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不倫=絶対悪、同性への愛=禁断ではなくなった現在、「卍」に挑む。難しいラブシーンを成立させた俳優の力

水上賢治映画ライター
映画「卍」より

 女性同士の性愛に焦点を当て、いまだ「禁断」といった背徳的なイメージの強い谷崎潤一郎の小説「卍」。

 1928年に発表されてから、これまで何度も映画化されてきた同作が、令和のいま再びリメイクされた。

 となると、これまで何度も映画化されてきた原作を、なぜいま再び描くのか?いま、改めて映画化する意味は果たしてあるのか?

 そう疑問を抱くことはある意味、素直な反応かもしれない。

 でも、いまだから「卍」なのかもしれない。むしろいまこそ「卍」ではなかろうか。

 令和に届けられた「卍」を前にすると、そんな感想を抱く。

 禁断はもはや過去で、「卍」という物語の世界が、いまという時代にひじょうにフィットしていることに気づかされる。

 いま、「卍」と向き合って何を考えたのか?

 W主演を務めた新藤まなみと小原徳子に続き、井土紀州監督に訊く。全八回。

井土紀州監督  筆者撮影
井土紀州監督  筆者撮影

準備期間が短い中で園子を体現してくれた小原徳子

 前回(第四回はこちら)に続き、園子役の小原徳子の話から。

 現場に入ってときには「園子がそこにいる」と思ったと明かしてくれた井土監督。

 改めて小原には感謝しているという。

「小原さんとはいろいろと話し合って、かなり細かい部分まで確認したことをお話ししましたけど、園子をほんとうによく理解して一つ一つを丁寧に演じてくれて『園子がそこにいる』というぐらいにまでしてくれたことに感謝しています。

 というのも、少し裏話をすると、園子役についてとことん話し合ったことは確かなんですけど、与えられた時間というのは限りがありまして。下準備の期間は短かった。

 その中で、あれほど園子を細部にわたって表現してくれた。ほんとうにそこはよくやってくれたなと思います」

映画「卍」より
映画「卍」より

男性二人の存在も従来の「卍」からすると現代の「卍」でブラッシュアップ

 では、ここからは園子と光子に翻弄される立場にいる男性二人。園子の夫の孝太郎と光子のパートナーのエイジを演じた俳優二人についても聞きたい。孝太郎を大西信満、エイジを黒住尚生が演じた。

 実は、この男性二人の存在も従来の「卍」からすると現代の「卍」でブラッシュアップされているところがある。

 まず、大西が演じた孝太郎は、かなり女性に理解のあるタイプになっている。

「そうですね。

 たぶんこれまでの孝太郎よりかはかなり女性に対して許容範囲が広いと思います。

 『まだ女性のことがわかってない』と怒る方もいらっしゃると思いますけど、まあ、妻が働くことに対してああだこうだいったり、家事を無理強いしたりはしない。

 少なくとも、なにからなにまで妻任せの昭和のおじさんではない(苦笑)。

 孝太郎役を考える上で重要視したのは、育ちの良さというか。

 孝太郎は歯科医で個人のクリニックを経営している。ただ、ストーリー上で語られているわけではないんですけど、彼は二代目で、自分で開業したのではなく、親から引き継いでいる。そういうバック・グラウンドなんです。

 つまり孝太郎は自分で自分の道を切り開いてきたわけではない。ある程度、レールが敷かれていて、そこに反発する人もいるわけだけれども、彼の場合はそうなることもなく、ちゃんと努力も勉強もしてここまで来ている。

 そういうタイプの人ならではの余裕やスマートさってあるじゃないですか。

良い言い方をすれば、品がいい。悪い言い方をすると、あまり世間を知らない。だからこそ、自分で道を切り開いて生きている園子のような女性に惹かれるところがある、と。

 劇中のことで言うと、園子と光子に同じものをお土産で彼は買いますけど、そういうことをうっかりしてしまうタイプ。

 そういう雰囲気を出せる人がいいなと考えていました。

 そこでプロデューサーサイドから最初に名前が出たのが大西さんで。僕も大西さんなら、キャリアのある役者さんで、こちらの意図を汲んできっちり演じてくれるだろうな思ってお願いしました」

「卍」より
「卍」より

大西信満という役者の確かな演技に助けられた

 大西には助けられたという。

「僕が一番、大西さんに助けられたのは、やはり孝太郎と光子が関係をもつところ。

 ここは原作もそうなんですけど、かなり無理がある。

 谷崎らしいと言えば谷崎らしいんですけど、かなり孝太郎と光子が肉体関係に至るところは、そうとう強引な流れになっている。

 でも、これを成立させないと『卍』の関係にはならない。

 だから、外せない。

 それでなるべく強引に見えないように今回の『卍』では、できるだけ自然な形にしようとしていた。

 で、あの光子と孝太郎の車内でのキス・シーンになったんですけど、脚本としてはかなりいい形にできたなと思っていたんです。

 でも、実際に新藤さんと大西さんに演じてもらうと、二人の演技がどうこうじゃなくて、何かしっくりこない。強引なシーンに感じられる。

 『まずいな』と思いながら、何回か軽くテストを繰り返していたんですけど、僕はどうしたら成立するのかまったく見出せないでいた。

 そうしたら、大西さんが『監督、これ僕、目を開けながらやってもいいですかね』とおっしゃった。

 そこで一気に道が拓けたというか。

 キスする瞬間ってやっぱりほとんどの方が目を閉じると思うんですよ。目を見開いてまじまじと相手をみながらはやっぱりないじゃないですか(笑)。

 つまり目を閉じるのが普通で、それは二人の恋愛を物語ってもいる。

 ただ、このときの光子と孝太郎というのは、互いに興味がありながらもそこには憎悪が混じっている。互いに心が通い合って求めあってのキスではない。

 で、大西さんの提案を受けてそれでお願いしたんです。

 そうしたら、見事に成立したんですよね。

 大西さんがそうすることで、ある瞬間、孝太郎が光子にふっと気持ちをもっていかれるような感じになった。

 で、大西さんの演技プランに助けられたのは実はほかにもいくつかあって……。

 なので、大西さんが孝太郎をきっちりと構築してくれた。そのおかげで、今回の『卍 』の人間関係がきっちりと無理のないものになったところがありました」

(※第六回に続く)

【「卍」井土紀州監督インタビュー第一回はこちら】

【「卍」井土紀州監督インタビュー第二回はこちら】

【「卍」井土紀州監督インタビュー第三回はこちら】

【「卍」井土紀州監督インタビュー第四回はこちら】

映画「卍」ポスタービジュアル
映画「卍」ポスタービジュアル

映画「卍」

監督:井土紀州

脚本:小谷香織

出演:新藤まなみ 小原徳子

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて (C)2023「卍」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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