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菓子業界のミライ③「ユートピアアグリカルチャー」 スイーツを通じて、放牧酪農の可能性を発信し続ける

笹木理恵フードライター
北海道日高町豊郷の放牧牧場 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

最良の材料を求めて辿り着いた「放牧酪農」という道

毎週即完売の「チーズワンダー」 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー
毎週即完売の「チーズワンダー」 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

2021年2月にオンラインで発売されるやいなや、たちまち入手困難となった人気のチーズケーキ「CHEESEWONDER(チーズワンダー)」。自社牧場で採れた放牧牛乳を使い、冷凍配送商品だからこそ実現できる風味や食感にこだわった、新感覚のチーズケーキだ。手がけるのは、北海道・札幌のお菓子ブランド「きのとや」のグループ企業であるユートピアアグリカルチャー(以下、UA社)。代表の長沼真太郎さんは、チーズタルトやアップルパイなどの人気ブランドを多数立ち上げてきた「BAKE」の創業者だ。

実はBAKE時代から、牧場を運営してみたいと考えていたという長沼さん。その原点にあるのは、「きのとや」創業者で長沼さんの父・昭夫氏の信念である「おいしさの3原則」。「どこよりも良い原材料を使うこと、フレッシュであること、手間をかけること」。いい原材料を求めた先に「自分たちで作る」という発想が生まれたのは自然な流れと言えるが、なぜ「酪農」だったのか。

「BAKEを立ち上げた初年度から、牧場はいつかやりたいと考えていました。もちろんお菓子のためではあるのですが、面白そうだなというのが正直いちばんあって。BAKEでは、放牧酪農をやっている牧場を巡って、仕入れた生乳でカスタードを作ったりしていたのですが、いろんな牧場を見れば見るほど奥が深く、自分たちでやらないとわからないなと思うようになりました。まずは小さくてもいいから自分たちでやってみたうえで、契約農場から仕入れるとか」。一方で、酪農に関しては、環境負荷から、時代の流れと逆行しているという見方も大きかった。「実際にアメリカではどんどん牧場がなくなっていますし、スタートアップはそれを代替することを考えている。牧場をやるにしてもやらないにしても、最先端のアグリカルチャーを自分の目で確認したいと思い、アメリカに渡りました」。

アメリカで確信に変わった「放牧酪農」をやる意義

UA社が考える、地球にも動物にも人にも優しいお菓子づくりの仕組み ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー
UA社が考える、地球にも動物にも人にも優しいお菓子づくりの仕組み ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

アメリカで得た収穫は、大きく二つ。一つは、代替肉や植物由来の牛乳といったプラントベースフードが日本よりはるかに発展している現実を知ったこと。「質もいいし、すぐに浸透していくだろうと肌で感じました。と同時に、改めて自分がやりたいことはお菓子であって、嗜好品である以上、本物の牛乳は特別な食べ物として残るはずだと確信しました」。

そしてもう一つは、本物を追求しながら、限りなく環境負荷を抑えて牧場を運営する「リジェネレイティブアグリカルチャー(再生型農業)」との出合い。これならいける!と確信した長沼さんは、2019年の冬に帰国すると、すぐに放牧牧場の運営を開始。ほどなくして、平飼いでの養鶏場も設立し、卵の生産もスタートした。

冷凍配送だからこそ実現した、素材を活かす風味と口どけ

「チーズワンダー」は、1箱6個入り2,980円。毎週金・土曜の20時に限定数を受注し、フレッシュな状態で食べてもらえるよう、作り置きはせず翌週中に発送 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー
「チーズワンダー」は、1箱6個入り2,980円。毎週金・土曜の20時に限定数を受注し、フレッシュな状態で食べてもらえるよう、作り置きはせず翌週中に発送 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

牧場経営をスタートし、すぐにお菓子ブランドを立ち上げようとは考えていなかったという長沼さんだが、ただ牧場をやっているだけでは、情報発信のインパクトが弱いことも痛感した。「放牧酪農の魅力を知ってもらうためにも、自分たちの本業であるスイーツ、なかでも得意なチーズケーキで世の中に発信することが必要だと考え、誕生したのがチーズワンダーです」。

