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日本企業に必要な人事の力【住谷猛対談】(第4回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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これまで、USEN-NEXT GROUPで実施された革新的な人事制度について伺ってきました。新しい制度を導入するときには、周囲からの反発も大きいものです。実際に住谷猛さんは、他社の人事担当者から「反対が大きくてなかなか会社を変えられない」と相談されることがあるそうです。住谷さんに、悩める人事担当者へ贈るメッセージをいただきました。

<ポイント>

・日本の国力を浮上させるためには人事の力が欠かせない

・定年延長によるシニア活用のメリットは?

・今後CHRO人材が日本でより多く求められるようになる

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■仕事のアウトプットの質を高めるためには?

倉重:住谷さんはどうやって人事関連の勉強しているのでしょうか? 何を聞いても合理的な返しがあると、お話をお聞きして思っているのですが。制度を考えたり、新しく施策を始めたりするには、いろいろな知識がないとできませんよね。

住谷:方法はいろいろありますけれども、膨大なインプットをしているのは事実でしょう。それがないと、有効なアウトプットは絶対に出せないので。これは人事に限ったことではありません。

世の中、「おしゃべりがうまい人がすごい」と思われているけれども、それだけで評価されるほど世の中は甘くありません。

その人が評価されているのは、バックグラウンドに圧倒的なインプットがあるからです。インプットのない人は、それなりにしか見えません。割と僕はオンとオフがない人間なので、酒を飲みながらでもずっと考えています。

倉重:自然とそうなってしまうということですよね。冒頭で「人事は好きでもない」という話がありましたが、オンオフ問わずずっと仕事のことを考えているのですね。

住谷:人間には内省的な部分と外発的な部分があります。

パーソナリティーにとって、適切にバランスが取れている状態が良いコンディションだと思っています。

僕はどちらかというと内省が高い人間で、外発はそんなに高くないのです。基本無口です。今はスイッチが入っていますが、家にいる時はほとんどしゃべりません。

倉重:ご自身が内省しやすい場所はありますか?

住谷:自宅の風呂です。一番アイデアが僕下りてくるのは、朝にシャワーを浴びて頭を洗っている時です。別にハードワークを推奨するわけではありませんが、僕はどれだけ深く、長い時間考えているかという長方形の面積で仕事のアウトプットが決まるような気がします。

短時間で深く掘る人もいれば、時々リフレッシュしつつ掘っていく人もいるはずなので、それぞれのスタイルでいいと思います。

倉重:いわゆる法律的な意味の働き方改革によって残業することが悪いこととされました。プライベートの時は仕事のことを考えるべきではないという風潮が割と多く見られるようになっています。

 やっぱり物事を深く考えないと、いいアウトプットが出なくなって最終的には日本が弱くなってしまうと思っています。

住谷:これも人によると思います。僕の場合はオンとオフが全くないほうが、自分のパフォーマンスが上がるし、心地良いのです。

休みの日でも仕事のことをずっと考えているし、反対にオフィスでふとした瞬間に娘のことを考えることもあります。僕にとってはそのほうが自然だし、パフォーマンスが上がるのです。

倉重:それもまた自分で選択しているということですね。

住谷:宇野さんがよく言うのですが、アメリカのシリコンバレーの投資家は、投資しようと思うスタートアップのオフィスに土曜日に行って、車が何台止まっているかを数えるそうです。その車の数の多い会社に投資するというアメリカンジョークがあります。

