『命のバトン』新生児の特別養子縁組 養子・養親・生みの親すべてに明るい未来がある
愛知県の“赤ちゃん縁組”を題材としたドキュメンタリードラマ『命のバトン ~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~』が11月18日、BS1で午後8時から放送される。この番組は、同県内で2020年に20歳の女性が公衆トイレで赤ちゃんを出産し、死体を遺棄した事件をきっかけに制作された。NHK名古屋放送局は「新生児0日死亡に至るまでに、女性と赤ちゃんを救うことはできなかったのか?」を検証。複数の事例の取材に基づいたドキュメント部分と、このような事件を防止するメッセージを多くの人に伝えることができるドラマ部分を織り交ぜて発信することで、「予期せぬ妊娠に見舞われても選択肢はある」と訴える内容になっている。制作に関わった作・演出の大橋守さんとディレクターの猪瀬美樹さんに『命のバトン』に込めたメッセージについて聞いた。
なぜ命を救うことができなかったのか
――愛知県の赤ちゃん遺棄事件からどのような影響を受け、『命のバトン』の制作に至ったのでしょうか。
猪瀬:愛知県の赤ちゃん縁組は「愛知方式」とも呼ばれ、30年以上の実績があります。私はドキュメンタリー番組や、関係者(児童相談所職員・特別養子縁組家族)へのロングインタビューを収録したDVD教材『新しい絆の作り方 特別養子縁組・里親入門』(2019年発行)を制作するなど、以前から赤ちゃん縁組に関する発信を行ってきました。
しかし、赤ちゃんの遺棄事件が愛知県内で起こりました。関係者や裁判を取材する中で、罪に問われた女性は何度か産婦人科を受診していたことが分かりました。「愛知県では赤ちゃん縁組が行われているのに、なぜ支援につながらなかったのか」と思うと残念で仕方ありませんでした。そこで「なぜ女性からのSOSに気づけなかったのか。なぜ手を差し伸べられなかったのか」という部分を掘り下げ、救えるはずの命が救えなかったことに問題意識を持って制作に取り組んだのです。
※参考
・NHK「愛知・赤ちゃん遺棄事件の背景」(2020年11月27日)
https://www.nhk.or.jp/nagoya/websp/20201127_akachan/index.html
血縁関係を越えて親子の絆を深める
――ノンフィクションとフィクションを組み合わせた「ドキュメンタリードラマ」という手法を用いた理由を教えてください。
猪瀬:ドキュメンタリーとドラマ、両方の利点を生かし、登場人物の心情に近づくことができるドラマを軸とした形式を選びました。私はこれまでドキュメンタリーや情報番組を制作してきましたけれど、今回は若い世代に届く方法で発信する必要があると思いました。ドラマのシナリオには長年の取材から得たエピソードや問題意識が盛り込まれています。
大橋:『命のバトン』は前、後編各50分ずつで、計100分のうちの15分がドキュメンタリー部分です。ドラマには普通、主人公がいて、その身の上に起こった個別のケースだけをストーリーとして扱います。しかし、赤ちゃん縁組について知ってほしいことは多く、主人公のケースだけでは語り切れません。そもそも縁組の背景には視聴者が初めて知る事実が数多く含まれています。ドラマを観ていて「知らなかった」「本当にそんなことがあるの?」と感じるタイミングで、事実を伝えるドキュメンタリー部分を挿入しています。「スムーズな流れを作ることで、結(主人公)が抱える問題の根っこには何があるか、お客さんが一緒に考えてくれるはず……」と思いながら構成を考えました。
猪瀬:「真実告知」の研修の場面はドキュメンタリーとドラマが重なるシーン、両者をつなぐ “結節点”になっています。真実告知とは養親が養子の子どもに生い立ちなどについて伝えることで、血縁関係を越えて親子の絆を深めるために重要です。長年にわたって愛知県で赤ちゃん縁組を担ってきた萬屋育子さん(児相・元所長)に本物の養子縁組家族を前にして、普段と変わらないやり方で講演をしていただきました。結が赤ちゃん縁組について理解を深めるシーンなので、梨央さんと倉科さんは講演を実際に聴きながらそれぞれの役を演じています。
――主人公・結に鈴木梨央さんを選んだキャスティングの意図を教えてください。
大橋:梨央さんにとって結は、とてもヘビーな役だったことでしょう。「リアルな女子高校生に、このような重責を担う役をお願いしていいのか?」と考えましたが、だからこそ適役だとも思いました。朝ドラ『あさが来た』、大河ドラマ『八重の桜』、大河ファンタジー『精霊の守り人』などで十年以上にわたる成長を多くの視聴者が見守ってきました。そんな彼女が演じると「この間まで子どもだと思っていた少女も、このような悩みを抱えてしまうかもしれない」と実感をもって受け止めていただけると考えました。
また、結は真面目で優等生で、つらいこともひとりで抱え込んで我慢してしまう女の子です。人の痛みが分かり過ぎて、自分より他人を優先させてしまう人なんです。そういった子が予期せぬ妊娠という試練に見舞われると、SOSを出せずに孤立する可能性が高いのです。梨央さんが醸し出す雰囲気によって「予期せぬ妊娠は、決して不真面目な行動の報いではない。こういうことは誰にでもあり得る」と視聴者に感じてもらえると思いました。
