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開戦から14年―英国のイラク戦争検証と、検証しない日本

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
イラク北部アルビルの国内避難民キャンプの子ども達

この3月20日でイラク戦争が開戦してから、14年目になる。英国のNGO「イラクボディーカウント」の統計によれば、この間、報道されただけでも、約26万8000人が犠牲となったとされるなど、その被害は甚大で、今なお現地の情勢は混乱が続いている。

昨年に始まったイラク軍による同国北部モスルでのIS(いわゆる「イスラム国」)掃討作戦の影響もあり、国内避難民は400万人以上となり、国連などの支援も追いついていない状態だ。なぜ、このような戦争を始めてしまったのか。あらためて、イラク戦争の検証は必要だと強調したい。本稿では、筆者が当初から注目してきた、イギリスでのイラク戦争検証を参考にしながら、日本が目指すべき検証のあり方を考察していきたい。

〇暴露されたブレア元首相からのブッシュ元大統領へのメッセージ

公聴会で追及されるブレア元首相
公聴会で追及されるブレア元首相

「イラクへの軍事行動は、最後の手段ではなかった」「軍事行動に法的根拠があるとは到底言い難い」―昨年7月6日、イギリスのイラク戦争への関与を検証する「イラク戦争調査委員会」は、その報告書を公表。同日、同委員会のジョン・チルコット委員長は冒頭のように、イラク戦争に参戦したブレア政権の判断を厳しく追及した。

また報告書は、イラク戦争へのイギリスの参戦の背景にあった、「特別な関係」とされる英米関係について、「国益や判断が異なる部分で無条件の支持を必要とするものではない」と指摘した。イラク戦争を支持した上、安保法制で集団的自衛権を可能とし、これまで以上に米国の戦争に巻き込まれうる日本にも、イギリスでの検証は他人事ではない。

イギリスでのイラク戦争調査委員会、通称「チルコット委員会」の報告書の公開は、イラク戦争を現地で取材した筆者にとっても、待ちわびたものだった。チルコット委員会が立ち上げられたのは、2009年のこと。トニー・ブレア元首相含む、当時の政権中枢や外務省、国防省の官僚など、政府要人を呼び出しての公聴会、関連の政府公文書を機密解除し、公開するなど、徹底的な検証をチルコット委員会は行ってきた。

だが、イラク戦争開戦までの米国のジョージ・w・ブッシュ元大統領とブレア氏のやり取りなど、外交的にデリケートな情報の公開を米英両政府が懸念。報告書の公表は遅れに遅れ、実に7年越しの公表となった。

そんな紆余曲折を経て、ようやく公表されたチルコット委員会の報告書は、筆者の期待以上のものだった。その圧倒的な文字数は人気小説『ハリー・ポッター』シリーズ全巻の約2. 4倍という膨大なもの。イラク戦争開戦前から、開戦後、そして2009年にイギリス軍がイラクから撤退するまでの情勢まで網羅している。

イラク戦争の検証は、主に大量破壊兵器情報や国際法上での解釈など、これまでも米国やオランダ、オーストラリア、そして日本が行っているが、広範な検証テーマ、膨大な情報量、公開性など、チルコット委員会の検証はとび抜けており、2012年末にA4用紙でたった4枚の概要のみを公開した日本の外務省とは、雲泥の差である

チルコット委員会報告書の公表に伴い、各国のメディアが最も注目したのは、イラク戦争開戦に至るまでのブッシュ氏とのやりとりで、ブレア氏側の一連の文書が公開されたことだ。これらの文書によれば、2003年3月のイラク戦争開戦から1年以上も前、2001年の12月には、既にブレア氏はブッシュ氏にイラクのサダム・フセイン政権を崩壊させることを示唆。翌2002年の7月には、「どんなことがあろうとも、私(ブレア氏)は貴方(ブッシュ氏)と共にある」と書いている。

さらに、「我々にとって危険なことは、フセイン側の交渉に引きずられることだ」「イラク攻撃の時期は来年(2003年)の1月か2月だろう」とも書いている。つまり、大量破壊兵器の廃棄や査察受け入れなどのイラク側の譲歩や、何とか戦争を回避しようという国際社会の努力にもかかわらず、ブッシュ氏とブレア氏は、最初から交渉ではなく、攻撃ありきの姿勢であったことがうかがい知れる。

イラクへの軍事行動は、クレア・ショート国際開発相(当時)のように、批判的な閣僚もブレア政権にはいた。だが、ブレア氏は賛成派の閣僚だけを集め、イラク戦争への参戦へと突き進んだのである。

