き方から生き様までを語り合いながら、言葉とメロディ、二人の間に流れているはずの“音楽”を探していった。試行錯誤を重ね、2021年に入ってから音源を立て続けに発表し、初のライヴを行ない、夏には“フジロック”に出演。二人は“新しい世界”を生で伝え、ファンを熱狂させた。

そして12月22日には最初で最後のSTUDIO COASTでのライヴを行ない、2022年2月23日にバンド名を冠した1stアルバムを発売。二人にインタビューし、ここに至るまでの道のり、制作の様子を聞かせてもらった。ミュージシャンとミュージシャン、一人の人間同士がどこまでも真摯に音楽と向き合い、鳴らすべき音楽を探す“旅”の様子が見える。

「一緒に人生を歩んでいく、“縁”みたいなものを欲していました」(中野)

中野雅之(Photo/Masanori Naruse 以下同)
中野雅之(Photo/Masanori Naruse 以下同)

始まりは2019年4月20日。中野がTwitterでボーカリストの募集をかけて、それにTHE NOVEMBERSのフロントマン・小林が「衝動的に」応募したことで、二人の“旅”は始まった。

「正直、僕もすごく悩んでいた時期で、プロデュースワークの部分では、色々なタイプのアーティストと日々一緒に制作をして、充実感を感じていました。ただ同時に物足りなさを感じる日々でもありました。いつか行動を起こさなければ、と思いつつ、自分のキャリア、経験を踏まえて言うと、座組みを先に作って、レコード会社他と協力しながらひとつのプロジェクトを立ち上げていくというパターンはある得ると思っていました。でもそういうことよりも、何か一緒に人生を歩んでいく、“縁”みたいなものを欲していました。そう思うといても立ってもいられなくなって、日々悶々としてる中で、あのボーカル募集しますというツイートを衝動的にしました。すぐに色々な方からレスをいただきました。アマチュアの方、バンドでデビューしているけどくすぶってる人、色々な人が応募してくる中で、小林君以外にも実際に会ってみた人もいました。でもやっぱり小林君のことが気になって。僕にとってセカンドキャリアといっても、この立ち上げにはエネルギーを相当使うだろうし、三度目というのはなかなか考えづらいし、これは僕の人生の中で最後のチャンスかもしれないと思うと、小林君と色々話をしながら、何かを一緒にできる人なのだろうかと、とにかく観察するわけです。音楽的な素養というのはTHE NOVEMBERSのライヴを見たり、楽曲を聴いて100%ではなくてもある程度把握できるので、でも何を求めて、大切にして生きている人なのか、これからどうなっていきたいのかとか、そういう部分が気になりました」。

「中野さんの呼びかけに、これは絶対自分がやるべきもの、他の人にやらせたくないという、ちょっと子供じみたこだわりみたいなものがあった」(小林)

小林祐介
小林祐介

旅の始まりは会話を重ねること。週1で会うと決めて、コミュニケーションを重ねていき、様々な価値観を擦り合わせ、お互いを理解していった。そこから何ができるのかを探っていく時間なので、当然曲はできない。しかし二人はゆっくりと時間をかけて、バンドという形にしていった。中野からの呼びかけに「衝動的」に手を挙げた小林は、その時同時にどんな思いがあったのだろうか。

「その日、スマホを見た瞬間に中野さんのツイートが出てきて、咄嗟に自分にやらせて欲しいと連絡をとりました。そこには、これは絶対自分がやるべきものなんだ、他の人にやらせたくないという、ちょっとした子供じみたこだわりみたいなものもありました。それと、以前BOOM BOOM SATELLITESと共演させていただいたライヴで感じた、圧倒的なものというか、誰に媚びることなく、芸術のように美しい形でたくさんの人を熱狂させて、こんな領域があるんだということを教えていただきました。僕も中野さんと一緒にそういう景色が見てみたいという関心と、それを想像した時の夢見心地のような感覚と、そういうものも同時にあったと思います」(小林)。

小林は音楽シーンの中で、THE NOVEMBERSという確固たるポジションを築き、多くの熱狂的ファンを抱えるバンドのフロントマンでもある。その環境や立場はその時どんな感情となって小林の中に存在していたのだろうか。

「その時、正直THE NOVEMBERSのことはあまり考えられなくて、どちらかというと僕自身のことというか、中野さんと出会うことで、どんなものが生まれるんだろう、どんなものを見ることができるんだろう、ということだけでした。THE NOVEMBERSのファンにはBOOM BOOM SATELLITESのファンという人も多いので、発表した後は『早く聴きたい』という声をたくさんいただきました。メンバーに関しては、BOOM BOOM SATELLITESと対バンした時の衝撃を一緒にくらっているので、武者修行してこいという部分はあったと思います」(小林)。

