映画界への挑戦<後編>他業種協業も視野に入れる新形態映画館、海外投資家が注目
かつて博報堂でメディアビジネスを手がけ、独立後にローンチした映画チケット共同購入サービスで成功した起業家の五十嵐壮太郎氏。映画愛あふれる彼が次に仕掛けるのが、映画館運営事業となるシアターギルド。全国からアジア、そして世界への劇場チェーン展開を構想し、他業種との協業を視野に入れる新会社は、すでに海外投資家からも注目されている(前編から続く)。
■音のない映画館でコストを下げ出店エリア拡大
ネットサービスの成功を経て、子どもの頃からの「映画館を作る」夢を実現した五十嵐氏。当然ながら、そこには起業家として映画界における新ビジネスの勝機も見出している。
「映画界は長い歴史を見てもほとんど変化がない。シネコン型とミニシアター型の劇場形態は世界中同じです。映像メディアの変遷という時代の流れにコロナが重なり、配信での映画視聴が一般的になるなか、まず映画体験を変えないといけない。映画とは『あの日、あの人、あの場所』と記憶に定着する要素が掛け合わさって心に残るんです。映画館の価値が映像体験を記憶に残す役割になっていると考えると、建築設計からすべてを変えたいと思いました」
一方、そのためには建築コストという大きな壁がある。費用を抑え、なおかつ新しい劇場空間を作る方法を考えたときに、その答えがサイレントシアターだった。
「ヘッドフォンを使うため、防音設備が不要になるので建築コストをぐっと下げられます。なおかつ居住隣接地など騒音に厳しい場所を含め、出店可能エリアは一般的な映画館の1000倍以上。理論上は、駅のプラットフォームやホテルのラウンジにエンベッドして映画館化することも可能です。映画館の建築設計のいろいろなパターンを作っていきたいと思っています」
■ソーシャルディスタンスを必要とするイベントから引き合い
コロナの感染状況は一進一退を繰り返しているが、いずれ訪れるアフターコロナの世界においては、新たなライフスタイルに合わせて上映を楽しむことができる映画館となっていきそうだ。その上映システムの汎用性の高さは、映画界の活性化への一翼を担うことが期待される。
「すでにコロナ収束を見据えたいろいろな問い合わせをいただいています。コロナからの復興フェーズに入るときに、ソーシャルディスタンスを必要とするさまざまな形式の催事やイベントにサイレントシアターのシステムをご活用いただけます。常設もありつつ、サテライトでいろいろな上映空間を屋内外に作れるのがひとつの提案であり、いままでになかった映画館のチャレンジです」
「美術館から音声ガイドの拡張版として引き合いが来ていますが、ライブや講演会でもさまざまな活用法があるでしょう。初期費用がかからないヘッドフォンを含めたセットアップのレンタルも想定しています。映画館と謳ってはいますが、映画館ではない何かになりたくて(笑)。映画だけではなく、たとえばスポーツや音楽のライブ中継をしたり、eスポーツをやってもいい。それに付帯するイベントを仕掛けたり、ふだん映画館に来ない人にも新しい体験として提案できるものを考えていきたい。まず、インディペンデントのアーティストのライブビューイングをレコード会社と一緒にはじめます」
一方、配信サービスとは異なる映画館の最大の価値とは、前述のように『あの日、あの人、あの場所』と記憶に定着する要素が掛け合わさって心に残る映像体験を提供すること。ヘッドフォン視聴となるシアターギルドは、一緒に観る人との共有感覚が薄れることはないのだろうか。
「ヘッドフォンをしていても、スクリーン以外も当然視野に入りますし、衆人環視のなか誰かと一緒の空間にいる肌感覚は間違いなくあります。ただ、映像体験とは、映画を観る前後の出来事も含めた時間の経験になるのではないでしょうか。いまはコロナで控えていますが、シアターギルドは上映終わりに一杯飲んで、映画について話してから帰ることができる動線にしています。映画館を出てカフェや居酒屋に行く体験をここで完結できます」
■全国100館からアジアへ進出、海外投資家からも熱視線
観客に新たな映像体験を提供し、従来の映画館のあり方に一石を投じるシアターギルドは、硬直化した映画界への五十嵐氏による問題提起でもあるのだろうか。五十嵐氏は「大好きな業界だが、構造上イノベーションが起きにくい寡占垂直型の市場」と語る。
「大手数社が半分以上のシェアを占め、なおかつ制作、配給、興行を自社で持つ垂直統合型。そうなると参入障壁が高くなる。しかし、チャレンジャーがいないと市場は活性化しません。そこに国境を超える新たな映画館チェーンがエントリーするのは、日本映画界にとって意義のあることです」
「シアターギルドは、すでに海外投資家からの反応がとてもいい。やはり映画はグローバルなので、日本の良さ、日本人の強さを出して世界的に映画館をセットアップするとなると注目されます」
そんな同社の収益構造は、映画を柱にしながら多角的に広がる。五十嵐氏は「映画館チケット収入だけでなく、貸し切り需要やサイレントシアターのシステムレンタル、ライセンス展開など広く異業種との協業も視野に入れています。8つのビジネスモデルを用意していて、これから段階的に投下していきます」と先のビジネス展開を見据える。
コロナという厳しい情勢下でオープンした第1号店となるシアターギルド代官山。まず注力していくのは、その運営を軌道にのせながら、ウィズコロナおよびアフターコロナの社会において店舗を順次拡大していくことだ。
「現在、2号館を銀座に準備中ですが、年内に2〜3館、来年は直営とライセンスを含めて10館まで増やしたい。近い将来に全国100館を目指しています。その先は海外ですが、まずは取得したサイレントシアターの特許がカバーできるアジア圏。直近では韓国と台湾を想定しています。その先はパリ、アメリカにも進出したい。いまそんなグランドデザインの第一歩です」
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