〇米国にひきずられたイギリス

米軍による虐殺で殺された人々が眠るファルージャの墓地
米軍による虐殺で殺された人々が眠るファルージャの墓地

ブッシュ政権にどこまでも追従したブレア政権だが、報告書を読んでいて興味深いのは、米軍のイラクでのあまりに非人道的な軍事作戦や占領統治の杜撰さにイギリス側も振り回されていた様子がうかがい知れることだ。

例えば、2004年4月、ブレア氏はブッシュ氏への書簡の中で、「ファルージャの状況を極めて憂慮している」と述べている。ファルージャとは、イラク西部の都市で、米軍による徹底的な破壊とそれに伴う虐殺がくり返された「悲劇の地」だ。

また、イスラム教シーア派、同スンニ派、クルド人といったイラク三大勢力のうち、シーア派とスンニ派の宗派間対立が、ファルージャへの米軍の攻撃によって引き起こされるのではないか、とブレア氏側は懸念していたのである。何故ならば、米軍はシーア派を「サダム政権による犠牲者」、スンニ派を「フセイン支持層」と色分け、主にスンニ派が多数派のイラク中部や西部で「フセイン政権の残党狩り」「反米武装勢力の掃討」などの激しい軍事作戦を展開していた。ファルージャはそうしたイラクのスンニ派が直面する危機を象徴する都市であり、よりにもよって米軍は、シーア派民兵を主体とする新生イラク軍と共に、ファルージャに攻め込むなど、シーア派とスンニ派の対立を煽るようなことばかりをしていた。

一方、イギリス側は、宗派間対立の激化は、フセイン政権崩壊後にイラクで民主的な選挙を行い、新たな政権をつくるという復興プロセスの大きな障害になるとして懸念していた。2006年4月にも、ブレア氏はイラクの宗派間対立を危惧する書簡をブッシュ氏に送っている。

そうした危惧は現実のものとなり、同年6月、シーア派の宗教施設アスカリ聖廟が爆破テロに遭い、それを機に、イラクでの宗派間対立は「内戦状態」と言えるまでに深刻なものとなり、後にIS(いわゆる「イスラム国」)が台頭する大きな要因ともなった。

こうしたイラク戦争による混乱は開戦前に予見されたことだった。報告書の公表に伴う会見で、チルコット委員長は「内紛や地域の不安定化、アルカイダの活動のリスクは、侵攻前にはっきりと確認されていた」「英国政府は戦争準備の段階で、イラクを安定化し、管理し、再建する仕事の大きさや、英国にふりかかる責任の重さを考慮し損ねた」とブレア氏ら当時政権を厳しく批判したのである。

〇あばかれたブレア元首相の嘘

チルコット委員長は「対イラク政策が不完全な情報と分析に基づいて策定されたことは明らかで、こうした情報は精査されるべき」と、開戦の口実とされた「イラクの大量破壊兵器情報」のいい加減さも指摘した。

チルコット委員会による公聴会で、元外務官僚で、大量破壊兵器拡散防止を担当したティム・ダウズ氏は、イラクの脅威に対し、当初から英外務省に懐疑的な見方があったことを証言している。「1991年の湾岸戦争以降、イラクの核開発は停止したとされ、BC(生物・化学)兵器の大半が廃棄されていた」「9.11米国同時多発テロのあった‘01年当時、大量破壊兵器保有の恐れが強いのはイラン、北朝鮮、リビアで、それより下だったイラクの脅威は9.11後、さらに後退したと分析していた」(ダウズ氏証言より)。

また、「イラク軍はBC兵器を45分以内に配備できる」というブレア氏の当時の主張についても「45分云々とは通常兵器のことで、BC兵器のことではなかった」と指摘したが、政府見解には反映されなかったのだと言う。

イラク戦争をめぐっては、それが自衛と国連決議による介入以外の戦争を禁じた国連憲章に違反するのでは、という批判が当初からあった。英外務省主席法律顧問だったマイケル・ウッド氏は03年1月、次のようにジャック・ストロー外相(当時)に報告したという。「(イラクに対し大量破壊兵器査察への協力を求める)国連決議1441号は、イラクに対し、大量破壊兵器査察に応じるよう最後の機会を与えたが、これを考慮しても、合法にイラクに武力行使を行えない」「国連安保理決議に基づかない武力の行使は国際法違反の侵略行為になる」等。

ところが、ストロー外相は、ウッド氏の進言を一笑に付し拒絶したという。イギリスでは、最高法律顧問であるピーター・ゴールドスミス法務長官(当時)も当初、新たな決議なしのイラク攻撃は違法という見解であり、それをブレア氏に伝えたが無視されたと証言している。ゴールドスミス氏は、開戦直前に「イラク攻撃は合法」と立場を翻しているが、それについては「戦争に兵士を派遣するのに、合法かもしれないし、合法ではないかもしれないという判断では十分ではなかった」と、イギリスの参戦が決定した中での、苦渋の選択であったとしている。

