労働党政権の秋季予算案、400億ポンドの大増税に経済界が猛反発―雇用危機と景気後退懸念広がる(上)
レイチェル・リーブス財務相が10月30日発表した秋の予算案(新年度予算)で400億ポンド(約7.6兆円)の増税案が盛り込まれ、経済界から失業者の増大や景気後退を招くと痛烈な批判を浴びている。
秋の予算案では、政府の公的債務目標が変更され、国営医療サービス機関NHSなど国民の健康や教育、交通の分野に重点を置いた公共サービス向け投資に数十億ポンド超の国債発行(借り入れ)を可能にする方針を示し、保守党のスナク前政権の公共投資削減方針からの脱却を約束した。
しかし、その一方で、公共投資拡大の財源として、400億ポンド(約7.6兆円)の増税措置も講じるとしている。具体的には所得税の課税最低限の凍結を2027年で終了することにより、新たに数百万人が課税対象となるか、より高い税率にシフトする。また、従来は雇用主と労働者の折半負担になっている国民保険料のうち、雇用主負担を引き上げ、250億ポンド(約4.8兆円)を確保する。このほか、資産売却に課税するキャピタル・ゲイン(譲渡益)税の最高税率も20%から24%に引き上げるという内容になっている。
これらに加え、英国で最も大きな問題となっているのは、主に酪農家や畑作農家が打撃を受ける相続税の算定方法変更だ。従来認められていた農業資産控除の100%控除が農業資産(事業用資産)が100万ポンド(約1.9億円)を超えた場合、2026年4月以降、超過分に20%の税金が課せられる実質増税となっていることだ。このため、農業従事者の団体NFU(全国農業者組合)などは労働党政権の公約違反だとして、全面撤回を要求している。
英放送局BBC(11月19日)によると、農業団体カントリー・ランド・アンド・ビジネス協会(農村土地所有者協会、CLA)は、相続税の実質増税の影響を受けるのは最大7万戸の農家と推定した上で、「英国の7万の農場が損害を受け、家族経営のビジネスに打撃を与え、食糧安全保障を不安定にする可能性がある」と警告している。英国の農場の30-40%が100万ドル超の資産を持っている。現在、約20万9000戸の農場があるため、6万2700-7万3150戸が打撃を受ける計算だ。
英有力紙ザ・タイムズは、雇用者が2025年4月から支払う国民保険料料率の13.8%から15%への引き上げ(250億ポンド(約4.8兆円)の増額)や、労働者の最低賃金の6.7%引き上げ、さらには清涼飲料水のペットボトルなどのプラスチックやガラス、園芸用品、家電製品などの廃棄物のリサイクルを促進するためのパッケージ(包装)税の導入により、「英国の大手小売業界は70億ポンド(約1.3兆円)ものコスト増加に見舞われる」と試算、今後、英国経済に深刻な打撃を与えると警告している。これは小売り大手70社超を対象とした調査で明らかになったものだ。
パッケージ税はプラスチックごみのリサイクルに資金を提供することが目的で、英紙ガーディアン(9月20日付)によると、同税の導入により、英国では今後、ソフトドリンクやビール、台所用品、トースターなどの小型家電など多くの製品の価格が上昇すると企業は警告している。同税の導入はEPR(拡大生産者責任)という、生産者は自分が生産した製品が使用され、廃棄されたあとも、製品の適切なリサイクルや処分に一定の責任を負うという、循環型社会の形成に向けた法制度が裏付けとなっている。
これまでリサイクル費用は地方自治体が負担しているが、2025年からはEPR法が施行され、企業負担となる。この企業負担は最終的には消費者に転嫁され、価格上昇を引き起こす。DIYや園芸、家庭用品、小型電気製品のサプライヤー業界を代表する英国住宅改善貿易協会はガーディアン紙(9月20日付)で、「生産者はこのコストを吸収できず、サプライチェーンを通じて小売業者、そして最終的には消費者に転嫁、インフレ圧力を高めるか、コスト削減策を実施して失業につながる可能性がある」と警告している。
パッケージ税を含めた70億ポンドのコスト増が英国経済に与える影響は深刻だ。英紙デイリー・テレブラフのメリッサ・ロウフォードとアレックス・シングルトンの両経済部記者は、「小売り70社超からの書簡で、規模の大小を問わず、どの小売業者にとっても、短期間でこれほど大幅なコスト増を吸収することは不可能だとしている」とした上で、「この影響はインフレ上昇や賃金上昇ペースの鈍化、不採算店舗の閉鎖、特に未熟練労働者の雇用減少となる。これはサプライチェーン全体にも当てはまる」と指摘する。
また、両記者は、「アマゾンを始め、大手スーパーのアルディとリドル、モリソンズ、カフェチェーン大手グレッグス、家電大手カリーズ、スポーツ用品大手JDスポーツ、スペックセイバーズなどの小売業者は急激かつ大規模なコスト拡大により、失業(人員整理)は避けられず、物価上昇は確実となる」と懸念を示す。
さらに問題なのは国内雇用が減少、海外の安い労働者に雇用がシフト、企業自体の生産拠点の海外シフトが加速することだ。人材紹介大手リードのジェームズ・リードCEO(最高経営責任者)はテレグラフ紙のインタビュー(11月18日)で、「雇用主は予算案で課せられるコスト増に対処するため、インドなどコストの低い国に仕事を移そうと計画している」とした上で、「企業は国民保険料や最低賃金の引き上げ、さらには、労働組合と労働者の権利導入という3重苦に見舞われ、海外に仕事を移そうとしている」と述べている。(『中』へ)