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新型コロナに罹ったらイブプロフェンは飲まない方が良いのか

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

フランスのヴェラン保健大臣がツイッターで「新型コロナウイルス感染症に罹ったらイブプロフェンなどの薬を飲まないように」という趣旨の発言をしました。

抗炎症薬(イブプロフェン、コルチゾンなど)を服用することは、感染を悪化させる要因になる可能性があります。発熱がある場合は、パラセタモールを服用してください。すでに抗炎症薬を使用している場合、または疑わしい場合は、医師に相談してください。

という発言です。

コルチゾンというのは、いわゆるステロイドと呼ばれるものであり、解熱効果はありますが免疫抑制作用があり感染症を悪化させる危険があるため、感染症と分かっている状態では確かに一部の例外を除いて使用することは推奨されません。

イブプロフェンは非ステロイド系消炎鎮痛薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs;NSAIDs)と呼ばれるもので解熱効果があります。例えばロキソニン(ロキソプロフェン)、ブルフェン(イブプロフェン)など感染症などの熱が出る病気のときにはよく処方される薬剤であり、ロキソプロフェンは2011年からはロキソニンSという商品名で市販薬が発売開始されています。

熱で病院を受診した際にも、ロキソニンやブルフェンなどのNSAIDsを処方されることは多いかと思います。

これらNSAIDsは新型コロナウイルス感染症の際に使用しない方が良いのでしょうか?

熱を下げるメリットは?

そもそも薬で熱を下げることによるメリットはなんでしょうか?

熱を下げることによって、当然ですが発熱そのものによるだるさが取れますし、発熱に付随する頭痛、関節痛、筋肉痛といった症状も緩和されます。

また体温が1℃上がるごとに体の酸素消費量は13%増えると言われています。

ですので、例えば心不全などの慢性疾患のある患者さんでは代謝を抑え心不全の悪化を防ぐ意味で解熱薬を使用することは有用であると考えられます。

どうやって熱を下げるのが良いのか?

熱を下げる方法は大きく分けて2つあります。

1つは外部から体を冷やすこと(クーリング)です。

代表的なのは薬局などでも売っている、おでこに貼って冷やすタイプのシートです。

病院では血流の多い首や太ももの付け根に氷などを当てて冷やすことが多いです。

もう1つは解熱薬を使用することです。

主にアセトアミノフェン、NSAIDsの2種類が使用されます。

NSAIDsは先ほどご紹介したとおり、ロキソニンやブルフェンなどです。

アセトアミノフェンは商品名で言うとタイレノールAやバファリンルナJなどであり、ヴェラン保健大臣が推したパラセタモールもアセトアミノフェンです。

谷崎 隆太郎 エビデンスに基づいた解熱鎮痛薬の使い方 週刊医学界新聞 第3348号を改変
谷崎 隆太郎 エビデンスに基づいた解熱鎮痛薬の使い方 週刊医学界新聞 第3348号を改変

これらの薬は飲んでから1〜2時間後に解熱効果が出てきて、4〜6時間後には効果がなくなります。

かと言ってずっと飲み続けたり多く飲みすぎたりすると副作用が出やすくなります。

NSAIDsでは消化性潰瘍、腎障害などの副作用が多く、アセトアミノフェンでは肝機能障害がみられることがあります。

解熱薬は用法用量を守って使用するようにしましょう。

イブプロフェンは新型コロナウイルスを細胞に侵入しやすくする?

では新型コロナウイルス感染症に罹ったときにNSAIDsを使用すると何か問題があるのでしょうか?

結論としては「現時点では分からない」としか言えません。

新型コロナウイルス感染症に対してNSAIDsの影響を検討した研究は現時点では報告されていません。

SARS(重症急性呼吸器症候群)を起こすSARS-CoVや、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は肺や腎臓などの上皮細胞に発現しているアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を介して標的細胞に結合し侵入することが分かっています。

ランセット誌では「イブプロフェンが体内のACE2を増やし、これによって新型コロナウイルスの感染が増強されるのではないか」という仮説が紹介されています(http://doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30116-8)。

ヴェラン保健大臣はこの仮説から「イブプロフェンなどのNSAIDsを避けるべき」と発言したものと思われます。

しかし、これは実際に確かめられたわけではありませんので、今後の検証結果を待たなければなりません。

重症感染症にNSAIDsを使うと死亡率が高くなる

しかし、感染症全般に関するNSAIDsの使用についてはすでに否定的な報告が多くあります。

新型コロナウイルス感染症ではありませんが、インフルエンザや敗血症(感染症により生命を脅かす臓器障害が引き起こされる状態)の際にはNSAIDsは使用しない方が良いかもしれません。

動物実験ではすでにインフルエンザに対して解熱剤を使用した方が使用しない場合と比較して1.34倍死亡率が高かったとする報告があり(J R Soc Med. 2010 October 1; 103(10): 403-411.)、ヒトに対する影響についても現在臨床研究が行われており、結果が待たれるところです(ClinicalTrials.gov Identifier: NCT01891084)。

また敗血症の患者に解熱薬を使用した場合に死亡率が高くなったというヒトでの報告もあります(Crit Care. 2012 Feb 28;16(1):R33.)。なお、この研究ではクーリングによる解熱は死亡率を悪化させなかったとのことです。

別の研究ではアセトアミノフェンの使用は重症感染症が疑われる患者への使用で特に経過に影響を与えなかったというものもあります(N Engl J Med. 2015 Dec 3;373(23):2215-24.)。

ということで、新型コロナウイルスに特化したエビデンスは今のところなく仮説のみですが、感染症全般で考えれば確かにNSAIDsには有害な報告が多いと言えます。

ロキソプロフェンなどのNSAIDsは薬局などで手に入りやすい薬剤ですが、安易に飲むと副作用の方が問題になることがあります。

熱の原因が感染症と分かっている場合には、自己判断で飲まないようにしましょう。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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