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コロナ禍での五輪に熱狂する人々の心理とそこで忘れてはいけないこと

原田隆之筑波大学教授
(写真:アフロスポーツ)

東京オリンピックの熱狂

 いよいよ東京オリンピックが始まった。開幕前は、批判や反対が大きかったが、いざ始まってみると、連日のメダルラッシュに日本中が熱狂している。スタジアムや会場には入れなくても、少しでも近いところで雰囲気を味わいたいという人たちが、その周囲に大勢押し寄せているそうだ。

 いっときは、6割もの人が反対していたという五輪開催だが、反対していた人たちはどこへ行ってしまったのだろうか?

 私自身、この時期の五輪開催には反対であった(「安心、安全なオリンピック」というスローガンに決定的に欠けているもの)。そして、私だけでなく五輪開催に反対していた多くの人は、五輪そのものが嫌いで反対していたのではない。

 選手の活躍を観たり、応援したいという気持ちの反面、感染状況が一向に収束を見せないなかでの強行開催や、穴だらけの「バブル方式」などといった不十分な対策に不安を覚え、反対していたのである。

予想通りのことが起こっている

 このように考えると、反対していた人があれほど多かったのに、いざ始まってみると、多くの人々が選手の活躍に歓喜してオリンピックを観ているということは、一見矛盾しているように思えるが、矛盾でも何でもないし、手のひら返しというわけでもない。元々からあった相矛盾する心理の一方が表に現れているだけである。

 さらに、長引く自粛や感染症への不安のなかで、鬱積した気持ちを晴らしたいという気持ちも影響し、久しぶりの明るいニュースに歓喜しているのだといえるだろう。これもまた自然な心理である。

 その一方で、予想通り危惧していたことが起こっている(2021年7月6日付毎日新聞「そこが聞きたい 東京五輪とコロナ対策」)。私が五輪に反対であった一番の理由は、感染対策を呼び掛ける一方、五輪という「お祭り」を開催することで、「出かけるな」「出かけろ」という矛盾したメッセージになってしまうということであった。それが人流の増加を招き、感染の再拡大につながることを危惧していた。

 矛盾したメッセージを受け取ると、人は往々にして自分の都合のよいほうを受け取り、他は無視してしまう。つまり、それまで外出を我慢していた多くの人は、「出かけろ」というメッセージのみを受け取ってしまうのだ。

 さらに、「これまで我慢してきたのだから4連休くらい出かけてもいいだろう」「五輪が開催できるのだから少しくらい遠出しても大丈夫だろう」などと、恰好の言い訳になってしまう。

 いくら無観客にしたところで、お祭り騒ぎを国を挙げて行い、ブルーインパルスまで飛ばせば、嫌でも人々の心は昂揚し、「出かけろ」というメッセージとなってしまい、一方の「出かけるな」はむなしく響くだけになっている。

 テレビを観て熱狂しているだけならよい。しかし、現実を見ると、先に述べたように、会場周辺に多くの人が押し寄せているし、開催前の4連休には全国の観光地などに驚くほど多くの人が押し寄せた。おそらくは今後、感染は地方にも急拡大するだろう。

熱狂のなかで忘れてはならないこと

 この五輪の熱狂のなかで、われわれが忘れてはいけないことが3つある。

 1つは、政府は感染症蔓延のなかで、五輪開催という「賭け」に出たという事実である。この場合、賭けられたのは、われわれ国民の生命や健康である。

 これは大会が成功しようが、日本人選手がたくさんメダルを取ろうが、そういう結果論とは関係ない。どのような結果となっても、政府がこのような「賭け」に出たという事実は変わらない。このことは決して忘れてはならないことである。

 さらに言えば、安全な大会に終わればまだよいが、五輪が終わるころまでには、感染状況は間違いなく大きく悪化するだろう。つまり、「結果よければすべてよし」ということにはならない可能性のほうが大きい。

 なぜなら、人流の増加は、これまでも感染増加と非常に大きな関連があったからである。よほどの奇跡が起こらない限り、地方も含め感染増大は避けられないだろう。

 第2に、「パンとサーカス」という言葉があるように、政府は国民にオリンピックという「サーカス」を見せることで、これまでの感染症対策や経済対策などに対する不満を忘れさせようとしているということだ。

 今不満を述べている人々も、一旦五輪が開催されると、熱狂してそんなものはなくなってしまうと目論んでいるのだろうが、このような「愚民政策」に騙されてはいけない。

 第3に、現実にコロナ禍はまだまだ終わってはいない。このことも決して忘れてはいけない。

 われわれは、長い自粛生活や感染への不安で、心が疲弊している。こんな生活は一日も早く終わらせたいと思っている。4連休や五輪開催という「非日常」のなかで、一時的にはコロナのことを少し忘れることができたかもしれない。しかし、東京や沖縄は「緊急事態宣言」の真っ只中にあり、感染急拡大中である。 

 五輪開催中は、世界の紛争地では停戦協定が結ばれている。しかし、感染症に停戦も休日もない。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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