開発期間は約1年。通販に絞り込むことで、お客が食べる瞬間を明確に固定でき、商品化が一気に進んだ。挟み焼きしたアーモンドクッキーのザクザクとした食感と、火入れしない生のチーズスフレのフレッシュな風味としっとり感、生チーズムースのふわっとした口どけ。レストランで食べるような、つくりたての味わいを表現したチーズケーキは、発売初週の2日間ともに1分で完売。リピーターが約6割と多く、現在も即日完売の状況が続いている。「人の手で作り続けることにこだわっているので、立ち上げ当初は1週間で100箱程度でしたが、現在は1900箱くらいまで製造数も伸ばしています」。

酪農で森林を再生させる実験プロジェクトも始動

札幌市内の盤渓に森林を購入。都市近接型で、多様な動物と植物による森の活性化実験を行う ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー
札幌市内の盤渓に森林を購入。都市近接型で、多様な動物と植物による森の活性化実験を行う ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

2022年2月よりスタートしたのが、森林を再生させながら放牧酪農・養鶏を行なう実験プロジェクト「FOREST REGENERATIVE PROJECT」。日本の国土の70%は森林だが、多くは活用されておらず、とくに動物がおらず温室効果ガス吸収能力を十分に発揮できていない「死んだ森」も多いと聞く。そうした土地に牛を入れることで、炭素吸収量や土壌を活性化させるというプロジェクトだ。札幌市中央区盤渓に森林を購入し、北海道大学農学部内田研究室の協力も得て長期的にデータを記録しながら、森林再生の新たな可能性を探っていくという。

「私が言うのもなんですけど、すごいプロジェクトでして(笑)。森林に牛を入れても、いい草が生えないので生乳量に結び付かず、ビジネスは成り立たないと思われていましたが、日本ではきちんとした研究データがほとんどないのです。もし何の生産性もない森林をたんぱく質に変えられるのであれば、社会にとっても環境にとっても意味がありますし、きちんとしたビジネスにもなる。北海道の経済貢献にも結び付くと考えています」。

現在は鶏舎でニワトリを育てながら、数年後に酪農を始める予定。将来的には、経済的に自立できる量の卵や牛乳の産出をめざすほか、カフェやレストラン、ホテルなど、ユーザーとの接点になる体験型施設の追加建設も検討しているという。

乳製品のサブスクやイベントを通じて、放牧酪農の社会的価値を高めたい

現在は32ヘクタールの牧草地で、70頭のホルスタインを放牧 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー
現在は32ヘクタールの牧草地で、70頭のホルスタインを放牧 ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

お菓子のために始めた放牧酪農が、壮大なプロジェクトとして稼働しはじめた。長沼さんは、「すべてはお菓子のためにやっていること。でも、やってみたら(放牧酪農は)、広めていくべき、価値を伝えていくべきものだとわかった」と打ち明ける。「やればやるほど大変(笑)。でも、自分たちでやったからこそ、それが理解できた。いまは、UAの存在意義として放牧の生乳の価値を上げたいという思いが一番強くて。いずれは海外のように、グラスフェッドに絞り込んだ乳製品やブランドを作って、より多くの人に販売していきたい。生乳の使用量が増え、我々が契約農場から仕入れるようになれば、北海道の放牧酪農の価値を上げられると思うので、そこまでやりたいですね」。

サブスクでは、グラスフェッド牛のノンホモ牛乳や、平飼い鶏の有精卵などをお届け ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー
サブスクでは、グラスフェッド牛のノンホモ牛乳や、平飼い鶏の有精卵などをお届け ※画像提供/ユートピアアグリカルチャー

こうした取り組みをより世の中に広く発信するために、5月からは自社で育てた放牧牛乳や放牧牛乳の飲むヨーグルト、平飼いの卵と放牧にまつわる情報を届ける体験型サブスクリプションパッケージ「GRAZE GATHERING(グレイズギャザリング)」をスタート。「SNSでも、ただの牛乳では反応が薄いけど、スイーツだと反響が大きく、いろんな人に知ってもらえる。リジェネレイティブアグリカルチャーなどはどうしても難しい話になってしまうので、リジェネレイティブアグリカルチャーについて解説するマガジンや、オン・オフラインのイベントなどを通じて発信し続けていきます」。

※次回は、UA社と同じきのとやグループのCOCの取り組み、そして長沼さんが描くスイーツの未来についてお伝えします

フードライター

飲食業界専門誌の編集を経て、2007年にフードライターとして独立。専門誌編集で培った経験を活かし、和・洋・中・スイーツ・パン・ラーメンなど業種業態を問わず、食のプロたちを取材し続けています。共著に「まんぷく横浜」(メディアファクトリー)。

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