Yahoo!ニュース

ブラジル戦惨敗の教訓。「繋ぐ」前に「奪う」プレイを

杉山茂樹スポーツライター

アギーレは「アジアカップのメンバー選考を兼ねた準備試合」だと言った。9月、10月、11月に行なわれる親善試合6試合を、当初からそう位置づけていた。ブラジル戦といえども例外ではなかった。

ブラジルとはこれまで何度か対戦してきた。胸を借りてきたわけだが、「ベストメンバー度」という点では、今回の日本代表が最も低い。日本のスタメン選手を見て、ブラジルはさぞ驚いたに違いない。スタジアムを満員に埋めたシンガポールのファンもしかり。香川真司に加えて、本田圭佑もスタメンにいない日本代表に、いささか拍子抜けしたと思う。

ブラジル戦はいわば晴れの舞台。選手にとっては憧れの舞台だ。にもかかわらずアギーレは、そこにキャップ数の少ない選手をずらりと並べた。

弱者である日本の方が、むしろ練習試合、テストマッチ色の強いメンバーで臨んだ。準備試合というコンセプトを貫こうとした。結果を欲しがろうとしない戦いをした。

ブラジルとは、ザックジャパン時代にも2度対戦し、0-4(2012年10月強化試合)、0-3(2013年6月コンフェデ杯)で敗戦している。しかし、どちらの方が試合になっていたかと言えば、今回だ。メンバー落ち、テスト色を全面に出した割には試合になっていた。18分、日本は先制点を許したが、少なくとも前半は褒めていい出来だった。日本は臆することなくキチンと攻めた。メンバーを落としながら強国ブラジルに善戦。世の中に、格好の良い姿を披露することができていた。

しかし、その流れは後半開始早々に一変した。その3分に2点目を許すと、それまでの均衡状態は瓦解した。「少なくとも以降15分間、悪い形が続くことになった」とはアギーレの言葉になる。

この失点を招く原因を作った選手は、アギーレがジャマイカ戦後の会見で「ワールドクラス!」と称賛した柴崎岳だった。彼の軽いプレイが発端になっていたのは何とも言えぬ皮肉だった。そのふわっとしたプレイで、攻守はたちまち入れ代わり、ブラジルは日本陣内に、堤防が決壊したかのような勢いでなだれ込んできた。

後半14分にも、柴崎はその手のミスを犯し、決定的なピンチを招いている。

柴崎のボールさばきは、確かに悪くない。ワールドクラスは言い過ぎとしても、世界的に見てまずまずのレベルにある。しかし中盤選手の善し悪しは、ボールさばきだけで決まるわけではない。悪い奪われ方をしない選手。悪いタイミング、悪い場所でボールを失わない選手。あってはならないミスを犯さない選手こそが、良い中盤選手の条件になる。

後半3分、柴崎が奪われた場所は真ん中だった。センターサークル付近で、日本とブラジルの攻守は入れ代わった。奪われる位置が、真ん中ではなくサイドなら話は少し違っていた。ゴールまでの直線距離は、真ん中よりサイドの方が長い。ワンプレイ、ツープレイ分、時間を稼ぐことができる。「奪われるなら外」といわれる理由だ。サイドにボールを運ぶメリット、サイド攻撃の有効性を示すものにもなる。

真ん中で奪われる本当の意味での怖さを、柴崎が知らなかったとしても不思議はない。Jリーグでは同じようなミスを犯しても、失点に繋がることはまずないからだ。

森岡亮太も前半、ここで奪われるとマズイなと思わせる場面でボールを失い、それが日本にピンチをもたらしている。田口泰士も後半、サイドに振ったミドルパスをカットされ、そこから逆襲を招いたことがあった。

世界のトップクラス、ベスト16の常連国を向こうに回した場合は、それが致命傷に繋がる。彼らはその瞬間を手ぐすね引いて待ち構えている。そこでミスを犯さないのが良いチームであり、良い選手。その罠にまんまと引っ掛かってしまった柴崎は、ワールドクラスとは言えない。

むしろこれは、日本が狙うべきプレイだ。良いタイミング、良い場所でボールを奪う。アギーレは就任直後の記者会見で「まず守りを」と述べた。日本のメディアの中には、方向性が違うのではないかと指摘する声もあったが、ボールを奪わなければ、攻撃は始まらないのだ。良いボールの奪い方をしなければ、良い攻撃は始まらないのだ。

この日のブラジルは、そのお手本だったと言える。ブラジルは試合開始直後から、ボールを繋いだ。ボールを支配した。しかし、それだけでは日本を圧倒することができなかった。

ブラジルよりボール操作術が低い日本が考えなければならない点だ。いかに繋ぐかも大切だが、それと同じぐらい、いやそれ以上に、いかに奪うかは重要なテーマになる。

柴崎は、言ってみれば繋ぐ派の代表選手だ。国内ではそれで十分やれているが、出るところに出れば、それだけでは足りない選手になる。逆に相手の餌食になる。日本は強者ではないのだ。強者のブラジルでさえ、奪うことに全精力を傾けてくる。奪った勢いを大切にしようとする。弱者の日本は、もっとそこに拘(こだわ)る必要がある。

弱者なのに暢気(のんき)。弱者なのに軽い。チームの中にピリピリとしたムードが漂っていない。ザックジャパンは特にその傾向が強かったが、アギーレジャパンにもそのイメージは依然として残る。日本の癖になりつつある。この日の柴崎のようなプレイがゼロにならない限り、ベスト16以上は望めない。

奪う。奪われる。この点にもっとシビアにならなければ、日本はワンランク上のチームにならない。僕はそう思うのだ。

(集英社・Web Sportiva 10月15日 掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

たかがサッカー。されどサッカー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

たかがサッカーごときに、なぜ世界の人々は夢中になるのか。ある意味で余計なことに、一生懸命になれるのか。馬鹿になれるのか。たかがとされどのバランスを取りながら、スポーツとしてのサッカーの魅力に、忠実に迫っていくつもりです。世の中であまりいわれていないことを、出来るだけ原稿化していこうと思っています。刺激を求めたい方、現状に満足していない方にとりわけにお勧めです。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

杉山茂樹の最近の記事