――赤ちゃんの生みの母である結と交際相手の男子高校生・翔太が言い合いをするシーンが印象に残りました。
大橋:新生児の虐待死事件や遺棄事件は、なぜなくならないのか? 赤ちゃんを産んだ女性ばかりが罪に問われるのはなぜか? 妊娠は女性だけで成立しません。でも報道されるのは女性が多いという事実への強烈な違和感がこの番組を制作する動機となりました。もし女性が予期せぬ妊娠に直面したら、相手の男性は何ができるのか? 逃げないで、当事者意識を持って女性に寄り添うべきだと思います。一緒に対策を考えていれば、生まれてくる命が遺棄されるような悲劇には至らずに済むかもしれないのです。
このドラマが果たすべき任務は第一に、予期せぬ妊娠への対応策やサポートがあると情報提供することです。ただし、それだけでは足りないと分かっていました。「予期せぬ妊娠は本来、赤ちゃんの親2人が一緒に向かい合ってどうするかを考えるべきではないでしょうか」と踏み込んで発信するには、どんなストーリーにすべきか。さまざまに考えを巡らせた末、あの長いクライマックス場面に至りました。
それまで翔太に言いたいことを言えずにいた結が、初めて心の奥に秘めていた思いをぶつける場面に仕上がりました。翔太の方も恥ずかしくて言えなかった本音を引き出されます。スタジオ内を暗幕で覆い、舞台を設置して撮影しました。ストーリーの冒頭からこの場面に至るまでに、結と翔太それぞれにどんな気持ちの移り変わりがあったのか? この場面で2人の関係にどんな変化が生じるのか? 撮影開始前から断続的に数日にわたって意見交換や本読みの機会を設けて、理解を深めていきました。
撮影当日は「気持ちの向くままに自分たちで自由に動きながら演じてみて」とだけ伝えて1回目のテストをしたら、予想以上に素晴らしかったのです。私は、ほんの少し動きを付け加えただけ。あの場面は梨央さんと宗太郎さんが作ってくれました。身体全体で台詞を体現してくれた2人の熱気を余すところなく受け取っていただきたいと思います。
ドラマで男女2人は本音をぶつけ合いましたが、現実では事件に至るようなケースの場合、女性の妊娠が分かった途端、連絡を断つ男性が少なくないのです。「予期せぬ妊娠を男女の問題として考え、女性だけが抱え込まないで済むようにしてほしい」と思います。そして養子・養親・生みの親、すべてに明るい未来があることも伝えたいと思いました。当事者に「かわいそう」というレッテルを貼るのではなく、「養子縁組家庭は本当の家族と同じように親子の絆が結ばれ、生みの親も前を向いて人生を歩むことができる」。そういうメッセージも必要です。
「命のバトン」をつなぐ仕事がつながっている
――生みの親によって育てられない赤ちゃんが施設に預けられ、家庭で育つ機会がないまま18歳になるケースは少なくありません。今も社会的養護下にある子どもの8割は施設で養育されています。なぜ愛知県において、ダイレクトに家庭へ委託する赤ちゃん縁組が30年以上も実践できているのでしょうか。
猪瀬:愛知児相の場合、赤ちゃん縁組の「生みの親」である矢満田篤二さん、萬屋さん、現職の柴田千香さんらが頑張ってこられたからだと思います。現在は80代になる矢満田さんが道を果敢に切り拓き、70代の萬屋さんは在職中にマニュアルを作り、研修を行うなどして全職員がノウハウを共有できる仕組みを整えました。40代の柴田さんは先輩の手法を充実させながら継承しておられます。「命のバトン」をつなぐ仕事がつながっている。だからこそ愛知県では赤ちゃん縁組が、これだけ実績を上げているのだと思います。
困難を抱えた女性を救うため、真剣に養親候補者を探し、つないできたのが愛知県の児相職員の皆さんです。そして、私はこうした支援が、ほかの都道府県の児相でも可能だと考えています。2016年に児童福祉法が改正され「施設養育から家庭養育へ」という国の方針が示されました。この流れを受けて名古屋市でも里親予算が拡充され、10月からは里親を支えるフォスタリング機関の運用がスタートするなど具体的に家庭養育を推進する動きが出てきています。ですから、ほかの地域の児相でも里親委託、さらには恒久的な親子の縁をつなぐ特別養子縁組に力を入れることはできるのではないかと考えています。
大人になった養子が「幸せ」と言える支援を
――最後に養子縁組家庭、とりわけ養子当事者に向けてのメッセージをお願いします。
猪瀬:特別養子縁組という制度が始まってから30年以上経過し、大人になった養子当事者が『命のバトン』で顔を出して話をしてくれるようになりました。ドキュメンタリー部分では26歳になって結婚する養子の女性を感無量の表情で見つめる養親さんの表情が、親子の絆を物語っています。20年、30年後に子ども自身が「自分は幸せ」と言えるための支援が必要だと思います。
