我々は新たな金利の世界に備える必要がある
2024年3月19日、日銀は金融政策決定会合において「無担保コールレート(オーバーナイト物)を0~0.1%程度で推移するよう促す」ことを決めた。
これが何を意味するのか。
これは日銀にとっては金融政策の大転換であった。日銀は異次元の緩和策から、普通の金融政策に歩を進めることができたのである。
日銀は大胆な金融緩和策から方向を変えることすらできないと、市場参加者の多くもみていた。それだけ日銀は金融政策の自由度を失っていたといえる。その呪縛から解き放たれたのが、2024年3月なのであった。
マイナス金利政策はデンマークやユーロ圏、スイス、スウェーデンなどでも実施されていたが、極めて異例の金融政策であった。
スウェーデンは2019年12月、2022年7月に欧州中央銀行(ECB)、同年9月にスイスとデンマークがそれぞれマイナス金利政策を解除した。
日本でも2022年4月から日銀の物価目標である消費者物価指数(除く生鮮)が、目標値の2%を超えてきたにもかかわらず、日銀はビクとも動かなかったのである。
そして2024年3月19日にマイナス金利政策そのものを解除した。そしてもうひとつ、長期金利コントロールも解除された。
2023年4月9日から植田和男氏が日銀総裁に就任したが、この際にも安倍派の有力議員から、金融政策の方向は変えるなという指摘を国会などで受けていた。
2023年7月28日に開催された日銀の金融政策決定会合では、イールドカーブコントロールの修正が行われた。長期金利コントロールのレンジを0.5%を目途として残しつつ、1.0%まで引き上げたのである。
この念頭にあったのは円安対応と、日銀ができる範囲の物価への対応であり、債券市場の機能回復が主目的ではなかった。これも日銀が方向転換をしたのでなく、あくまで微調整としていた。
2024年3月19日の金融政策決定会合において長期金利コントロールを解除したのである。
これによって長期金利の形成は再び本来のあるべき姿である市場に委ねられた。しかし、日銀の無理矢理な長期金利コントロール、特に無期限・無制限の指値オペによる国債買入の後遺症は残ることとなる。
いずれにしても、2024年3月のマイナス金利政策と長期金利の解除は、ある意味、当然のことで遅すぎたぐらいである。これは金融緩和の調整と日銀は表現したが完全な方向転換であった。
どうして方向転換ができたのか。
これには政権側の意向もあった。物価の上昇が続き、欧米の中央銀行が利上げを行い、日銀が動けないとみたヘッジファンドなど、円売りドル買いを仕掛けるなどしていたことで、日銀の政策修正を岸田政権が求めていた。
さらにアベノミクスという政策を続けるよう求める旧安倍派が政治資金問題によって解体し、その幹部の影響力が後退していた。日銀へのプレッシャーが後退していたことも影響していたといえる。
2024年3月に日銀は方向転換が出来た。これが日銀が金融政策の正常化を進める足がかりとなり、それをさらにすすめるべく、その体制作りも進んだ。
今後はさらなる政策金利の引き上げが視野に入る。
1999年以降、日銀の政策金利の引き上げは2000年にゼロ金利政策の解除、2006年から2007年にかけて0.5%への引き上げのみである。1999年以降の政策金利はゼロ近傍もしくはマイナスの状態が続いていた。そしてそれがあたり前のようになってしまった。
前回利上げのあった2000年や2006年、2007年は結局、一時的なものとなったのではないか。その後ITバブルの崩壊やリーマン・ショックなどが起きてまた金利は引き下げられており、今回も同様に利上げをしても一時的ではないかとの見方もあろう。
しかし、2024年3月のマイナス金利政策の解除とし7月の0.25%への利上げにより、日銀が金融政策の正常化に向けて本格的に動き出してきたといえるのである。
注意すべき点は前回利上げのあった2000年や2006年、2007年当時の消費者物価指数はゼロ近傍となり、現在の2%を超えている状況とは異なることである。このため物価などに応じて政策金利を引き上げることが予想されるのである。
日銀はまず0.5%への利上げの準備を行ってこよう。さらに2025年中にも1%台に引き上げることが予想される。そうなれば長期金利が、こちらも1999年以降の上限となっていた2%を超えてくる可能性が出てくる。
金利の1%や2%程度で、本格的な金利回復といえるのかどうかはわからないが、とにかくここ25年ぐらいの間にはなかった新たな金利の世界が出現する可能性が出てきた。
25年前と現在では国債の発行量、残存量が大きく異なる点にも注意が必要となろう。長期金利の上昇は財政にも影響を与えることになる。
我々は新たな金利の世界に備える必要があろう。