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5年ぶり8回目の甲子園出場を決めた花咲徳栄。埼玉大会初戦前日に行ったある練習とは?

上原伸一ノンフィクションライター
全国制覇を果たした2017年夏の甲子園で指揮をする花咲徳栄高の岩井隆監督(写真:岡沢克郎/アフロ)

あらゆる想定をして、きめ細かく準備

花咲徳栄高校(以下、花咲徳栄)が5年ぶり8回目の甲子園出場を決めた。春、夏通算で13回目。埼玉県内では33年ぶり4校目となる、(昨年)秋、春、夏の3連覇も達成した。

終わってみれば、Aシードで、優勝候補筆頭と見られていた花咲徳栄は強かった。

だが、埼玉大会初戦前日、岩井隆監督はこう漏らしていた。

「(初戦の2回戦から)7つ、7つ勝たなければならないので…簡単じゃないんですよ」

そして「(強豪との)練習試合でも負けてないので、そこがかえって、というのもあるんです」と続けた。

順調に来ているからこその不安を、2017年夏の甲子園で全国制覇に導いた名将は感じ取っていたのだろう。春は県大会5試合での総得点が58と爆発した打線についても「みなさん、強打のチームだと言ってくれますが、春と夏では違いますからね。同じようにいくとは全く思ってません」と話していた。

2011年から取材させてもらっているが、岩井監督には「準備の人」という印象がある。いざ試合が始まれば、肝を据えて采配を振るうが、試合前はとことん、最悪の事態を想定する。何とかなる、というのはなく、何とかするための対応策をきめ細かく講じるのだ。

例えば、岩井監督が「細工」と呼んでいる小技がそうだ。大会を勝ち抜いていく過程では、打線が振るわない試合もあれば、ポンポンとフライを打ち上げ、アウトを重ねる展開になることもある。そういう時に、バントやエンドラン、あるいは足を使いながら、流れを引き寄せるのだ。

今春がそうだったように、春は実戦で打撃力を磨くために、あえてバントを使わない年もあるが、春の大会が終われば、きっちり「細工」も仕上げる。

花咲徳栄野球部のグラウンドは埼玉県加須市にある学校の敷地内にある(筆者撮影)
花咲徳栄野球部のグラウンドは埼玉県加須市にある学校の敷地内にある(筆者撮影)

ローソクの炎を消す練習の狙い

「準備の人」である一面は、埼玉大会初戦前日にも垣間見られた。その晩、岩井監督はメンバーの選手たちを選手寮のミーティングルームに集めると、部屋の電気を消し、ある練習をさせた。

ローソクの炎をバットスイングで消す練習である。かつて、昭和世代の選手が取り入れていた練習法であるが、令和の選手たちは、見たことも聞いたこともない。「いったい何が始まるんだ、という感じでしたね」(岩井監督)

岩井監督はこの練習の狙いを次のように説明してくれた。

「ローソクの炎は、バットを内側から出し、バットヘッドを走らせなければ、消すことができません。力任せにスイングの風圧で消そうとすると、炎は押し戻されるので、上手く消えないのです。「ブーン」でなく、「ブン」という短い音のスイングでないと消えないですね。

ローソクの炎が一発で消せる選手は、常に理にかなった打ち方ができる選手です。ウチなら、主将の生田目奏や、石塚裕惺(いずれも3年)といった選手ですね。
一方、そうでない選手は、相手によって力むなど、自分の打ち方が変わってしまうことがあるんです。どんな状況でも、練習で培ったスイングをする。それを今一度、胸に刻んでほしかったんです」

もう1つ、精神的な狙いもあった。

「負けたら終わりの夏の大会で、監督が『集中しよう』とか『冷静に、慌てるな』と言っても、選手は『ハイ!』と返事はするものの、具体的にどうすればいいか、わからないでしょう。ローソクの練習を経験すれば、それがどういう精神状態なのか、イメージが湧くと思ったんです」

夏の埼玉大会、苦しい試合もあった。西武台高校との準々決勝では、あとアウト1つでコールド勝ちという展開から同点とされ、タイブレークに。天候不良による1時間26分の中断をはさむ4時間14分の熱戦を辛くも制した。

また昌平高校との決勝も、終盤の8回裏に4点差を追いつかれ、タイブレークの延長10回表に5点を入れて突き放すも、その裏2点差まで迫られた。

岩井監督が話していたように、7つ勝つのは簡単なことではなかった。

ローソクの炎を消す練習は、数え切れないほどの準備のうちの1つ。その効力は目には見えないが、この練習もまた、5年ぶりの夏の甲子園出場を成し遂げるためのピースになったに違いない。

ノンフィクションライター

Shinichi Uehara/1962年東京生まれ。外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのライターになる。これまで活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」、「大学野球」、「高校野球マガジン」などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「現代ビジネス」などに寄稿している。

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