養子の皆さんは“自分の存在そのもの”に誇りを持ち、「命をつなごうとした生みの母がいて、児相がつないだ養親との縁、つまり『命のバトン』がつながったことによって、今のあなたがいる」ということを知ってほしいです。また、予期せぬ妊娠に直面した場合はひとりで抱え込まず、誰かに相談して前に進んでほしいと思います。当事者の皆さんは、大変な状況をどうやって乗り越えていったかを伝えられるロールモデルとなっていただけることを願っております。
◇ ◇
国の専門委員会が2021年8月にまとめた「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」(第17次報告)の「個別調査票による死亡事例の調査結果」によると、2003年7月から2020年3月までの調査で子どもの虐待死(心中を除く)は890人となっており、そのうち0歳児は423人で全体の47.5%と最多である。
「新生児0日死亡」約8割が母親の加害による
死亡した0歳児の月齢を見ると0カ月が最も多い。直近の第17次(2019年4月から20年3月)は11人で39.3%、第16次(2018年4月から19年3月)は7人で31.8%となっていた。また、生まれた日に命を落とす「新生児0日死亡」は、約8割が産んだ母親の手によって亡くなっているという現実がある。ドキュメンタリードラマ『命のバトン』の端緒となった愛知県の赤ちゃん遺棄事件は、特異なケースではない。
猪瀬さんによると関係者への取材から、妊娠に気づいた女性は人工妊娠中絶手術(中絶)を希望していたにもかかわらず、相手の男性と連絡が取れなくなってしまっていた。複数の産婦人科に相談したものの、女性に対し「パートナーの同意」を求めていたことが明らかになっている。
しかし、母体保護法の運用上、中絶に際して「連絡の取れないパートナーの同意」は不要である。そもそも、未婚女性においては配偶者(婚姻関係にある者)が存在しないのだから、配偶者の同意は不要であると2014年1月に日本医師会から都道府県医師会へ通知も出されている。
事件の女性は誰の助けも求めず孤独な状況で赤ちゃんを産み、わが子を救うことができず、法の裁きを受けるに至った。彼女は適切な支援につながることができなかった被害者ともいえる。この女性と、『命のバトン』の主人公・結がたどる経緯を比較しながら予期せぬ妊娠に見舞われた女性に対して、どんな支援が必要かを考えていくべきではないだろうか。
※ドキュメンタリードラマ『命のバトン』に出演した鈴木梨央さんと倉科カナさんのインタビューはこちらです。
・「予期せぬ妊娠、悩んだらSOSを」ドキュメンタリードラマ『命のバトン』俳優陣からの重要メッセージ
https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20211111-00266233
※写真はすべてNHK名古屋放送局提供
ドキュメンタリードラマ 『命のバトン ~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~』
【放送予定】2021年11月18日 [BS1](100分・単発)前編:午後8:00~8:50、後編:同9:00~9:50/再放送は2022年8月30日[総合]前編・後編合わせて:午前2:11~3:51(月曜深夜)
【出演】鈴木梨央、倉科カナ、中村靖日、平野宏周、鈴木宗太郎、みのすけ、伊藤友乃 、田中美里
【内容】予期せぬ妊娠に直面した女子高校生・結(鈴木梨央)が、児童相談所の職員・千春(倉科カナ)との出会いを通して“赤ちゃん縁組”(新生児の特別養子縁組)を知り、「赤ちゃんの幸せにとって何が大切なのか」真剣に考えていくドラマと、本物の養子縁組家族のかけがえのない瞬間を捉えたドキュメント映像を組み合わせ、命の尊さと多様な家族の形を伝えている。
※参考文献など
・『「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす/愛知方式がつないだ命』(矢満田篤二・萬屋育子著、光文社新書、2015年1月)
・NHK/ETV特集『小さき命のバトン』(2015年4月25日)
https://www.nhk.or.jp/archives/teachers-l/list/id2019107/
・DVD教材『新しい絆の作り方 特別養子縁組・里親入門』(NHK厚生文化事業団、2019年発行)
https://www.npwo.or.jp/video/13172
・「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)」(2021年8月、社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000825392.pdf
・『医報とやま』No.1593「医心伝心・母体保護法における配偶者の同意と、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(種部恭子著、2014年2月)
http://www.toyama.med.or.jp/wp/wp-content/uploads/2013/03/26.2.15_ishindenshin.pdf