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労働党政権の秋季予算案、400億ポンドの大増税に経済界が猛反発―雇用危機と景気後退懸念広がる(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
与党・労働党政権のスタマー首相(左)とリーブス財務相(右)=英スカイニュースより

レイチェル・リーブス財務相が10月30日発表した秋の予算案(新年度予算)で400億ポンド(約7.6兆円)の増税案が盛り込まれ、経済界から失業者の増大や景気後退を招くと痛烈な批判を浴びている。

英BBC放送(10月22日)によると、政府は労働者の権利向上計画に関する影響評価報告書をまとめ、議員に公表したが、それによると、新しい労働者の権利は企業に年間約50億ポンド(約1兆円)のコスト増をもたらすと試算している。同計画は、具体的には労働者に雇用された初日から新たな権利を保証するもので、病気手当や不当解雇からの保護、育児休暇、忌引き休暇などが含まれる。

また、これまで容認されてきた低賃金で手当てもつかない日雇い労働者の雇用(ゼロ時間契約)が禁止され、労働組合の権利強化も法律で定められる。このため、影響評価報告書は、「この法律は労働者の権利に対する一世代で最大のアップグレードとなる」とした一方で、「追加コストによって雇用主の人員削減につながり、それがひいては政府が表明した政策優先事項である経済成長に重石となる可能性がある」と警告している。

英国内での今後の失業者の見通しについて、英紙デイリー・テレグラフによると、ドイツ銀行は11月8日、顧客向けリポートで、「秋の予算により、人員削減と、本来であれば創出されるはずだった新規雇用の減少により、経済は10万人の雇用を失うことになる」と警告している。

テレグラフ紙は増税予算案となったことについて、政府報道官のコメントを引用、「公共サービスが崩壊、前政権から引き継いだ220億ポンド(約4.2兆円)ものブラックホール(2024年度予算の歳入不足額)を抱え、国のインフラを修復し、企業が繁栄できるために必要な経済の安定を取り戻すという難しい選択をしなければならない」と、財政再建を優先したとしている。リーブス財務相は2028年までの3年以内に財政を均衡させるとしている。

その上で、政府報道官は、「これにより、雇用者の半数以上が国民保険料の削減、または変更なしとなるだろう。国営医療サービス機関NHSには226億ポンド(約4.3兆円)の資金が追加される。労働者の給与明細も増税から保護される。政府は投資を促進して英国を再建することで経済成長を実現する」というのだが、経済界は利益を上げて、事業にさらに投資することは難しくなり、政府の言うようなことは考えていないのが実情だ。

しかし、ブラックホールの規模を巡り、新たな疑惑が出てきた。テレグラフ紙が10月31日付で報じた、英予算責任局(OBR)のリチャード・ヒューズ局長の話によると、前政権から新政権に引き継がれた2024年度予算の歳入不足額は95億ポンド(約1.8兆円)で、リーブス財務相が主張している220億ポンドの半分以下だ。もしもこれが正しければ、新年度(2025年度)予算の400億ポンドという記録的な大増税の正当性が根幹から揺らぐことになる。

ただ、リーブス財務相は下院での演説(10月30日)で、「はっきりさせておきたいのは、前政権の保守党は公共支出の実態を隠したため、(歳入不足額の)今日の予測とOBRの3月予測を比較することは間違いだ」と述べ、保守党を批判した上で、OBRの歳入不足額は正しくないと一蹴。

その上で、リーブス財務相は、「労働党が7月の総選挙で有権者に公約した、投資し、投資し、投資することで経済成長を促進するという公約を果たす」と、積極的な投資ありきで、経済成長を促すと述べている。また、同相は、「学校の教師を増やす。NHSの職員を増やす。住宅をさらに建設する。経済の基盤を固める。未来に投資し、変化をもたらし、イギリスを再建する」と、公共サービス向け投資の拡大を謳っている。

しかし、リーブス財務相の秋の予算案発表後、米信用格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービスは11月1日付の顧客向けリポートで、「英国は今後数年にわたり、経済成長が鈍化、政府債務も緩やかな上昇軌道に乗り、金融市場に安心感を与えることを狙った新たな債務ルール(緊縮財政枠組み)の信頼性に疑問を投げかけることになるだろう」と警告、財政健全化を目指すはずの予算案がむしろ、景気後退を招き、財政肥大化を引き起こす可能性を指摘している。

さらに、ムーディーズは、「失業者増大や(公共支出によるインフラ整備)計画の実施の遅れなど英国経済を悩ましている問題に政府がうまく対処できない場合、(リーブス財務相が公約している)公共支出をいくら拡大しても経済成長の押し上げにはつながらない」、また、「コロナ禍以降ずっと悪化、活力を失っている雇用市場や労働生産性の伸び悩みなど(景気低迷の)構造的要因が持続的に解消されるまで、経済成長は鈍い状態が続く」とし、雇用危機対策が経済成長のカギを握るとの苦言を呈している。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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