検証を行わず、米国の戦争に協力強化する日本

イラクに派遣された航空自衛隊は米軍を輸送していた。 防衛省提供
イラクに派遣された航空自衛隊は米軍を輸送していた。 防衛省提供

無制限に「特別な関係」が重んじられ、米国の戦争に追従した挙句、米国の戦争の無茶苦茶ぶりに振り回され、危惧されたリスクが現実のものとなり、それに直面することになる ー イラク戦争でのイギリスの状況は、安保法制で米国の戦争にこれまで以上に加担しようとする日本の、未来の姿だとも言える。

だが、当の安倍政権には、そうした危機感はない。一昨年7月、参院内閣委員会での安保法制審議で、山本太郎参議院議員が米軍のファルージャでの虐殺の事例をあげ、「米軍が国際人道法違反の戦争犯罪を行っていても、日本は米軍を支援するのか?」と問いただした際、安倍首相はその質問に真正面から答えず、「そもそもイラク戦争が起きたのは大量破壊兵器がないことを証明できなかったイラクが悪い」と、詭弁を弄して逃げた。

安倍首相も含め自民党や、外務省の、日本がイラク戦争を支持したことを正当化する根拠は、イラク戦争開戦以来、全く変わっていない。つまり、イラクが大量破壊兵器がないことを証明できなかったこと、イラク側に査察受け入れを求める国連安保理決議1441号と、湾岸戦争の安保理決議678、687号をもって対イラク武力行使容認決議とする、というものである。

だが、これらの日本の言い分が成り立たないものであることは、チルコット委員会の検証によって明らかになった。オランダが2010年に行った検証でも、「安保理決議1441号と678号、687号で対イラク攻撃容認決議とする」という主張は成り立たない、と断じられている。イラク戦争を始めた当の米国ですら、2004年と2006年に上院情報特別委員会で検証を行い、イラク攻撃の最大の口実としていた大量破壊兵器情報の誤りを認めているのだ。

各国が誤りと認めた根拠に今なおすがる日本。イラク戦争支持が間違いだったことすら認められないのだから、今後、安保法制での米軍の軍事行動への一体化においても、何の歯止めもなく泥沼にはまることは、やはり懸念せざるを得ない。だからこそ、今、日本でイラク戦争の検証を行うことは、単に過去の政策の誤りを修正することだけではなく、日本の未来のためにも必要なことなのである。

〇日本でもイラク戦争検証を

イラク戦争公聴会の記録

昨年5月末、超党派の国会議員や学識経験者、反戦運動やNGOなどの関係者による、イラク戦争公聴会が立ち上げられ、筆者も実行委員として参加している。日本が政府として検証を行わないのであれば、有志の国会議員や市民で、検証を行おうというものだ。

衆議院第一議員会館で行われた、第一回イラク戦争公聴会で証言者として来ていただいたのは、元防衛研究所長で、元内閣官房副長官補の柳澤協二氏。柳澤氏はイラク戦争開戦当時を振り返り、米国のやり方に疑問を持ちつつも、「小泉純一郎首相(当時)がイラク戦争支持を決めている中で、どう戦争を正当化できるか、官僚たちも頭をひねっていた」と、国連憲章を遵守するよりも、米国や小泉政権の言うがままに従っていたと評した。

イラク西部の都市ファルージャへの無差別攻撃や、アブグレイブ刑務所での虐待など、米軍の国際人道法違反が行われている中で、日本が米国を支持し続けたことについても、「そういうことを気にするような政府であれば、(イラク戦争を支持し、安保法制が施行されるような)こんなことになっていなかったでしょう」と、国際人道法についてもその尊守に、日本政府や官僚が無関心であったことも指摘した。

自衛隊のイラク派遣についても、「日米同盟の強化のために派遣しましたが、当時としても集団的自衛権の行使はできないという考えでした」「こっちから地元の人たちに武器を向けてない。地元の敵意によって反撃されないという基本条件があったから、結果として一人の犠牲者も出なかったというのが、私のイラク派遣の教訓なんです」と振り返り、「安保法制によって、今度は銃を武器を使わなければならない任務を与えられて、そして戦闘の当事者になっていく可能性が非常に高いわけです」と、安保法制は自衛隊イラク派遣に比しても、無茶苦茶な内容であると批判した。

イラク戦争公聴会では、イギリスでの検証からも学びつつ、今後も大量破壊兵器情報や国際法や国際人道法などでの問題、自衛隊イラク派遣などについて、追及していきたい。こうした検証が、安保法制や改憲の流れを止めていく上で、重要な対抗手段であることを、私たちは確信している。

(了)

*本稿は、イラク戦争の検証を求めるネットワークウェブサイトに寄稿したものに写真等を加えて転載したもの。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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