「僕はよく覚えてますけど、本当に好奇心だけ手を挙げた感じがします。好奇心と、さっき子供っぽいと言っていましたけど、このおもちゃは僕のだ、みたいな、そういう感覚で、まさに衝動的だったのだと思います。それくらい、いい意味で野心もなく、興味とか好奇心とか、自分に何が起こるのか、という思いだけだったと思う。後々僕はそれを小林くんに怒るんですけど、それは自分で起こすことで、僕が起こしてあげることじゃないから、僕に期待してはダメだよということを伝えました。でも最初はそういう純粋な子供のような、透き通った目で現れた感じでした」(中野)。

1stアルバム『THE SPELLBOUND』(2月23日発売)
1stアルバム『THE SPELLBOUND』(2月23日発売)

THE SPELLBOUND の舞台裏に密着した初ドキュメンタリー1月23日に配信され、注目を集めた。二人が体験した苦悩や葛藤、歓喜の瞬間までをパッケージし、バンドは生きものなんだということを改めて教えてくれる貴重なドキュメンタリーだ。“血が通う”エレクトリックで、生々しいサウンドと、強く繊細で、美しい日本語が希望と高揚感を与えてくれる1stアルバム『THE SPELLBOUND』が、どう作られていったか、さらにライヴの様子まで、克明に記録されている。中野が小林を叱咤激励し、小林が何かを掴み“解放”され、それがTHE SPELLBOUNDの音楽に昇華される、その軌跡はどこか尊い。

「ドラムの(福田)洋子ちゃんは『(映像には)おっかない中野さんが全然入ってない』って言われましたが、僕としてはこんなところをファンに見せていいのかなっていうドキドキするところと、ここを取り除いてしまったら、このバンドを見せていることにならないという部分がありました。制作の仕方は、模索しながら進めて、こういうやり方がいいのかなって見い出せたくらいで、アルバムの制作が終わってしまいました。僕はこのアルバムに入っている歌詞は、小林くんのいいところが凝縮されていると思っていて、でも実はこれを取り出すのは大変でした。小林くんも自覚的ではなくて、自分が持っているすごくいいものを客観的にコントロールできて、出せる感じではなかった部分もあって、これが小林くんなんだよ、というものを引き出す方法をお互いに考えていきました。これがやっぱりいい言葉の世界観なんじゃないかという基準が、このアルバムの制作を終えたことで、一つ線が引かれてできたので、次はその線からスタートになると思います」(中野)

「人に寄り添って、言葉を手渡すような気持ちで言葉を紡いでいくと、それにふさわしい言葉が残る」(小林)

「丁寧で優しい言葉を欲していました。美しい礼の行き届いた、日本語の愛情深いものを、という感じがあった」(中野)

「歌詞については、音楽が呼んでくる感覚というか、頭で考えることとは別の感覚というか、この音楽が本当の自分の内側から、どんなものを引き出してくれるんだろうという出会いを大切にしました。そういう巡り合わせのようなものを絶対見逃さないようにしたいという気持ちが強かったです。だからこういう歌詞を書こうと最初に決めるのではなく、音楽を一緒に作っていく中で、少しずつ見え始めてきました。今作っているのはすごく“美しい音楽”で、人に寄り添って言葉を手渡すような気持ちで言葉を紡いでいくと、やっぱりそれにふさわしい言葉が残ってくると思えます。作っている時は一生懸命やっているだけなので、どんな傾向があるのか振り返ることはありませんでしたが、やっぱりできあがったがったものを聴き手に手渡するような言葉になった気がします」(小林)。

「僕は小林くんと一緒に過ごしていて、たくさんある引き出しの中で、僕が今、小林くんから聞きたい言葉というのがあったのだと思います。だからそこはあまり理屈ではなく、今小林くんにこういう言葉を歌われたら、感動するんだろうなっていう感覚で、結構僕のわがままで言葉を選ばせてもらったところもあって。それがいいんですか、という感じで進む時もあったかもしれませんが、塊として、作品として集まった時に、僕が歌ってもらいたかったのは何かを考えてみると、丁寧で優しい言葉だったと思います。粗野で乱暴ではない、かといってただ甘ったるくて優しい感じというよりも、丁寧に手渡しするような、というか、美しい礼の行き届いた日本語の愛情深いものを、という感じがあったと思います。そういう言葉たちが出てきた時に、僕は毎回感動していました」(中野)。