倉重:それは別に長時間労働を強制しているわけではなくて、健康や安全に配慮した上で、やるかどうかは自分で選択するということですね。

住谷:自分で決めますし、結果的にパフォーマンスが上がれば、評価されて報酬が上がるわけです。このほうが僕はフェアだと思います。

■勇気を持って人事を変える

倉重:最後に人事パーソンに贈る言葉を、ぜひお願いします。

住谷:「勇気を持って、やってください」ということです。

新しいことを始めようとすると、多分みんな跳ね返されると思います。日本の人事って極めて保守的なので。

もっというと、日本の経営のトップに人事のプロがそんなに多くいません。

僕にとって幸せなことは、うちの宇野さんがある意味、人事のプロだということです。でも、多くの会社はそうではありません。

たまにこうして記事にしていただいたり、外部のセミナーに登壇させていただいたりして、他の会社の人事パーソンの若い人たちとお話をすることがあります。その時にみなさんが言うのは、「自分も人事部で新しいことをやりたい」ということです。でもその人が資料を準備して1週間後に課長に持ってくと、却下されてしまいます。

倉重:大抵の人は、これまでしてきたことを大きく変えるのを嫌いますから。

住谷:だけどそこを若い人たちの力で打ち破っていかないと、この国の人事は変わりません。日本の国力がどんどん落ちている中で、もう一度浮上させるためには人事の力が必要なのです。

最近でいうと、いわゆる人的資本経営のことが声高に言われています。ぜひ若い人事パーソンの皆さんには、勇気を持って今までの日本のHRを打ち破っていくことにチャレンジしてもらいたいなと思います。

そういう会社が増えていくと、オセロゲームのように、あるときから他の会社の色もパタパタパタッと変わっていくような気がしています。

倉重:自社を良くすることが、日本の国力向上にもつながるということですね。最後に住谷さん個人の夢を教えてください。

住谷:僕が思ったことは、100歳まで生きることです。

僕が今年59歳になります。これから夢を見て実現できることって何だろうと考えた時に、「100歳まで生きることを夢にしよう」と思いました。

なぜなら100歳まで生きることで、これから成し遂げられる事がより多く、より豊かになるからです。

倉重:ありがとうございます。なかなか夢を考える機会ってないと思うので、お話を聞いてよかったです。

■シニア世代を積極的に活用する理由は?

倉重:ここから観覧者から質問をさせていただきます。Aさんどうぞ。

A:今日はありがとうございます。70歳定年について質問です。日本の企業って一生懸命働いて部長になったとしても、決まった年齢で役職を奪われて、その後定年で正社員という地位も奪われて、給料が下がってモチベーションが下がっていきますよね。挙げ句の果てに、働かないおじさんとやゆされたりして、非常に不遇だと思っています。

御社は60歳で定年を迎えたあと、本人が希望すれば70歳まで正社員として再度雇用されるところがすごくいいなと思いました。改めてシニアを雇用することのメリットやポテンシャルを教えていただけますか?

住谷:日本は2030年に、640万人労働人口が不足することが予測されています。日本の企業の生産性を維持するために何が必要かというと、今活用されてない労働力にしっかり活躍してもらうのが一番大事なことです。

国や政府も同じことを考えていて、真っ先にフォーカスされるのが女性とシニアです。女性とシニア活用はもう待ったなしの日本企業の課題でもあるし、国家課題としてやっていくべきことです。

ご質問のシニア雇用の活用という意味でいうと、非常に大きなポテンシャルがあると思っています。「シニアの人ってパフォーマンスも落ちるし、ITも分からないし」と言われがちですが、実際にはそんなことはありません。

考えてみてください。1995年に、ウィンドウズ95が出て、パソコンが日本に普及し始めました。今から28年前のことです。今の60歳の28年前は、32歳ですよね。32歳のころからパソコンに接して仕事をしていた人がみんな一様にパソコンのできない、ITリテラシーの低い人だとは思いません。

 それは意思、意欲の問題ですから人によるのです。人によるのはシニアだけでも、女性だけの話でもありません。全ての人材は人によります。

そのように考えると「シニアだから」「女性だから」と分けて考えること自体があまりダイバーシティではないと思っています。

適材を適所に配置することがダイバーシティであって、そこには年齢も性別も全く関係ないと思います。

 男女に関していうと、性別関係なく、企業が適材適所に登用し始めれば、日本の女性管理職の割合は人口比率どおりほぼフィフティ・フィフティになるはずなのです。

国や経団連が言っている「2030年までに女性管理職を30%以上にしましょう 」という目標そのものに、僕は違和感があります。

倉重:数字ありきではないということですね。

住谷:「あなたは女性だから部長にしてあげます」と言われたって、うれしくないじゃないですか。「あなたは部長に適役で、これからも成長が期待できる」と言われたほうが頑張れるでしょう? そういうことだと思います。

