ノルウェー「差別」議論の課題 人種差別主義者と誤解されたくなくて、「見ざる言わざる聞かざる」の空気
現在、オスロではプライド・ウィークが開催されている。LGBTをはじめとするセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)が、差別や偏見にさらされることなく生きていける社会の実現を目指すイベントだ。
米国での銃撃事件では、イスラム教徒の容疑者により、同性愛者が標的にされた(同容疑者には同性愛者説も出ている)。波紋はノルウェーのLGBTコミュニティにも広がっており、課題はまだまだ多いということが再認識された。また、ノルウェーにも多く在住する、イスラム教徒への憎悪や偏見が広がるのではないかという懸念がある。
18日のトークショーでは、人種差別反対運動とLGBTやクィアについて話し合われた。
ノルウェー独特の「言ってはいけないこと」、「本音を言えない」カルチャーとは?
LGBTや同性愛者の移民などについて、社会での議論がより必要とされるが、そこにはノルウェーならではの課題があると、会場では意見があがっていた。問題は、「物事を穏便に済ませ、自分は人種差別主義者だと周囲に誤解されないために、人々が本音で話し合わないことだ」と。
特定の社会問題に対して、「人は口を閉ざしがち」と、イベント後の取材で語ったクィア青年団体の代表、パニーラ・シーベルセン(29)氏。
「ホモフォビアや人種差別は、ノルウェーにもあります。でも、私たちはその問題がないようなふりをする傾向にある。リストハウグ移民・社会統合大臣のように、物議を醸すストレートな発言は一般的ではありません。その代わりに、“私は人種差別主義者(レイシスト)ではないのだけれど……、でも……”という話し方をする。この発言自体が、人種差別だと私は思いますけどね」。
「ノルウェーの別の独特な文化といえば、多数派のマジョリティが、“何が人種差別か”を定義しようとすること。国会などで権力を持った人々、企業で働いたこともほとんどない政治家は、まったく別のレベルの世界にいます」。しかし、少数派に対して決定力をもち、メディアでの議論で中心となるのは、権力者の言葉。社会から妨げられがちな少数派や、レイシストと誤解されたくなくて本音を口にしない市民の心情は、反映されにくいとシーベルセン氏は問題視する。
「自分がレイシストと“誤解”されたくない」。問題に対して見て見ぬをふりをする
昨年、オスロの市長候補でもあった、ショアイブ・シュルタン地方議員(緑の環境党)。パキスタン生まれで、1才の頃にノルウェーに労働移民として家族と移り住んだ。
イスラム教徒で政治家である同氏は、アンチ人種差別団体で、過激派対策の顧問としても働いている。イスラム教徒や同性愛者などについて、一般市民が議論しにくいテーマについて、自ら口火を切り、批判を受けることもある。これらの背景から、頻繁に人種差別主義的なコメントがメールで送られてくるという。「対面で直接言ってくる人は少ないですね。あまり気にしないようにしています。周囲に自分を理解してくれて、話し合える相手がいるので」。自身は同性愛者やLGBTではないが、オスロ・プライドに積極的に関わっている。
シュルタン氏「オーランド銃撃事件のような国際的な社会問題は重要視され、すぐに社会議論へと活発化します。しかし、ノルウェー国内における差別問題においては、“話さないようにする”ことに、我々はより賢くなる手段を身に着けてしまいました。まるで、“ノルウェーには深刻な差別問題は存在していない”かのように」。
「臭いものにフタをするのではなく、目の前にある人種差別問題に、ノルウェーの人々は本音で体当たりする必要がある」と語る両氏。トークショーの後半では、傍聴席に座っていた人々が、ぽつりぽつりと口を開いていた。LGBTや、イスラム教徒で同時に同性愛者である若者が、「私たちの存在は否定されているのか」と問いかけ、中には涙を流す人もいた。
シーベルセン氏「小さな拡声器でネットでつぶやくより、直接話し合ってぶつかりあう必要がある。問題は、本音で対面で言い合う勇気のある人は、珍しいということです」。
「ノルウェーでは差別問題の議論を、もっともっとする必要がある」
「ノルウェーでは差別の課題が十分に議論されていないのか?」ということについては、見る人の立場によって意見が異なるだろう。日本と比較すると、ノルウェーでは政治家も積極的に少数派の意見を聞き、政策に取り込もうとしているように筆者には見える。しかし、現地の当事者たちにとっては、まだまだその取り組みや社会の流れは十分ではないようだ。
「高い社会的地位にいる政治家や団体関係者、メディアだけが声をあげるのでは、不十分。市民が差別問題の存在を認め、きれいごとではなく、本音でぶつかりあう必要がある。そうでなければ、人種差別やヘイトスピーチ問題は解消されないだろう」と、会場にいた人々は話し合っていた。
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Photo&Text: Asaki Abumi