「このバンドの成長を見守ってくれたファンと、コミュニケーションを取り続け、ストーリーを共有できた一年だった」(中野)

コロナ禍で結成し、コロナ禍でライヴをやることを決め、ある意味特殊な状況で様々なことを進めていったことが、逆にバンドを強くし、プレッシャーを共有したことで“戦友”のような感覚が生まれたという。2021年7月の恵比寿LIQUID ROOMで行なった初ライヴで見せた小林の涙は、達成感と同時に二人が希望を掴んだ瞬間だった。

「とにかくものすごくホッとした瞬間であり、同時にお客さんみんなが笑顔で拍手をしてくれたという景色を目の当たりにした時に、すごく込み上げてきてしまうものがあって。ここまでの道のりはすごく大変だったけど、その音楽がみんなに届いたと思えた瞬間で、求めていたものはこれだったんだってわかった瞬間でもありました。だから初めてのライヴまでの日々と、あそこで演奏し終わった後に見えた景色っていうのが、自分の中の大きな基準になっています」(小林)。

「去年から今年にかけてまだというか、まず3本のライヴをやって、どのライヴにも特別な思いがあります。特に最初で最後のSTUDIO COASTでのライヴは、どうしてもセンチメンタルな気持ちになりました。自分が演者としても、一音楽ファンとしてもたくさんいい記憶が残っている場所なので、そこで最後に、生まれたばかりのバンドですけど、ステージに上がることができてよかった。あの日はアルバム収録曲を全部演奏しましたが、発売前のアルバムの曲を全部披露するというのも、特殊なパターンでした。でもよかったなと思うのが、今、集まってくれているのは、このバンドの黎明期からのコアなファンで、その人たちに我々の成長過程を見てもらえているというよさがあると思っていて。活動が不自由な分、別のものを共有しているというか、毎週インスタライヴやツイキャスで、数百人のファンを前にして、楽曲の制作の進行具合や日々の雑感を伝え、そういうコミュニケーションをとり続けてきた一年間でした。その中で披露してきたデモ曲を、みんなの前で初めて演奏してみる、そしてそれは次のアルバムに入って形になりますと、そういうストーリーを感じてもらえたと思うので、これからも見守って欲しいです。一番最初から気にかけてくれた人たちに見守られて、育てられたところは確実にあります」(中野)

「STUDIO COASTでのライヴは、もう一回自分の中で新しいが生まれたといっても過言ではない幸せな時間だった。これからその幸せをみなさんにシェアしたい」(小林)

「沢山の人が関わって、あの1日を作り上げたので、自分たちもコーストに向かうまでの日々というのは、インスタライヴとかでファンの方とコミュニケーションをとって、やっとこの場所で会えるね、という特別な日でした。当たり前にできていたことができなくなった時代に、自分たちの思いをダイレクトに人に伝えることができる特別な時間。自分たちも伝わったことがわかる瞬間って、ものすごく幸せな気持ちになれるというか。この日は図らずも僕の誕生日だったのですが、あの日にもう一回自分の中で新しいものが生まれたと言っても過言ではないくらい、幸せな時間でした。これからその幸せをたくさんの人でシェアしていけるようになっていきたいって思えた日でもあります」(小林)。

「というすごい成長があると思うんですよね。1年の間にそういう変化があって、すごいなと思います」(中野)。

「バンドは生き物のような、ひとつの生命体のような存在になってくる」(中野)

この2022年期待の“超大型新人バンド”の1stアルバムを聴くと、早く“その先”を見たくなってしまう。

「このアルバムは、2人でゼロからオギャーと生まれて、どんな人間、大人になっていくのかを見守る過程、という感じです。僕はバンドがいいなって思うのが、一人の人間が思いつくことというのは、特に僕の年齢を考えるともう大体のことは見えてしまっているので、未知数のものを見つけるのが大変な作業です。でも人と過ごすことで、自分の可能性を違う角度から光を当ててもらうことができるようになるけど、それが時々会う人と、信頼関係を築いて日々コミュニケーションをとっていく中で、それを見てもらうのとでは、やっぱり違っていて。それがバンドの中では相互に起きると思うので、前のバンドの時もそれを実感して、バンド自体が人格を持っていたり、このバンドだったらこれが正解というところに自ずと導かれていて、生き物のような、ひとつの生命体のような感じになってくる。真剣にやってるとそういうことも起きてきます」(中野)。

THE SPELLBOUND初のライヴツアー「THE SPELLBOUND TOUR」を、7月3日の宮城・Rensaを皮切りに20日の東京・Zepp Haneda(TOKYO)まで、4都市で開催することが発表された。

THE SPELLBOUND オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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