1970年代アメリカのジャーナリストたちは、権力に「忖度」したのか?『ペンタゴン・ペーパーズ』
今回はスピルバーグ監督、メリル・ストリープ&トム・ハンクス主演の『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』をご紹介します。1970年代の新聞社「ワシントン・ポスト」を舞台に描くこの物語、この顔ぶれだけを見ただけで、もう絶対にハズレなし!ってわかる作品ですが、その上、機密文書なんて、なんなの今の日本の話?!なんて思っちゃいますねー。違いますけど、違いますけど、ちょっと近い。ということで、まずはこちらをどうぞ!
まずは「ペンタゴン・ペーパーズ」ってなんなの?って話から。
「ペンタゴン・ペーパーズ」というのは通称で、正式名称は「米合衆国のベトナムにおける政策決定の歴史1945-1966」。国防長官ロバート・マクナマラの指示で1967年に作られたもので、当時アメリカが深く関わっていたベトナム戦争、その実態が書かれた報告書です。映画は、執筆者の一人がその一部を外部に持ち出し、一枚一枚コピーしまくるという場面から始まります。1971年にこの最高機密が政府内部からリークされ、アメリカ中がひっくり返るような大騒動になったんですね。
さてこのレポート、政府はなんでそんなに秘密にしなきゃいけなかったのか。そしてリークによって、なぜそんな大騒動になったのか。
当時のアメリカは米ソ冷戦のまっただ中で、「ドミノ理論」というのが言われていたんですね。それは、ひとつの国が共産化するとドミノ倒しみたいに周囲も共産化する!というものです。ベトナムは太平洋戦争末期にフランスから独立して共産政権を樹立していたわけですが、アメリカはこれに強く反応。北部の共産政権に対し、南部ハノイに傀儡政権を作り、これを支援していたんです。始まった南北ベトナムの戦争は、内戦のようでいて米ソの代理戦争だったんですね。
でも北ベトナム政権はなかなかにしぶとく決着がつかない。ケネディ政権からは兵士の急激な増派が始まり、不慣れなジャングルでのゲリラ戦を強いられた米軍は、死傷者数もうなぎのぼり。アメリカ国内には次第に「この戦争ほんとに正義なの?」「アジアの小国のためにそこまでやる必要あるの?」「てか勝てるの?」みたいな空気が蔓延してゆきます。
そんな中、密かに作られていたのがこの「ペンタゴン・ペーパーズ」です。
そこには、「アメリカの本格参入の大義となった事件は、実はアメリカの仕込み」「アメリカ人は”ベトナム人を助けてるつもり”だが、ベトナム人の多くは”正義の押し売り”と思ってる」「アメリカは枯葉剤とか対人地雷とか、非人道的な兵器をがんがん使ってる」「その上勝てる見込みはぜんぜんナシ」みたいな、ベトナムのホントのホントが冷静に書かれていたんですね。今更勝てないとは言えない、とか、自分の政権の失敗と思われたくない、とか、様々な理由から、アメリカ政府はこれらを全部秘密にして、自国の若者をじゃんじゃん戦場にぶっこんでいたワケですから、執筆者の一人が道義的な思いに駆られてリークしたのも無理はありません。
さてこの映画の一番の魅力は、やっぱりジャーナリストたちのカッコよさです。『スポットライト 世紀のスクープ』なんかもそうですが、権力に屈せず事実を報道する、そのプライドこそがジャーナリストの本質であり、すべてなんだなと実感させられます。映画の最大の見せ場は、「超ド級ネタを手に入れたジャーナリストたち」vs「会社を守る立場の上層部」、ワシントン・ポストを二分して繰り広げる、掲載するか、しないかの大激論です。
ここでミソになるのは、実はワシントン・ポストは「後追い」であること。実はニューヨーク・タイムスが、すでにこの文書の内容をスクープしているんですね。じゃあなにがそんなに問題なのかと言えば、裁判所がタイムスに対して掲載差し止め処分を出しているから。それを承知でポストが掲載すれば、それは裁判所命令の無視であって、要するに“ケンカ上等”な行為なんですね。でもここでどこかがタイムスに続かなければ、権力による隠ぺいと戦争への暴走を許してしまうことになりかねません。
権力に楯突いたら会社がなくなるかもしれない。「“報道の自由”はタイムスに任せればいい……」という上層部の態度は、まさにこれぞ「忖度」という感じで、今の日本に住む私たちには妙に生々しく響きます。「忖度」を「べつに圧力があったわけじゃない」とする人もいますが、無言の圧力に屈せざるをえない状況にあるっていうことで、新聞社側はやっぱり「報道の自由」を失っているわけです。
でもそんなふうに“報道の自由”を失った新聞社が、読者に信頼されるのか。何よりも”報道の自由”を第一に考える編集主幹、トム・ハンクス演じるベン・ブラッドリーがここでいうセリフは、これぞジャーナリスト!というカッコよさです。
そして彼らのプライドに応えGOサインを出す社主、メリル・ストリープ演じるケイ・グラハムが、これまた素晴らしい肝の座り方。夫の死によって社主になった彼女は、男社会でバカにされ、何をするにも委縮して自信のない女性経営者として登場するのですが、最終的には全責任を引き受けてあらゆる雑音をシャットアウトする彼女の在り方には、女性ならずとも胸がすく思いがすると思います。
さてこの報道がなされたのは1971年で、さらに翌年に起こった「ウォーターゲート事件」(民主党本部の盗聴事件に始まるニクソン政権の政治スキャンダル)をスクープしたポストは、「1地方紙」から「一流全国紙」へと格を上げてゆきます。映画のラストは、この事件を描いた70年代の映画『大統領の陰謀』に続くかのような匂わせがあり、映画ファンにはちょっとうれしいところ。
こちらの作品でも編集主幹のベン・ブラッドリーが登場するのですが、スクープをモノにしたい若手記者を「裏がとれなければ載せない」と突っぱねる様子には、あ、同じ人だ!なんて思ったりして。こういうプライドを持ったジャーナリストが、今の森友問題に揺れる日本にもいてくれるといいなあと願うばかりです。
ちなみに「ペンタゴン・ペーパーズ」は、現在はアメリカの国立公文書館記録管理局の公式サイトで全文公開されています。こちらに記されている公式名は「Report of the Office of the Secretary of Defense Vietnam Task Force」で、’68年までの記録となっているようです。めちゃめちゃ膨大ですが、ご興味のある方はぜひ。
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