A:高齢者雇用で問題になりやすいのはコスト面ですが、そこを年俸制で解決されているのは、すごく画期的だと思いました。

住谷:そこはうちの会社の中で議論があったところです。「住谷さん、定年を延長したらコストアップしますよ」と一部の役員が言ってきたとき、「それは間違いだ」と僕は指摘しました。

65歳に払う500万も、30歳に払う500万も同じ500万ではないですか。この500万がパフォーマンスに対して、ペイされているかどうかの話です。定年を70歳に延ばすことがコストアップに直結することは理論的にありません。

倉重:正しく評価されていればということですね。完全にアメリカ型ですね。もうお一方どうぞ。

B:今後人事で市場価値を高めていく上で、どういう能力を高めていったほうがいいのか伺いたいです。

住谷:まず考え方を整理したほうがいいと思っています。

人事の人は、「学生さんに寄り添って採用しよう」とか「社員の働く環境をどのように良くしていこう」というふうに、ヒトのことを考えますよね。

一方で人的資源もコストなので、社員に寄り添う気持ちと、経営面での費用対効果を分けて考えられる人が人事の領域で有能だと思います。

後者はマスのポートフォリオなのです。マスのポートフォリオをどのように設計すれば、人的資本経営で一番良いROIになるのか。社員が最大成果を発揮できるような環境をつくるにはどうすればいいのか。それによりどのような人材が流入するのか。そういうことを考えられる頭脳と思考が必要です。

 少し異なる2つの思考ができる人になると、人事パーソンとしての仕事が増えていくのではないかと思います。

B:応募者さんと接することが多いのですが、経営視点がないと、多分限界が来るのかなと思っていました。アドバイスありがとうございます。

住谷:今、日本企業の課題となっている「人的資本経営、人的資本開示」のあるコンベンションがありました。僕がそのコンベンションの帰りに、すごくモヤモヤしていたのは何かというと、日本におけるCHRO人材が圧倒的に不足しているということです。

僕の中ですごく課題意識を持っていて「どうすればいいのか」という気持ちが渦巻いています。

HRの領域で活躍されていく人材をどう育成していくのか。それが日本の会社でメソッドにされていないので、今後の課題だと思っています。

 今のご質問に対してクリアでシャープな回答ができなかったのも、僕自身すごく考えていることだからかもしれません。

 今後CHRO人材がこの国でより多く求められるようになります。そこをどう育成するのかは僕にとっても課題です。100歳まで生きたらそれをやりたいですね。

倉重:人事の重要性を理解して、そこにリソースと予算を付けるということをしていない会社も多いです。給与計算や労務系を全部体系的にできる人は本当に限られていると思います。そこを育成していくプログラムは、これから絶対に必要になってくるでしょうね。長時間に渡りお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

(おわり)

対談協力:住谷 猛(すみたに たけし)

株式会社USEN-NEXT HOLDINGS 執行役員 コーポレート統括部長

(人事・総務・法務・情報システム・広報・コーポレートブランディング・サステナビリティ推進管掌)兼 CISO

早稲田大学法学部卒業。新卒で入社した証券会社で、1年目から人事部に配属されたことをきっかけに、人事部門でキャリアを築く。

1999年、人事部長として株式会社USENに入社。

人事・総務部門担当役員、法人営業部門担当役員などを経て、2017年12月、株式会社USEN-NEXT HOLDINGS発足時より現職。

現在は、人事・総務・法務・情報システム・広報・コーポレートブランディング・サステナビリティ推進などの幅広い部門を管掌。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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