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やっぱり核/新型コロナ“克服”演出/砲兵プロの高速出世――いろいろ見せた金正恩氏の「党軍事委」会議

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
大型モニター画面を指し示す金委員長=労働新聞よりキャプチャー

 北朝鮮の朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議がこのほど開かれ、核抑止力強化などの方針が示された。米国との交渉が停滞して制裁解除が望めず、経済難のうえに新型コロナウイルス対策での国境封鎖が追い打ちをかける。そんな中での「核」への言及は、米国を威嚇して交渉のテーブルに引っ張り出したいという思惑と、国内の引き締めを図りたいという意図を同時に感じさせるものだ。

◇参加者はマスクを外し

 会議は党庁舎で開かれたようだ。金正恩朝鮮労働党委員長にとって22日ぶりの公開活動で、軍高官の前でリーダーシップを誇示した。

 労働新聞が伝えた13枚の写真では、ひな壇に座ったのは金委員長だけ。机の上にはタバコと灰皿、ノート、ペン、眼鏡が置かれてあった。別の場面では、金委員長が、檀上に設けられた大型モニターを長い棒で指し示しながら何かを説明していた。モニター画面はモザイク処理されていた。

 新型コロナウイルス感染を封じ込めていると強調するためか、マスクを着用している参加者は見当たらなかった。朝鮮中央テレビの映像によると、出席者は金委員長が会議室に入るまではマスク姿だったが、金委員長が着席したころには一斉に外したようだ。

◇復活した「核」の威嚇

 会議では「国の核戦争抑止力をより一層強化」という文言が使われた。ただ、その具体的内容は明らかにされていない。

 北朝鮮は2017年11月に「国家核戦力完成」を宣言したあと、翌年には対話攻勢に転じた。米国や中国、韓国、ロシアとの首脳会談が続くなか、対話を優先する立場から、この「核」という言葉は差し控えてきた。

 だが2019年2月に米国との対話が決裂し、制裁が長期化すると、北朝鮮は同年12月、ミサイルエンジンの燃焼実験とみられる「重大な試験」に言及した際、「戦略的核戦争抑止力」という用語を使って米国を威嚇した。

 北朝鮮は燃焼実験のころ、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の試射など「さらなる戦略兵器」(朴正天・朝鮮人民軍総参謀長)による挑発をちらつかせていた。だが、今年になって新型コロナウイルス感染が国際社会にまん延し、その対応を優先する立場から先送りにしたとみられる。北朝鮮が今回、改めて「核戦争抑止力」を持ち出した背景に「挑発の軌道を元に戻す」という意図が隠されているとの解釈もある。

◇国内外にらんだ人事

 今回の拡大会議で決定した人事にも「核」言及に絡んだ事情がありそうだ。

 北朝鮮の核とミサイル開発の中心人物の李炳哲・党中央委副委員長兼軍需工業部長が、金委員長(党中央軍事委員会委員長も兼任)に次ぐ党中央軍事委副委員長に選出された。韓国統一省の資料では、最近、副委員長ポストは空席になっていたようで、戦略兵器開発に向けた金委員長の強い意思がうかがえる。

サインする金委員長を見守る李炳哲氏(左から2人目)や朴正天氏(右から2人目)ら=労働新聞よりキャプチャー
サインする金委員長を見守る李炳哲氏(左から2人目)や朴正天氏(右から2人目)ら=労働新聞よりキャプチャー

 朴正天氏は金委員長から厚い信任を得て、今回、大将から次帥に昇進した。朝鮮人民軍砲兵局長だった昨年9月に、軍序列2位の軍総参謀長に抜擢され、今年4月に党政治局員、今回は次帥昇進と「スピード出世」を果たしている。この人事は、北朝鮮が砲兵戦力強化の意思を明確化したともいえる。

 さらに、治安組織のトップである鄭京沢・国家保衛相は大将に昇進した。新型コロナウイルス対策により国境の封鎖が続くなか、国内の引き締めを図るため、治安機関の強化を図る狙いがあるようだ。

◇金正恩体制の駆け出しを支えた党中央軍事委

 北朝鮮の軍事機構は主に、党中央軍事委のほか国務委員会、軍総政治局、軍総参謀部、人民武力省がある。

 党規約では、党中央軍事委は党大会と党大会の間に発生する国防事業全般を党として指導すると規定している。それを行動に移すのは、軍総参謀部や軍総政治局、人民武力省などだ。韓国統一省の資料によると、党軍事委は1962年12月の党全員会議で設置された。当初は党中央委員会傘下機関だったが、1982年ごろに格上げされ、党中央軍事委と改称された。先代の金正日総書記の時代には国防委員会が力を持っていたため、党中央軍事委の存在感は薄かった。だが、金正恩体制になって権限が拡大され、党の重要機関となった。

 そもそも党中央軍事委は、金正恩氏が権力を継承する過程で重要な役割を果たしていた。2010年の党代表者会で後継者としてデビューする際、金正恩氏は「党中央軍事委副委員長」の職責だった。北朝鮮の指導体制は党が中心だが、金総書記の時代には軍優先の「先軍政治」が敷かれた事情から、後継作業を「党と軍の架け橋的な役割」である党中央軍事委が受け持った、という説がある。

 こうした流れから、金正恩体制では、党中央軍事委の役割が見直され、安全保障と軍事分野に関連する重要な決定がなされるようになったという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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